《第3章 第3話 桜風の記憶》
夜の帳が降りる頃、桜咲学園の中庭は淡い光に包まれていた。
満開の桜の木々が夜風に揺れ、淡紅の花びらが月明かりの中を舞っている。
月城朋広はその中心に立っていた。
かつて桐生ひよりと出会い、別れたあの桜の木。
今、彼の胸にはひよりの残響が確かに息づいている。
――だが、それは終わりではなく、始まりだった。
耳元で、ひよりの声が微かに囁く。
『風に乗って、次の“継承者”を探して。』
その声に導かれるように、朋広は目を閉じた。
すると、視界の奥に光の筋が走る。
過去と未来が交錯する――まるで世界が新しい命を生み出すような感覚。
風が吹き抜け、花びらが渦を描いた。
桜の幹に刻まれた古い文様が一瞬だけ光る。
「……“桜魂”。」
その名を呟いた途端、朋広の中に溢れるほどの記憶が流れ込んだ。
ひよりの想い、桔梗の涙、紫苑の祈り、そして無数の人々の“願い”。
すべてが一つに繋がり、風の中で歌のように共鳴する。
「これは……魂の連鎖。」
朋広は膝をつき、胸を押さえた。
その中で確かに聞こえるのは、ひよりの笑顔と共に流れる旋律。
『ありがとう。あなたが繋いでくれたから、私は消えない。』
涙が頬を伝った。
風の中に漂う桜の香りが、やけに懐かしい。
彼女の姿が、光の粒となって夜空へと昇っていく。
朋広は立ち上がり、夜空を見上げる。
そこに満天の桜色の光が広がっていた。
まるで、空そのものが花びらで満たされたかのようだ。
――その時、背後から誰かの足音が響いた。
「……ここにいたんですね、月城先輩。」
振り向くと、見覚えのある少女――“桜魂の継承者”の印を宿す瞳をした後輩が立っていた。
その手には、淡く光る“桜の欠片”。
「ひよりさんの意志、私が……受け継ぎます。」
朋広は微笑みながら頷いた。
「頼んだよ。これはもう、俺の物語じゃない。」
風が吹き抜け、ふたりの間に花びらが舞う。
――それは確かに、“継承”の瞬間だった。
桜の樹の下で、夜明け前の風が静かに囁く。
『この魂は、まだ散らない。
誰かの心に咲き続けるために――。』




