閑話 轟炎の竜皇
少女は強かった。どんな相手も打ち倒せた。
少女は強かった。どんな逆境をもねじ伏せる。
少女は弱かった。それでも誰一人救えない。
◇
アアアアアアアアアアァァァ!
皇居に雄叫びが響き渡る。
ストラティオ・ディナミ――火文明皇帝守護騎士団団長は、「またか」と内心でため息をつきながらドアをノックした。
「失礼します」
そう告げ、ひっそりとした部屋へと足を踏み入れる。
部屋にいたのは、当代の火文明皇帝、イスチロス・アニキトス・イチロス八世。
純金ですら霞むほどの黄金の髪をポニーテールのように束ねている。しかし、何より目を引くのはその美貌だろう。女神を模したかのような整った顔立ちは、千人中千人が振り返ると言っても過言ではない。
一方で、その身体は驚くほど華奢だった。顔立ちは「可愛い」というより「美しい」に近いのだが、体つきにはまだ幼さが残っており、そのアンバランスさがかえって神秘性を際立たせている。
彼女は「轟炎の竜皇」と呼ばれ、歴代最強とも名高い皇帝――そして、たった今雄叫びをあげていた張本人でもある。
イスチロスはストラティオに気づくと、手招きして中に入るよう促した。ストラティオがドアを閉めると、二人は向かい合って話し始める。
「毎度のことなのだがな、なぜワシが政治をやらねばならんのだ?」
「何十回と聞きましたよ、それ。信用に足る存在が我々騎士団くらいしかいない――そういう詰み状況だから、貴女がやるしかないのでしょう」
現在、火文明はいわゆる封建国家だ。
皇家に忠誠を誓った貴族たちが、それぞれ与えられた土地を支配している。
――そんな単純な構図で済んでいれば、どれほど良かったことだろう。
実際には、ありとあらゆる利権が貴族の手に握られていた。別に歴代の皇帝が無能だったわけではない。……いや、無能だった者もいたが、彼女たちはそれを自覚していた。
そのため、信頼できる配下と協議しながら政治を行ってきた。
何より歴代皇帝は強かった。生涯に一人の女児しか産まぬ彼女たちは、完全なる万世一系。その力は確実に子へと受け継がれ、圧倒的な武力を誇っていた。
だが貴族たちは、自らの保身のために領土の民、あるいは皇家直轄の民を人質に取り、皇帝たちを縛り続けてきたのだ。
それでも皇帝たちは、かろうじて政治だけは守り抜いてきた。しかし頼みの公爵家も次々と裏切り、手札は着実に削られていく。
「はぁ……お前たち騎士団は強さの引き換えに、思考回路を子宮に置いてきたような連中だし、協会はクソみたいなD・Mどもが言うことを聞かん。狸どもは妨害ばかり、裏では無法者なんて狂人どもが暴れ出す。最近名を上げてきた勇者は無干渉を突きつけてくるくせに、後始末はワシら任せ……それにオラクル教団はきな臭い!
一体、何が起きているというのじゃ!」
「ははっ、お褒めにあずかり光栄です」
「褒めてなどおらんわ」
二人は顔を見合わせ、乾いた笑いを漏らした。
「……はぁ。ワシにも、竜に乗った王子様が来て助けてくれぬものか」
「御伽話ですか。先代皇帝陛下も、よく似たようなことをおっしゃっていましたよ」
「ふむ。ワシは母上との記憶がないが……やはり似ているのじゃな」
「ええ。結果的に王子様を見つけ、貴女様をお産みになったのですから。……まあ、その王子様はどこかへ行ってしまいましたが。
……まさか、私が陛下の王子様だなんて言いませんよね?」
「何をほざいておる。なわけなかろう。タイプにかすりもしておらぬ」
「それは良かった。もしそうなら、妻にどう説明するか悩むところでした」
イスチロスは今年で二十八歳になるが、いまだ独身だ。
その理由は数年前に遡る。
自由気ままな放浪生活を送っていた彼女は、ある出来事をきっかけに連れ戻され、皇帝に即位した。すると高位貴族たちは、こぞって自分の息子を婿入りさせようと動き出した。
だが、男というものはどう取り繕っても欲望に正直だ。
まず顔を見て美貌に見惚れ、その視線は胸、尻、脚へと移る。そして多くは、どこか残念そうな表情を浮かべる。別にイスチロスは胸が薄いのが嫌なわけではない。母もそうだったらしいし、動くと揺れるだろうし、はっきり言ってただの脂肪は邪魔だ。だがそういう目で見られるとストレスは溜まる。
そんな相手とお茶会を重ね続けた結果、約一年後――彼女はついに発狂し、相手を半殺しにした。止めに入った騎士に向かって放った言葉はこうだ。
「別に、殺してないんだからいいじゃない」
こうして彼女は、独身を貫くことになったのである。
「……はぁ。なんでワシが政治などせねばならんのじゃ。……逃げていいか?」
「それだけは絶対にやめてください」
「では発狂していいか?」
「私がいないときにしてください」
再び二人は、乾いた笑いを浮かべた。
腰が痛い。




