17/38
《Re:第1章 第2話 風の声、桜の記憶》
春の雨が止み、夜の空気に混じる花の匂い。
桐生ひよりは傘を閉じ、静かに空を見上げた。
「——また、夢を見たの」
誰にともなく呟く声が、濡れた石畳に溶ける。
夢の中で、彼女は知らない青年の影を追っていた。
顔は見えない。けれど、どこかで何度も呼ばれた気がする。
——朋広。
目が覚めても、その名前だけが胸の奥に残る。
桜咲学園の旧校舎裏に立つ一本の古桜。
その下にだけ、夜風がやさしく吹いていた。
桜の花びらがひとひら、ひよりの頬に触れた瞬間——
耳の奥で声がした。
『……継げ。』
振り向いても誰もいない。
ただ、桜の根元に、淡く光る“銀の指輪”が落ちていた。
拾い上げた瞬間、視界が一瞬白く染まり——
次に見た光景は、知らない教室。
古びた黒板の前に、誰かの影が立っていた。
「また……君なの?」
その言葉は、夢か現実かもわからないほど、あたたかかった。
ひよりは唇を噛みしめながら、その名前をもう一度呼んだ。
「……朋広、さん。」
夜風が吹き抜ける。
桜がざわめく。
そして、遠くで誰かが微笑んだ気がした。




