第9話 最悪の予感
それからというもの。
大沢たちが停学処分になり、騒動は落ち着くと思ったのだが……。
「ねぇ、あの動画の人じゃない?w」
「あぁ、大沢たちを葬ったっていうあの?」
「マジでせいせいするよなw」
「あいつに感謝だわww」
「結局いじめはなかったんでしょ?」
「なわけないだろw」
「停学になったのだって、無断で動画上げたからじゃねぇの?」
「竜崎推薦取り消しだろうな」
「葉月くんだってヤバくない?」
「サッカー部インハイ出れなくなるかもだってさ」
「やってることヤバすぎww」
「ざまぁみろだよなwwww」
どうやら動画は削除されたが、別の人が上げ直しているらしく。
そのせいでまだ騒動はネット上でも続いており、むしろ学校では大沢たちに処分が下ったことでさらに話題性を増していた。
こうして、まだまだ見知らぬ生徒たちに見られる日々である。
それに……。
「こんにちは、水樹さん」
校門前に立っている銀髪の美少女が、俺に気が付いて声をかけてくる。
「今日も待ってたんだな、雪宮」
「はい。別に用事もないですから」
「そ、そうか」
「行きましょう」
雪宮と並んで歩き始める。
その姿に、周りの生徒たちは、
「またあいつ、『白銀の女神』と一緒に帰ってるよ」
「マジでどういう関係なんだ?」
「噂によると付き合ってるとかなんとか……」
「はぁ⁉ マジかよ!」
「大沢たちに一泡吹かせた英雄ではあるけどさ……ある意味」
「信じらんねぇ……」
「俺、『白銀の女神』めっちゃ好きだったのに」
「マジかよぉ……」
「さすがに付き合ってるとかはなくね?」
「じゃあなんで毎日あいつ待ってんだよ」
「しかも他校だぞ?」
「わざわざナリ高来るとか、よっぽど……」
パッとしないモブ生徒Aが、他校で有名、それも『白銀の女神』という異名を持つほどの美少女と歩いていることも、注目されている要因の一つだった。
あれから雪宮は、ほとんど毎日校門で俺のことを待ってくれている。
そして何故か一緒に帰るのがお決まりになっているのだ。
「私にしてほしいこと、思い浮かびましたか?」
「いや、まだだけど……」
「そうですか。わかったら教えてくださいね」
しかも最近の雪宮は、あまりお礼をすることに執着していないように思える。
となると、ますますわからない。
なんで雪宮は、俺なんかを待ってるんだ?
「では、私はこれで」
「う、うん。気を付けて」
分かれ道に差し掛かり、雪宮に手を振って二人別々の道を歩き始める。
ただ雪宮と帰る日々。
穏やかそうに見えて、全く穏やかじゃない。
それに……。
「……不気味だな」
今にも雨が降りそうな曇り空を見て、なんとなく嫌な予感がする。
あれから大沢たちに動きはない。
しかし……。
「このまま何もなければいいけど」
そう思いながら、歩みを進めるのだった。
♦ ♦ ♦
※雪宮氷莉視点
一人、帰り道を歩く。
さっきまではある男の子と一緒に帰っていて、それが一人になってしまったから寂しく思えてしまう。
寂しいだなんて、これまで思ったことがなかったのに。
「…………」
それにしても、水樹さんは頑固だ。
どれだけお礼をしたいとせがんでも、お礼はいらないの一点張り。
全く……もう。
「……困った人です」
それにしても、ここ最近はずっと水樹さんといるような気がする。
それもそのはず、私はほぼ毎日校門前で水樹さんを待っているのだから。
その“待つ”という行為が、今はどこか楽しくもあって……。
気づけば私は、早く水樹さんが来てくれないかなと思ってしまっている。
それで水樹さんがやってきたら、なんだかすごく嬉しくて、思わず頬が緩んでしまって……。
「はっ!!」
今も私、だらしない顔をしてしまっていた。
でも、思えば特定の異性とこんなに話したことないし、むしろ男性はあまり好きじゃない。
下心のある目で見られていることはわかっているし、それが昔から不快だった。
だから避けてきたけど、水樹さんは何故か……。
「っ! わ、私はそんなにチョロい女じゃない! だ、だから……」
顔が熱い。
頬を手のひらで冷まし、必死に誤魔化す。
そんなはずがない。
だってまだ、水樹さんと会ったばかりだ。
確かにずっと探していたし、会いたい人だったけど……たった数回、水樹さんを待って一緒に帰っただけで、そんな……。
「あ、ありえないから……」
一人呟き、またハッと我に返る。
浮かれてる場合じゃない。
それはとても私らしくないから。
しっかりして、雪宮氷莉。
私は自分の好きな、強い自分であり続ける。
一人の男の子に現を抜かすなんて、そんなのダメだ。
そう、絶対に……。
「水樹朔、さん……」
一人彼の名前を呟き、思わずため息をついた――そのとき。
「――ねぇ君、ちょっと俺たちに付き合ってくれない?ww」
突如、背後から声を掛けられる。
振り返るとそこには――
♦ ♦ ♦
家に到着し、玄関の電気をつける。
当然、ただいまと言ったところで言葉は返ってこない。
だってこの家に住んでいるのは俺だけだから。
「ん?」
靴を脱ごうとして、スマホに電話がかかってきたことに気が付く。
画面を確認すると、非通知電話だった。
「…………」
頭の右端が疼く。
まさか……。
「もしもし」
恐る恐る出ると、相手は薄ら笑いを浮かべながら言うのだった。
『……水樹朔、だよね? 君の大事な雪宮氷莉は預かったから。早く来ないと……大変なことになっちゃうよぉ?w』
それと同時に送られてきた位置情報と一枚の写真。
写真には、紐で縛られて気絶した雪宮の姿があった。
「ッ!!!!!!」
鞄を玄関に投げ捨て、鍵も閉めずに家を飛び出す。
最悪の予感が当たった。
当たってしまった。
地面を勢いよく蹴り、どんどん加速していく。
俺はスマホで位置を確認しながら、俺が出せる最高速度で走った。
目にかかる前髪をかきあげ、さらに加速する。
「雪宮……!」