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街ねこ司法書士、消えた土地の夢  作者: W732
第2章:肉球が指す微かな違和感
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2-5. 地下へ繋がる道

 錆びついた金属製の部品を田中刑事に託し、健太は事務所に戻った。ミケは、健太のデスクの上で丸くなり、その小さな体で健太の心を支えてくれているかのようだった。警察の鑑識による分析結果を待つ間にも、健太はできる限りの情報収集を進めなければならない。この部品が、この再開発の闇を暴く重要な鍵となることは間違いない。

「一体、これは何なんだろうな……」健太は、ポケットに入れたままの部品の感触を確かめるように、指先で触れた。微かに残る土とカビのような匂い。それが、あの仮設事務所の奥に隠された「地下の作業室」と繋がっている。

 健太は、改めて鈴木醸造の蔵について、インターネットで調べてみた。すると、その歴史の古さから、いくつか興味深い情報が見つかった。

 鈴木醸造の蔵は、江戸時代後期に建てられたとされ、当時は、単なる醤油の貯蔵庫としてだけでなく、非常時の避難場所や、貴重品の保管庫としても使われていたという記録が残っている。さらに、地元の郷土史家のブログには、「蔵の地下には、秘密の通路があったという言い伝えがある」という記述も見られた。

「秘密の通路……?」健太は、思わず息を飲んだ。

 もし、その秘密の通路が、現代まで残されており、今回の地面師たちが、それを知って狙っているとしたら?そして、あの仮設事務所の地下の部屋と、鈴木醸造の蔵の地下が、何らかの形で繋がっているとしたら……?

 健太の頭の中で、映画のようなシナリオが浮かんだ。しかし、これは現実だ。

「ミケ、この蔵の地下には、何か秘密があるのか?」健太は、ミケに語りかけた。

 ミケは、「ニャア」と一声鳴くと、健太のデスクの上にあった、古地図のコピーに前足を伸ばした。それは、健太が鈴木醸造の権利関係を調べる際に、法務局で入手した、かなり古い下町の地図だ。

 ミケが指し示したのは、まさに鈴木醸造の蔵の場所だった。そして、その蔵の絵の上に、ミケは自分の前足で、小さな「バツ印」を描くように、爪を立てた。

「バツ印……?」健太は、ミケの行動の意味を測りかねた。何か、隠されている、ということだろうか?

 ミケは、そのバツ印をつけたまま、健太の顔をじっと見ている。そして、今度は、地図の隅に描かれた、小さな井戸のマークを指し示した。

「井戸……?」

 鈴木醸造の敷地内に、古い井戸があることは知っていた。醤油造りには欠かせない、昔ながらの仕込み水として使われている。

 ミケは、井戸のマークと、蔵のバツ印を交互に指し示している。

 健太は、ハッとした。

「もしかして、蔵の地下にある秘密の通路が、その井戸と関係しているのか?」

 井戸の底から、地下通路に繋がっている、というような話は、昔話や冒険物語によく出てくる。しかし、もしそれが本当だとしたら、あの地面師たちは、その通路を使って、鈴木醸造の土地の「地下」に何かを隠そうとしている、あるいは、そこから何かを持ち出そうとしているのかもしれない。

 そして、仮設事務所の地下の部屋から土とカビの匂いがしたこと、そしてミケが見つけた錆びた金属製の部品。それらは、地下での作業、あるいは、地下に隠された「何か」と関係しているのではないか。

 健太は、鈴木正義に連絡を取り、蔵の地下や、井戸について、何か言い伝えや、変わったことがないか、詳しく聞いてみることにした。

 正義は、健太からの電話に、少し戸惑った様子だったが、丁寧に答えてくれた。

「蔵の地下ですか……。確かに、祖父の代までは、非常食などを保管する地下室がありました。しかし、今はもう使われていませんし、入り口も固く閉ざされています。井戸についても、特に変わったことはありませんが……」

「入り口が固く閉ざされている、というのは、どういうことですか?」健太は尋ねた。

「ええ。昔、地下室から湿気が上がってくるのを嫌って、祖父が入り口をコンクリートで固めてしまったんです。もう何十年も、誰も中に入っていません」正義は、申し訳なさそうに言った。

 コンクリートで固められている……。となると、地面師たちが地下室に侵入するためには、そのコンクリートを破らなければならない。それは、かなり大がかりな作業になるだろう。

 しかし、もし、彼らが地下通路の存在を知っていて、すでに井戸の方から侵入しているとしたら……?

 健太は、すぐに正義に、井戸の周りや、蔵の壁などに、不審な点がないか、改めて確認するよう依頼した。

 その日の午後、健太は、再び山下工務店を訪れた。山下氏なら、古い蔵の構造や、井戸の造りについて、何か詳しいことを知っているかもしれない。

 山下氏は、健太の話を聞くと、腕を組み、唸った。

「蔵の地下室をコンクリートで固めた、か……。それは厄介だな。だが、地下に秘密の通路があったという言い伝えは、私も聞いたことがある。この辺りの古い蔵には、そういうものが珍しくないんだ」

「その通路は、どこに繋がっていると言われているんですか?」健太は身を乗り出した。

「さあな。言い伝えは曖昧でな。ただ、非常時に逃げ道として使われたとか、隠し財産を隠すために使われたとか、色々な話がある。だが、井戸に繋がっているという話は、聞いたことがないな」山下氏は、首を横に振った。

 しかし、ミケが井戸を指し示したことを、健太は忘れていなかった。ミケのヒントには、必ず意味がある。

「山下さん、もし、その秘密の通路が、井戸の底に繋がっているとしたら、どうやって侵入すると思いますか?」健太は尋ねた。

 山下氏は、しばらく考えていたが、やがて、顎に手を当てて言った。

「井戸の底からだとすれば、まず井戸の水を抜き、底を掘り進めることになるだろうな。だが、井戸はかなり深い。それに、もし通路が崩れたりすれば、命に関わる。素人が簡単にできることじゃない」

「では、プロの道具を使えば……?」

「うむ。専門の掘削機材や、防水設備などがあれば、不可能ではないだろう。だが、そんな大がかりな作業をすれば、必ず音が出る。周囲に気づかれないようにやるのは、かなり難しいはずだ」

 山下氏の言葉に、健太は疑問を抱いた。もし、地面師たちが地下通路から侵入しようとしているなら、必ず大きな音が出るはずだ。しかし、これまでのところ、鈴木正義も、近所の住民も、特に変わった音を聞いたとは言っていない。

 その時、ミケが、健太の足元で、突然、大きく身震いした。そして、山下工務店の壁に貼られた、一枚の古いカレンダーに目を向けた。そのカレンダーには、「梅雨明け」という文字が大きく書かれている。

「梅雨明け……?」健太は、ミケの意図を測りかねた。なぜ、今、梅雨明け?

 ミケは、カレンダーと、山下氏の顔を交互に見て、何かを伝えようとしている。その視線は、山下氏の作業着に、微かに付着している泥の痕跡に向けられている。

「山下さん、最近、どこかで土を掘る作業でもされましたか?」健太は尋ねた。

 山下氏は、頷いた。「ああ、最近、古い家の基礎工事を請け負っていてな。雨が続いて、現場が泥だらけだったんだ」

 健太は、ハッとした。雨。泥。梅雨明け。

 もし、地面師たちが、雨の音に紛れて、地下の掘削作業を行っていたとしたら?

 梅雨の時期なら、雨音が大きいため、周囲に作業の音が聞こえにくい。そして、雨が降れば、地面は泥だらけになる。掘削作業で出た土を、その泥に混ぜてしまえば、不審がられることもない。

 そして、梅雨が明ければ、雨音に紛れて作業を行うことが難しくなる。だから、彼らは梅雨が明ける前に、一気に地下への通路を確保しようとしていたのかもしれない。

「ミケ、お前は、それを教えてくれたのか!」健太は、ミケの頭を優しく撫でた。

 ミケは、健太の言葉に「ニャア」と満足そうに鳴いた。その瞳は、健太の推理が当たっていることを告げているかのようだった。

 健太は、すぐに田中刑事に連絡を入れた。

「田中刑事!NPO法人『ふるさと再生プロジェクト』は、梅雨の間に、鈴木醸造の蔵の地下に繋がる通路を掘っていた可能性があります!井戸から侵入しているかもしれません!」

 田中刑事は、健太の言葉に驚きを隠せない様子だった。

「なに!?梅雨の間に掘削作業を……?それは盲点だった。雨の音に紛れて作業を進めていたとすれば、周囲に気づかれずに行うことも可能だ」

「そして、仮設事務所の地下の部屋からは、土とカビの匂いがしました。ミケが見つけた錆びた金属部品も、地下での作業で使われたものかもしれません」健太は続けた。

 田中刑事は、深く息を吐いた。「なるほど……。君の推測が正しければ、彼らは、単に土地を奪うだけでなく、その地下に何かを隠そうとしている、あるいは、そこから何かを持ち出そうとしている可能性が高い」

「そうです。そして、あのNPO法人が、『再開発準備室』という仮設事務所を置いているのは、その地下での作業を隠蔽するためかもしれません」

 田中刑事は、電話口で唸っていた。

「分かった。すぐに裏付け捜査を開始する。地下への侵入ルートと、その目的を突き止める。君の情報は、非常に重要だ。これで、我々の捜査も大きく進展するだろう」

 健太は、田中刑事の言葉に安堵した。これで、警察の捜査は、地上だけでなく、地下へと広がる。

「くれぐれも、単独行動は慎むように。相手は、地下にまで手を伸ばすほどの組織だ。何をするか分からない」田中刑事は、健太に改めて忠告した。

「はい、承知いたしました」健太は、電話を切った。

 山下氏は、健太と田中刑事のやり取りを、隣で聞いていた。

「佐々木先生、地下にそんな秘密があったとは……。この街の歴史は深いからな」

「山下さん、ありがとうございます。あなたのおかげで、この重要な手がかりにたどり着くことができました」健太は、山下氏に深々と頭を下げた。

「いやいや、君の賢い猫のおかげだよ。それに、この街のためだ。何か困ったことがあれば、いつでも頼ってくれ」山下氏は、温かい笑顔で言った。

 健太は、山下氏の言葉に、心強い味方がいることを改めて感じた。

 事務所に戻ると、ミケは、健太のデスクの上で丸くなり、満足そうに寝息を立てていた。その小さな寝顔を見ていると、健太の心にも、静かな安堵感が広がった。

 この地面師詐欺の闇は、想像以上に深く、そして広範囲に及んでいる。しかし、ミケが導いてくれる「微かな違和感」を頼りに、健太は一歩ずつ、その闇の核心へと近づいていた。

 警察が、NPO法人「ふるさと再生プロジェクト」の地下に隠された秘密を暴く日は、そう遠くないだろう。そして、その先には、この下町の未来を左右する、大きな真実が待っているはずだ。

【免責事項および作品に関するご案内】

 この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、地名等はすべて架空のものです。実在の人物、団体、事件とは一切関係ありません。

 また、本作は物語を面白くするための演出として、現実の法律、司法書士制度、あるいはその他の専門分野における手続きや描写と異なる点が含まれる場合があります。 特に、司法書士の職域、権限、および物語内での行動には、現実の法令や倫理規定に沿わない表現が見受けられる可能性があります。

 これは、あくまでエンターテイメント作品としての表現上の都合によるものであり、現実の法制度や専門家の職務を正確に描写することを意図したものではありません。読者の皆様には、この点をご理解いただき、ご寛恕いただけますようお願い申し上げます。

 現実の法律問題や手続きについては、必ず専門家にご相談ください。

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