2-6. 地下からのSOS
警察がNPO法人「ふるさと再生プロジェクト」の地下に関する捜査を開始したと田中刑事から連絡を受けて以来、健太は緊張感の中で毎日を過ごしていた。いつ、どのような形で動きがあるのか、地面師たちが次に何を仕掛けてくるのか、予測がつかない日々だった。事務所の窓からは、相変わらず再開発の工事現場のクレーンが空に伸び、街の変貌を告げていた。
健太の足元では、ミケが静かに丸くなっていた。いつも健太の不安な気持ちを察するかのように、そっと寄り添ってくれる。その存在が、健太にとってどれほど心強いか、言葉では言い表せないほどだった。
数日後、健太の携帯電話が鳴った。画面には「田中」の文字。健太は、慌てて電話に出た。
「もしもし、田中刑事!」
「佐々木先生、例の件で動きがあった」田中刑事の声は、いつもより低く、緊迫しているように聞こえた。「NPO法人『ふるさと再生プロジェクト』の仮設事務所の地下室から、不審なものが発見された」
健太の心臓が、ドクンと音を立てた。
「不審なもの、ですか!?」
「ああ。君が言っていた換気扇の奥を詳しく調べたところ、そこに隠し扉が見つかった。そして、その扉の奥には、予想通り地下への通路があった。その通路を辿っていくと、さらに驚くべきものが発見されたんだ」
田中刑事の言葉に、健太は息を飲んだ。
「それは……一体、何だったんですか!?」
「それがな……旧日本軍が使用していたと思われる、古い弾薬庫だ」
健太は、耳を疑った。弾薬庫?なぜ、下町の地下に、そんなものが?
「弾薬庫……ですか?なぜ、そんなものがこの地下に……」
「我々も驚いている。どうやら、戦時中に緊急避難用として、あるいは物資の隠匿場所として使われていたようだ。そして、その弾薬庫の内部から、大量の盗品が見つかった」
「盗品!?」健太は、思わず声を上げた。
「ああ。骨董品、貴金属、絵画……どれも高価なものばかりだ。どうやら、NPO法人は、この弾薬庫を盗品の隠匿場所として利用していたようだ。再開発の工事で、偶然にもこの弾薬庫が見つかったため、彼らはこれを新たな拠点として利用しようと画策したんだろう」 健太の頭の中で、全ての点と点が繋がった。 地面師たちは、鈴木醸造の土地を狙っていただけでなく、その地下に眠る「旧日本軍の弾薬庫」を、盗品の隠匿場所として利用しようとしていたのだ。そして、再開発を隠れ蓑にして、その弾薬庫への通路を確保しようとしていたのだ。 「あの錆びた金属製の部品は……?」健太は尋ねた。 「それも鑑識で分析した結果、弾薬庫の古い扉の部品であることが判明した。君が言っていた『土とカビの匂い』も、弾薬庫の湿った土壌と、長い年月で染み付いたカビの匂いだったんだ」 健太は、ミケの驚くべき洞察力に改めて感銘を受けた。ミケが示した微かな違和感が、これほど大きな真実へと繋がるとは。
「NPO法人の代表理事は!?」健太は尋ねた。 「既に身柄を確保し、取り調べを進めている。彼らは、盗品の隠匿だけでなく、この弾薬庫を拠点に、さらに大規模な詐欺や犯罪を計画していた疑いがある」田中刑事の声には、確かな手応えが感じられた。
「これで、鈴木さんの土地も、無事に守られますね!」健太は、安堵の息を漏らした。
「ああ。この弾薬庫の発見と、そこから出てきた盗品、そしてNPO法人の活動実態から、彼らの地面師詐欺についても明確な証拠が揃った。鈴木正義さんの土地は、法的に完全に守られることになるだろう。君の協力がなければ、ここまで迅速に、そして大規模な犯罪を暴くことはできなかった」
田中刑事は、心からの感謝を伝えてくれた。健太は、司法書士として、この街の平和を守るために貢献できたことを、心から誇りに思った。
「しかし、佐々木先生」田中刑事は続けた。「この弾薬庫の存在は、まだ一般には伏せている。もし公になれば、この街に混乱が生じる可能性がある。しばらくは、極秘情報として扱うことになる」
「承知いたしました」健太は頷いた。
電話を切った健太は、椅子に深く腰掛け、大きく息を吐いた。これで、鈴木正義の土地は守られた。この下町を狙っていた地面師たちの悪事も、暴かれた。
ミケは、健太の安堵を感じ取ったかのように、健太の膝の上に飛び乗ってきた。そして、健太の顔をじっと見上げ、小さな声で「ニャア」と鳴いた。その声は、まるで「よくやったね」とでも言っているかのようだった。
健太は、ミケを抱きしめた。
「ミケ、本当にありがとう。お前がいなければ、何も解決できなかった」
ミケは、健太の腕の中で、ゴロゴロと喉を鳴らした。
翌日、健太は鈴木正義に、今回の件の全てを説明した。正義は、驚きと安堵の表情を浮かべ、何度も健太に頭を下げた。
「佐々木先生……本当に、感謝の言葉もありません。まさか、あの蔵の地下に、そんな秘密が隠されていたとは……。そして、あのNPO法人が、そんな恐ろしい組織だったとは……」
「正義さん、大切なのは、あなたが無事だったことです。そして、鈴木醸造の土地が守られたことです」健太は言った。
正義は、深々と頭を下げた。「これで、安心して、先祖代々受け継いできたこの蔵と土地を、次の世代に繋ぐことができます」
その後、警察の捜査は急速に進展した。NPO法人「ふるさと再生プロジェクト」の代表理事を含む主要メンバーが次々と逮捕され、彼らが関与したとみられる複数の地面師詐欺事件や、盗品の売買、マネーロンダリングなどの犯罪が次々と明らかになっていった。
報道では、再開発を隠れ蓑にした大規模な組織犯罪として大々的に報じられた。しかし、地下の弾薬庫と盗品の隠匿については、警察の意向により、具体的な内容は伏せられたままだった。下町の住民たちは、NPO法人の逮捕に驚きつつも、街に平穏が戻ったことに安堵していた。
数週間後、健太の事務所には、花田キヨさんが訪れた。
「先生、本当にありがとうございました。あのNPO法人の人たちが逮捕されたと聞いて、本当に驚いたよ。佐々木先生のおかげだね」
花田さんは、健太に採れたての新鮮な野菜を差し出してくれた。健太は、その温かい心遣いに感謝した。
「いえ、私も、この街の一員ですから。お役に立ててよかったです」
「それにしても、先生のところのミケちゃんは、本当に賢い猫だねぇ。あの時、私に名刺を教えてくれたのも、ミケちゃんだったんだね」花田さんは、ミケの頭を優しく撫でた。
ミケは、花田さんの手から野菜をもらうと、満足そうに「ニャア」と鳴いた。
健太は、ミケの視線に、改めてその不思議な能力を感じていた。ミケは、単なる飼い猫ではない。健太の隣で、いつも「微かな違和感」を指し示し、事件解決へと導いてくれる、かけがえのないパートナーなのだ。
夕暮れ時、健太は事務所の窓から、変わりゆく下町の景色を眺めていた。工事現場のクレーンは、今日も空に伸びている。しかし、その景色は、もう健太にとって、不安や脅威を象徴するものではなかった。それは、新しい街が生まれ、人々が安心して暮らせる未来へと繋がる、希望の象徴のように見えた。
健太の足元では、ミケが満足そうに、健太の足に擦り付いてきた。
「ミケ、これからも、この街を一緒に見守っていこうな」
ミケは、「ニャア」と短く鳴くと、健太の言葉に答えるかのように、大きく伸びをした。そして、健太の隣で、静かに目を閉じた。
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