《Re:第1章 第6話 桜霊の記譜》
夜の校舎は静まり返っていた。
屋上への階段を上る足音だけが響く。
桐生ひよりは息を整えながら、懐から小さな録音機を取り出した。
“桜の声を録る”――それが今日の目的だった。
彼女の祖母が遺した手帳にはこう記されていた。
《桜霊の記譜は、記憶と魂の通訳である》
屋上の中央に立ち、録音ボタンを押す。
風が吹き、遠くで鶯が鳴いた。
それと同時に、耳の奥で微かな旋律が流れ始めた。
まるで、誰かがピアノを弾いているかのように。
柔らかく、懐かしい音。
それは確かに「桜の声」だった。
――君はまだ、覚えているか?
言葉にならない音が心の奥で弾け、
ひよりの瞳が淡い光に包まれる。
世界が一瞬、反転する。
そこはかつての春。
桜並木の下で、青年が笑っていた。
ひよりの知らない、けれど確かに懐かしい笑顔。
「朋広さん……」
声がこぼれた瞬間、録音機のライトが赤く点滅した。
“記録開始”。
桜の花弁が風に舞い、旋律が彼女の指先に宿る。
ペンが勝手に動き、白紙のノートに音符が描かれていく。
それはまるで、桜自身が奏でる鎮魂歌のようだった。
――過去を歌い、未来をつなぐための譜面。
ひよりは微笑んだ。
「これが……桜魂の、記譜。」
夜風が吹き抜け、校舎の明かりが遠ざかる。
桜霊の旋律は、静かに次の継承者を呼んでいた。




