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紙魚夢  作者: 心無 真白
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紙魚夢

静まり返った深夜の図書館に、カツン、カツンと乾いた足音が響く。その音はやがて、床に敷かれた分厚い絨毯に吸い込まれるように消え去った。


その音の主は私だ。


薄暗い光が差し込む閲覧席で、父の古い手記を広げていた。手記の持ち主は、私の父――この図書館の元管理人だった。父は一年前に、まるでなにかに取り憑かれたかのように狂い、自殺した。医者からは原因不明の病だと。


「この図書館には、ある◾︎◾︎が隠されている。」


手記にはそう書かれていた。父が原因不明の病で亡くなって以来、私は時折、自分の記憶ではない奇妙な既視感に襲われるようになっていた。それは自分の記憶ではない、他人の記憶が断片的にフラッシュバックするような感覚だ。その原因を突き止めるために、私はここに来たのだ。


手記の文字は、読み進めるごとに私の心を深く引き込んでいく。父の几帳面な筆跡で、図書館の歴史や書物の管理法が淡々と綴られていたが、時折、唐突に現れる黒塗りの部分が、異様な不気味さを醸し出していた。


手記を読み進めるにつれ、奇妙な出来事が起こり始めた。誰もいないはずの書架の隙間から、何者かの視線を感じる。耳元で、囁くような声が聞こえる。


「それを知ろうとする者は、いずれ◾︎◾︎を失う代償を払うことになる。◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎によって、君の◾︎◾︎は◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎れるだろう」


書架の奥から、乾いた紙の擦れる音が聞こえた。何かが、後ろにいる。私は手記から顔を上げることができない。視界の隅に、ゆらりと揺れる影が見える。


手記を読み進めることへの好奇心と、得体の知れない恐怖が、僕の中でせめぎ合っている。それは、この手記を読み進めることへの衝動であり、同時に私をここへ縛りつけている鎖でもあった。


「◾︎◾︎の◾︎◾︎を◾︎◾︎することは、◾︎◾︎を増やすことだ。そして、それは◾︎◾︎の◾︎◾︎を意味する」


私は震える手で、手記の続きを読んだ。父の筆跡で書かれていたはずの文字が、いつの間にか、私自身の筆跡に変わっていくような錯覚に陥った。いや、これは錯覚ではない。文字が蠢き、形を変えている。心臓がドクン、と大きく脈打った。


誰かの手が、私の肩に触れた。ぞっとするほど冷たい指だった。


「その◾︎◾︎は、もう君のものだ」


その声は、私の声にそっくりだった。

心臓が跳ね上がる。私は急いで手記を閉じ、震える手でページを固く押さえつけた。紙の擦れる音が、まるで自身の心臓の音のように響く。そして、私はその正体を知るために、顔を上げて振り返った。


振り返った僕の目の前には、誰もいなかった。そこにあるのは、無限に広がる書架だけ。その書架の一番奥、薄暗い影の中に、一冊の古い本が置かれている。他の本とは明らかに違う、禍々しいオーラを放っている。


その本に引き寄せられるように、私は立ち上がった。私の足は私のものではなく、何かに操られているかのようだ。一歩、また一歩と進むたびに、書架の声が嘲笑うように囁き声を上げた。


「来たのか、哀れな◾︎よ。」


頭の中で、声が響き続ける。それは、私の声でも、父の声でもない。無数の、聞き覚えのない声が、脳を直接揺さぶっている。


「君は、ただの◾︎に過ぎない。」


「◾︎◾︎を求める代償として、君は◾︎を◾︎にするだろう。」


本に手が触れた瞬間、私の脳内に、かつてこの図書館で起こった出来事がフラッシュバックした。それは、記憶の器に他者の記憶を注ぎ込みすぎた結果、自分のものが溢れ出してしまったかのように。正気を失い、精神を病み、最後には自らの存在さえも忘れて死んでいく。その末路を、僕は映画のように見せられた。


その犠牲者の中には、父の姿があった。


本のページを開くと、そこには文字ではなく、黒く塗りつぶされたページが延々と続いているだけだった。私が知りたい真実は、この無数の記憶の中に隠されている。

私の目の前に、幻影が現れた。父の姿。いや、父の姿をした何かがそこにいた。彼は私を悲しげな目で見つめている。


「君は、◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎を◾︎◾︎◾︎◾︎ために来たのかね? それとも、新たな◾︎◾︎◾︎となるために?」


私は何も答えられなかった。ただ、絶望に満ちたその本から目を離すことができない。

そして、私の影が、記憶が、本の中へと溶け込んでいくのを感じた。


「さあ、君の◾︎◾︎はもう◾︎◾︎の◾︎に閉じ込められたのだ」


私の意識は、その本の中へと沈んでいく。そこには、私が探し求めていた真理も、僕自身の存在もなかった。ただ、闇だけが広がっていた。


「なんだ…こ◾︎?声◾︎…出な◾︎?」

私の声なのに、言葉の◾︎◾︎が分からなくなっていく。私◾︎◾︎の存在が侵食されている。幻影の言葉が私を侵食し、やがて私自身の言葉すらも無に変わっていく。


頭の中で、断片的な言葉が反響する。


嘘◾︎。君◾︎もう。◾︎ない。◾︎の記◾︎はどこだ!? ◾︎◾︎◾︎を探せ。◾︎を見て。◾︎ってなんだ。よう◾︎◾︎。また◾︎◾︎よ。可哀◾︎に。◾︎?なんで◾︎◾︎に?


「ちが◾︎!◾︎めろ!」


◾︎は叫んだ。だが、口から出たのは、私自身の◾︎ではなかった。それは、◾︎◾︎を失う前の私の声でも、父の◾︎でもない、無数の◾︎が混じり合った、意味をなさない◾︎だった。私は、自分が◾︎なのか、なぜ◾︎◾︎にいるのか、◾︎◾︎思い出せない。ただ、心の奥底に、◾︎◾︎を失った、耐え難い喪失感だけが残っていた。


私は、自分を◾︎◾︎に駆り立てるこの◾︎◾︎から逃れるため、◾︎◾︎◾︎で書架に並んだ◾︎を手に取った。本を狂ったように引き抜き、◾︎に投げつける。◾︎◾︎が揺れ、◾︎が舞い上がる。

「どこ◾︎! どこにあるんだ◾︎憶は! …記◾︎?そ◾︎だ!私の◾︎◾︎を見つ◾︎◾︎くては!見つけなきゃ私は…私は!」

私の◾︎から、◾︎◾︎が◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎ような感覚がする。私の◾︎◾︎が、一つ、また◾︎つ◾︎◾︎へと変わっていく。


子◾︎の頃、父◾︎歩いた帰◾︎道。夕焼け◾︎染まる空◾︎◾︎で、私の◾︎◾︎◾︎◾︎を握ってくれた◾︎◾︎◾︎感触が、冷たい紙の感触に上書きされていく。母が◾︎◾︎てくれた、少し◾︎◾︎◾︎◾︎たクッキーの◾︎◾︎匂いが、埃とカビの混じった無機質な匂いに塗りつぶされていく。


「返◾︎!私の◾︎◾︎を◾︎せ!」


◾︎は、◾︎に散らばった◾︎を◾︎◾︎漁った。しかし、どの◾︎も◾︎◾︎◾︎で埋め尽くされている。◾︎◾︎は、もう◾︎◾︎にもなかった。私の◾︎◾︎も、◾︎く塗りつぶされていく。

虚◾︎の◾︎無。 真◾︎の◾︎偽。 絶◾︎と幻◾︎。

私は、もう◾︎ではない。


◾︎は、この◾︎書◾︎の◾︎◾︎になった。


◾︎の◾︎体は、無◾︎の◾︎が積◾︎◾︎なった書架の◾︎◾︎となり、◾︎の意◾︎は、◾︎数の◾︎◾︎が詰まった◾︎の◾︎◾︎◾︎へと溶け込んでいく。それ◾︎、私の◾︎◾︎◾︎いと願った◾︎◾︎であり、同時に◾︎を◾︎◾︎◾︎◾︎だ◾︎◾︎だった。


◾︎は◾︎◾︎◾︎の◾︎で、ただ◾︎◾︎◾︎◾︎に◾︎◾︎◾︎という◾︎を◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎いる。やがて、その◾︎すら◾︎、◾︎へと◾︎◾︎して◾︎◾︎。


「たす◾︎◾︎…だれ◾︎…」


あ………………


◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎

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