《第4章 第1話 桜の継承者たち》
春の光が校舎のガラス窓に反射して、白い粒がきらめいた。
桜咲学園は、新しい年度を迎えていた。
月城朋広は屋上から、その光景を静かに見下ろしていた。
彼の表情には穏やかな笑みが浮かんでいる。
もう、彼の中に“桐生ひよりの影”は悲しみとしてではなく、**誇り**として宿っていた。
――記憶は風に溶け、魂は風に咲く。
その言葉が、いまなら心から理解できる。
背後から軽やかな足音が響いた。
「先輩、またここにいたんですね。」
振り向くと、ひよりの意志を継ぐ少女がそこにいた。
彼女の名は、**水無瀬 咲良**。
学園に伝わる桜霊の儀を偶然引き継ぎ、“継承の花”に選ばれた存在だった。
咲良の瞳には、桜色の光が微かに宿っている。
それは、ひよりが最後に残した“風の欠片”。
「……もうすぐ桜祭ですね。」
「そうだな。今年はきっと、何かが変わる。」
朋広の視線は遠くの桜並木へ向けられた。
そこでは、新入生たちが記念写真を撮りながら笑っている。
その中に、どこか懐かしい雰囲気を纏う少年がひとり――
まるで“かつての自分”を見ているようだった。
その瞬間、朋広の胸の奥がざわめいた。
光が揺れ、風が巻き、桜の花びらが彼の頬を撫でた。
――風が言葉を運んでくる。
『継承は終わりじゃない。次の命が咲くための、はじまり。』
朋広は目を閉じて、微笑んだ。
「……わかってるよ、ひより。」
咲良が一歩、朋広の隣に立つ。
その瞬間、二人の影が地面に重なり、淡い桜色の光が広がった。
桜の木々が一斉に揺れる。
風が走り抜け、校庭全体を覆うように光が弾けた。
そして、風の中から微かな声が響いた。
『この記憶を――次の君へ。』
桜の花が舞う。
それは、誰かの涙にも似て、けれど確かに**希望**の色をしていた。
朋広は空を仰ぎ、ゆっくりと呟いた。
「……桜魂は、ここにある。」




