星を降らせる者2
「あーお腹空いたな」
私は、いつの間にか平気で独り言を言いつつ街を闊歩する者になっていた。
人影は殆どない。
ただ、堂々と歩いている者は私ぐらいなもんだ。
それはそうだろう。
こんな世界になって、姿を隠さずにいれる者。
それは強者だろう。
「シシのご飯も探さなくっちゃ」
私は、最悪シシマルのエサは虫でも良いだろうと虫籠を携えていた。
草むらでカサカサと掻き分けていると後ろから声がした。
「おい、」
「………」
「おいって言ってんだろ!!」
「は?」
振り返ると高校生ぐらいの男子が青ざめ、泣きそうなような、怒りを滲ませてるような判断つかない顔で立っていた。
「……」
「頭おかしいわけ?」
「……」
この男子が私に話しかけている事は分かった。
けれど、そんな言われもなく関わりたくもなかったので、私は無視することにしたんだ。
「虫だけに……」
「は?」
「いや、なんでもないよ」
ふと、思い浮かんだ何とかギャグを口走りたくなったのだ。
言うなれば私にはそれぐらいの余裕があったのだ。
とは言え、ここでこの男の子と揉めたってしょうがない。
私はひょいひょいと、手早くコオロギのようなバッタのような、とにかく草むらを漁ると出てくる虫を籠に入れていった。
「やべぇ……」
そう言うとこの男の子は、私の腕を掴み倒れ込むように、草むらへと身を放った。
ごくりと喉を鳴らし少し震えていた。
私は相変わらず身の危険を感じることが出来ていない。
「なんなの?」
「静かにして!」
殆ど息だけが乗った声で必死でこの場をやり過ごそうとしている事が伝わってきた。
「助けてくれようとしたんだ?」
「……」
男の子は答えない。
私の腕を掴む手が、どんどんと汗ばんできて、まだ力が籠っていた。
多分いい子なんだろうな、見知らぬ変なオバさんを助けようと必死だ。
いや、自分が助かりたくて必死か。
そんな考えが頭をよぎり、なんの前触れもなく私はむくりと身体を起こした。
彼は一瞬、躊躇いつつも腕を離した。
「大丈夫だよ」
血だらけで、包丁を持った男が一人。
錯乱しているようには見えない。
ただ、人を殺して奪う事に抵抗するのをやめた者。
こんな世界にならなければ、この男もこうはならなかっただろう。
この国は銃社会じゃないから。
身近な武器と言えるものはやっぱり包丁か。
私も少し前までは無力で、何も出来ないただの主婦だった。
一番鋭利な刺身包丁を携えて、震える手でそれを握りしめていたのだから。
ーーーーちっとも恐くない。
この男がこの武器を選んだということ。
それは特別な力のない証。
男と目線が合い、確かにこちらを捕捉している。
私は少し、躊躇した。
もうこの距離になっては、威嚇じゃ済まないから。
「瞬いていなくても、そこにあるんだよ……」
私は指をかざして男を目掛けて振った。
すると星は、私の動きと共に降り注ぎ、男を消し炭にした。
跡形もないから、胸が痛まない。
だって、そこに人が居たって証拠がないもん。
そういう言い訳で折り合いをつけた。
もう深く、考えたりしない。
「もう平気だけど……」
私は忘れかけていた男の子に声をかけた。
恐る恐る、身体を起こして辺りを見回す。
「さっきの……」
「うん、そうだね。よくわからないけど、ありがとう」
私はこの子の行いに少なからず感謝した。
こんな世界でも、手の届く範囲の者を助けようとしてくれたのだから。
その行いが、結果としてこの子を護ったんだ。
「そうだねじゃなくて、さっきのは……」
「さっきのって?」
「爆発みたいな……その……」
最初の態度とは打って変わって、モジモジし始めたから参った。
年がそれなりに離れているせいか、可愛く見えてしまう。
「ここは危ないね、家に帰った方がいい」
「家は、…………」
「ごめんね、気を遣わなくて。でも、どこも一緒だよ」
「いっしょ……」
「私ん家も、旦那の死体がそのまんまだし」
なんなら、周辺の死体を集めて家先に積み重ねている。そこに近付かせない為に。
猫のモンスターが人を襲うと思わせる為に。
「うん、その、おねぇさんは何してたの?」
かー、おねぇさんかぁ。
嬉しいなぁ、それを嬉しく感じるのがオバサンの証拠なんだろうけどねぇ。
「ごめんなさい、こちらこそ、考えなかった……」
私がしみじみとしていると、逆に男の子に気を遣わせてしまったようだ。
「いや、えっと、ご飯を取りに来て」
「ご飯って……」
視線の先に私の虫籠。
「……」
「……美味しいの?」
「わかんない」
「そっか……そういう人もいるんだね」
男の子は気の毒そうに、私から目を逸らす。
どうやら誤解させてしまったようだけれど、ここでわざわざ猫の話をしようとは思わなかった。
「そう言えば何か君、綺麗だね」
ふと、今まで気づかなかったが随分と身なりが綺麗だ。おそらく私も他の生き残りの人達よりは綺麗な方だが、この子は毎日お風呂に入っているような……そんな感じがした。
「姉ぇちゃんが、水を使える」
「えっ!!飲めんの?!それ?!」
男の子はコクリと頷いて、家の前に来たのか立ち止まった。
そしてバリケードを回り込むように、塀をつたって降り立った先の勝手口に到着する。
我が家もそれを採用してるので、どこもやっぱり一緒だな……と、どうでもいい感想を抱いた。
うちのバリケードは死体で出来てるけどね……。
コン、コンコン……コン
リズミカルにドアを上下に叩いて、その場で待つ。
これがこの家の合図なのだろう。
単純な音だけでなく、叩く場所を変えている事に感心した。
「っていうか、なんか付いてきちゃったけど」
「おねぇさんお腹空いてるんでしょ?」
「うん、そりゃぁ……でもさ」
そう言いつつ食べ物を分けてもらえたらそれはありがたい。そんな下心あってか、私は虫がご飯を否定しなかったのだろう。
「いいから」
「キャットフードとかある?」
「うるさいなぁ……ちゃんと、人間の食べ物あげるよ、少しだけど」
「う、うん」
もう私は、この子にとって人間のエサやり感覚なのかもしれない。
てか、うるさいだと?最初に話しかけて来た時もそうだったけど躾がなっとらんな。
そうこうしているうちにカチャリと静かにドアが開き、少しの隙間から滑り込むようにして男の子は入った。
そして手だけを私に差し出して、その手を掴まれスルリと入り込むと同時にドアは閉まった。
「ひっ!!」
「あ!姉ぇちゃん!悪い人じゃないから!!」
「え、あ、えっと、待って!!」
静止する声を挙げると同時に、そそくさと中へ消えたと思えば、スナック菓子を投げられて、後ろ手に見慣れた物が見え隠れする。
当然の反応だろう。
「いいよ」
「そんな……」
「気をつけてな」
「ダメ、危ないから……」
「いや、私は大丈夫だよ」
「……」
「ポテチ貰ってもいいの?」
「え……ヤダ他のにして!」
「……」
「ねぇーーーちゃーーーん!!」
私を取り残し、男の子も居なくなる。
私は外の気配に注意を払いつつ、いつこの場を後にするか考えた。
ちらほらと聞こえる話の内容。
幼い姉弟の喧嘩でしかなかった。
きっと、もう親は死んだんだろう。
私はただ待った。
このまま居なくなればいい。
そう思ったのに、二人の様子を垣間見て私は縁に座り込んで待った。
あの子の誤解を解いてあげないと。
別に私の真実が悪人だろうとも、そんな事は関係ないから。
あの子は私を助けたい人間だと思っている。
私はそれに応える人間でありたいと思っている。
だからお姉さんの前では善人のように振る舞おうと、それだけなんだ。




