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叱責

「あの女狐! 四つの部隊の情報収集部を一つにまとめるだと? 面倒な議案を上げおって! そんなことをすれば重要な情報が隠蔽されるかもしれん。断じて反対だ!」

 だんっと執務机を殴りつけながら、バーデン隊長が吐き捨てた。


 バーデンによりその座を追われ、現在は辺境の地で国境を守っている前隊長は、謀が苦手な正直者だったらしい。

 この赤狼隊隊長の執務室は、以前はほとんど物のない、質素な部屋だったと聞く。

 それが今や石壁は大きな角を付けた鹿の頭の剥製や、災龍との戦いを描いた派手なタペストリーで覆い尽くされ、けばけばしくて落ち着かない。


「まだ決まったわけではないですし……」

 執務机を挟んで立つフランクは、後ろに手を組んでもごもごと呟いた。

 バーデンはもう一度、派手な音をさせて机を叩いた。

 フランクはびくりと肩を揺らす。

「決まってからでは遅いのだ! 殻の付いたひよっこが隊長になったからと生意気な真似をしおって! 思い知らせてやらねば腹の虫がおさまらん!」

 口角泡を飛ばす勢いで、バーデンが吠えた。


 騎士団長会議には、四つの隊の隊長と副隊長、それから騎士の中でも一番偉い騎士団長が出席する。

 今日は年に六回開催される定例会議だった。

 貫禄ある隊長達が円卓を囲むのは壮観だ。

 部屋の中は呼吸をするのも憚られるほど、緊張感で満ちていた。


 何故フランクがそれを知っているのかと言うと。

 赤狼隊のフォルナー副隊長が体調不良で、その代理として出席させられたのだ。

 情報収集部の騎士としては目立つ場所には立ちたくないのだが、バーデンのお供に手を上げる赤狼隊隊員が誰もいなかったのだから仕方ない。


「ですが、ブラント隊長の言い分も一理あります。各隊の情報収集部を統一すれば、それだけ情報の質も効率も上がります。災龍の襲撃も、皆で協力して事前に察知できるようになるかもしれません。私は我が部隊の情報収集能力が他より劣っているとは思いませんが、単純に得られる成果が四倍になると考えれば、戦闘部隊にとっても有利な発案かと」


「なんだお前、あの女狐の肩を持つのか」


 熱を込めて話すフランクの言葉を、地を這うようなバーデンの声が遮った。


 フランクはびくりと身をすくめた。

 ぎらぎらと底知れない光を放つバーデンの瞳と全身から滲み出る威圧感に、この人は腐っても隊長なのだと改めて思い知る。


「め、滅相もない、です。私は赤狼隊隊員です。バーデン隊長のご指導の下、日々研鑽を積んでいる次第であります」

 口が腫れるかと思った。嘘をついていると自分でもわかる。

 だが、バーデンはすぐに上機嫌になった。

 単純で助かった。こういうところだけは、扱いやすいのだが。


 バーデンはどさりと椅子に身を投げた。巨体を受け止めた哀れな椅子は、甲高い悲鳴を上げる。

「だいたい、あの女の弱点はどうなった。命令してから十日は経つぞ。そろそろ何かいい報告ができるんじゃないか?」

 ここで「いい」という報告は、バーデン隊長にとって「都合のいい」報告だ。

 フランクは渋々、口を開く。

「ブラント隊長に密着取材……もとい、仕事から私生活まで調べられることは全部調べました。青鷲隊隊長としては部下に慕われ、町の人からの評判も良く、弱者を守り、問題には率先して駆けつける方で……特に、秘密、というものもなく……」


 町の見回りに同行した際、彼女の能力の高さをいくつも目にした。

 迷子になった子供がいれば肩車をして探し、拾った落とし物を預かれば持ち主の所まで労をいとわず返しに行く。喧嘩が始まれば他の隊員と協力して事態の鎮静化を図る。

 職務については完璧だったので、では私生活がだらしないのかと思えばそうでもない。

 壁新聞を作るという態で騎士団の寮にお邪魔すると(怖いくらいスムーズに許可してくれた)、隊長格だというのに部屋は一般的な騎士と同じ広さの部屋で、物は少なく整理整頓が行き届いていた。

 性格も、これぞ人の上に立つべき人と思わざるを得ない。決断の速さと意志の強さは、初めて言葉を交わしたフランクにも魅力的に感じるほどだった。


 人たらし。

 彼女を称するのは、その言葉がぴったりだ。


「イルゼ・ブラント隊長は完璧な善人で、少しも非難することがありませんでした!」

 どんな情報も客観的に、嘘偽りなく報告して、初めて意味を持つ。

 そこに自分の意志は関係なく、後の判断は報告を受ける側に任せる。

 フランクはそれが、プロの情報収集部員だと思っている。


 だがしかし。


「それで情報収集の専門を名乗るとは何事かー!」

 執務机の上にあった文鎮を勢いよく投げつけられ、フランクは「ひっ」と思わず悲鳴を上げた。すんでのところで避けた文鎮は、不気味な音を立てて壁にぶつかり、床に落ちる。


 バーデンは歴代の隊長が使ってきた重厚な執務机に両手をつき、フランクに向かって下から睨み上げるように身を乗り出した。

「お前、自分がいかに恵まれているのか、分かっていないようだな」

 狂気に光る眼を間近にし、フランクはごくりと唾を飲み込んだ。

「お前が騎士団で働けるのも、俺が取り立ててやってるからだ。俺がいなければお前は今頃、騎士団の寮の床掃除をしていただろう。便所掃除かもしれん。お前は俺に、恩を感じなければならん。お前は俺に礼をつくし、俺の役に立つのが筋ってもんだろう」

 一言、一言強調しながら、バーデンが不気味なほど穏やかに囁く。


 フランクは「あ」も「う」も言えなかった。

 それが気に障ったのだろう。怒りに顔を赤くしたバーデンが怒鳴った。

「もっと違う角度から調査してみろ、この役立たずが! 今が完璧なら、過去はどうだ。誰にだって一つや二つ、後ろめたいことがあるに決まっている! お前は俺の命令を聞いていればいい、聞けないのならクビにしてやる!」

 激高する上司を前に、フランクは体をすくませて「はい!」と叫ぶことしかできない。


 バーデンは鼻息も荒く椅子に座ると、せわしなく貧乏ゆすりをした。

「俺の目論見が成功した暁には、郊外の土地をやろう。郊外といっても王都の端だ、利便性は良い。最近、郊外の地価が安くなって買いどきなんだ。土地ころがしなど暇人のすることだと思っていたが案外、儲けられるものだ」


 隊長の仕事は本来忙しいはずだが、その仕事を副隊長に全振りして、この人は一体何をしているのだろう。


 零れそうになるため息を何度も飲み込んで、フランクはバーデンが飽きるまで説教を聞き続けた。


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