《第4章 第2話 桜に宿る風の約束》
放課後の桜咲学園は、まるで時間が止まったように静かだった。
西日に照らされた廊下の影が長く伸び、窓の外では淡い風が花びらを散らしている。
水無瀬咲良は、その風の中心に立っていた。
手には、朋広から託された“桜の欠片”――淡く光る小さな結晶。
彼女はその光を胸に押し当て、そっと目を閉じた。
――音が聞こえる。
微かな囁き、遠い記憶の呼吸。
「これは……みんなの想い?」
その瞬間、彼女の中に溢れるように映像が流れ込む。
桐原桔梗が桜の下で微笑む姿、
紫苑の祈り、
美琴の静かな涙、
九条つばめの笑い声。
そして、最後に――月城朋広の声。
『咲良、君は風を繋ぐ者だ。
俺が届かなかった場所まで、届けてくれ。』
胸が熱くなり、涙がこぼれる。
咲良は両手を広げ、風を受け止めた。
「……行きます。私が、あなたの願いを繋ぎます。」
その瞬間、桜の花びらが一斉に舞い上がった。
風が唸りを上げ、空が淡い桜色に染まっていく。
学園の中心にある“古桜”が、眩い光を放った。
幹に刻まれた文様が目覚め、桜霊が形を持ち始める。
――それは、記憶そのものの具現。
光の中から、朋広の姿が浮かび上がった。
「咲良……よくここまで来たな。」
「先輩……どうして、ここに?」
「もうすぐ消える。けど、それでいい。
君がいるなら、この記憶は永遠に咲く。」
咲良は涙をこらえながら頷いた。
「じゃあ……私も、あなたの風になります。」
朋広の微笑みが光に溶け、風の中へ消えていく。
その風は彼女の頬を撫で、桜の花びらを抱きしめた。
――桜が鳴いた。
花弁がひとひら、彼女の掌に落ちる。
その色は、まるで“魂”そのもののように淡く、温かい。
咲良は目を閉じて、その花びらを唇に寄せた。
「約束します。
あなたの記憶を、次の春へ――。」
風が走り抜け、夜の空気に桜の香りが満ちる。
その中で、桜咲学園の屋根の上に、ひとつの光が宿った。
――それが、新たな“桜魂”の始まりだった。




