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《第5章 序章 桐生ひよりの風》

春の光が、まだ少し冷たい空気を透かして差し込んでいた。

 桐生ひよりは、窓際の席でノートを閉じたまま、静かに空を見上げている。

 風が教室の隙間を抜け、彼女の髪を揺らした。


 ――また、あの香り。


 ふと、胸の奥で何かがざわめく。

 懐かしいような、切ないような。

 でも、それが何なのか思い出せない。


 「桜の香り……だよね」

 隣の席の友人が笑って言う。

 「毎年この季節になると、ひよりってよく空見るよね」


 「……そうかな」

 ひよりは苦笑しながら答えた。

 けれど、心のどこかで分かっている。

 それは単なる季節の習慣ではない。

 もっと深い、誰かの記憶が風に混ざっているのだと。


 校門の外、満開の桜並木。

 その下を歩くと、ひよりの足が自然と止まる。

 ひとひらの花びらが頬に触れた瞬間、世界がふっと白くかすんだ。


 ――「桜を、永遠に咲かせろ」


 耳の奥で、声がした。

 優しくて、どこか悲しい声。

 ひよりは振り返るが、そこには誰もいない。


 けれど、地面には淡く光る花びらが一枚。

 その中心で、微かに“桜色の光”が鼓動していた。


 「……これは?」

 ひよりはそっと手を伸ばした。

 触れた瞬間、胸の奥に熱が走る。

 頭の中に、一瞬だけ知らない景色が流れ込む――


 桜咲学園の屋上。

 風に舞う花。

 そして、ひとり立つ少女の背中。


 ――水無瀬咲良。


 名前を知らないはずなのに、自然にその名が唇からこぼれた。

 涙が頬を伝い落ちる。


 「……どうして、泣いてるんだろう」


 春の風が吹く。

 遠くで鐘の音が鳴る。

 それが、ひよりにとって“継承”の始まりだった。


 誰かの願いを受け継いで、また新しい物語が動き出す。

 桜の風の中で、彼女は小さく呟いた。


 「――私が、次の春を咲かせる」


 花びらが舞う。

 そして、空の向こうで微笑む“もう一人の少女”の姿が、淡く霞んで消えた。

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