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《第1章 第1話 月の影、桜の鼓動》

あの夜、空は静かに泣いていた。

 街灯の淡い光が、濡れたアスファルトを白く照らしている。


 月城朋広は、桜の枝に手を伸ばした。

 それは、誰かの記憶をなぞるように。

 指先に触れた花弁の冷たさは、かつて“福田朋広”として感じたものと同じだった。


「……桜霊が、また泣いてる」

 背後で、桐生ひよりの声が震えた。

 彼女の瞳は、かつての春を映している。

 彼女もまた、“継承の記憶”を少しずつ取り戻していた。


 月城はゆっくり振り返り、微笑んだ。

「ひより、もう少しだけでいい。

 俺が……前の世界で失ったものを、思い出せそうなんだ」


 ひよりの肩が揺れた。

「前の世界……福田さん、なの?」


 その名前を口にした瞬間、風が止んだ。

 桜の花弁が一枚、空中で静止し、淡い光を放つ。

 朋広の瞳に、淡い記憶の残光が浮かぶ。


 ――雨上がりの夜、手を伸ばしたのは誰だった?

 ――笑っていたのは、彼女か、それとも“彼”か。


 思考と記憶の境界が溶けていく。

 桜の鼓動が、体の奥で重なって鳴る。


 そのとき、耳元に声が落ちた。


『……継げ、朋広。桜はまだ、咲ききっていない。』


 聞き覚えのある声。

 低く、優しく、かつての自分――“福田朋広”の声だった。


 ひよりが顔を上げる。

「朋広くん、誰と話してるの?」


 月城は小さく首を振る。

「自分自身と、だよ。

 でも……もうすぐ全部、戻る。」


 彼は、空を見上げた。

 そこには月と桜の花弁が溶け合うように重なり、

 一つの“魂の門”が開こうとしていた。


 ――福田朋広の影が、微笑む。

 ――桜魂の継承者、ここに立つ。



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