《第1章 第2話 桜の記憶を継ぐ者》
春の風が、また教室の窓から入り込んだ。
月城朋広は、机の上の古びたノートを見つめていた。
そこには、誰かの筆跡でこう書かれている。
――桜が咲くとき、記憶がめざめる。
彼はその文字をなぞるように、ゆっくりと指先を滑らせた。
その瞬間、脳裏に閃光が走る。
視界の端で、淡い桜色がちらついた。
「……まただ。」
息を吐くと、教室の空気が少しだけ震えた。
まるで、桜そのものが彼の呼吸に反応しているようだった。
「朋広くん?」
声をかけたのは桐生ひより。
彼女の手には、同じように古いノートが握られている。
目が合った瞬間、二人の間で何かが共鳴した。
――過去と未来が、交差する音がした。
ひよりは眉をひそめて言う。
「ねぇ……このノート、私のじゃないのに、
読んでると、なぜか涙が出るの。」
朋広は小さく頷く。
「それが“桜の記憶”なんだ。
俺も……夢の中で何度も見てる。
桜の下で、誰かが微笑んでる光景を。」
「その“誰か”って、私……なのかな?」
ひよりの声はかすかに震えていた。
彼女の頬を伝う風が、まるで答えのように桜色をしている。
「わからない。でも――」
朋広は窓の外を見た。
校庭の桜は、まだ蕾のままだ。
それでも、見えない何かが確かに“呼んでいる”気がした。
「きっともうすぐ、思い出すよ。」
その言葉に、ひよりは小さく笑った。
涙とともに、春がまた一歩近づいてくる。




