第6話 校長室の攻防
校長室に呼び出される、俺を含めた大沢たち六人。
短髪でガタイのいい生活指導の竹本先生が、大沢たちに厳しい姿勢で訊ねた。
「あの動画は悪ふざけで投稿した、そうだな?」
「っ!!」
竹本先生は生徒の間でも怖いと有名。
そんな先生に問われ、大沢たちは当然恐怖で硬直した。
しかし、橋本は沈黙を埋めるように笑い始めた。
「す、すみません先生! 迷惑かけちゃって!! あの動画は確かに悪ふざけで上げちゃいました。ちゃんと考えずに投稿した俺たちの問題です。それはほんと、すみませんでしたッ!!」
「すみません、先生」
「申し訳ねぇ!」
「ごめんなさぁい」
「……すみません」
大沢たちが俺ではなく先生たちに向かって頭を下げる。
「で、ではあの動画は悪ふざけであげただけで、いじめなどではない。そ、そういうことで合ってるよね⁉」
細身メガネの教頭が、もはや断定するようにそう言った。
そして何故か、ちらりと大沢を見る。
「こ、ここははっきりさせてくれるかね? いじめはあったのか、それともなかったのか」
厳かに座っている中年太りの校長も、一瞬大沢に視線を送りつつ、汗をハンカチで拭いながら強調するように言った。
「「「「「っ!!!!」」」」」
すぐに状況を察する大沢たち。
「あ、当たり前じゃないですか!」
「そ、そうだぜ! いじめなんて全然ねぇよ! あれはほんと、ただの悪ふざけってだけでよぉ!」
「そうだよね、水樹くん?」
橋本に竜崎、そして海藤が俺ににこやなか笑みを向けてくる。
さらに、
「ちょっと悪ふざけが過ぎちゃったけど、いつもやってる感じのノリだよねぇ~? ね? 水樹っち?」
片瀬が俺の顔を覗き込むように言ってきた。
大沢は何も言わず、ただじっとそっぽを向いている。
「どうなんだね水樹くん! 君はこの生徒たちにいじめられたのか、そうじゃないのか!」
「す、素直に答えてくれていいからな⁉ た、ただ事実を言えばいいだけで……!」
校長に教頭も、俺に助けを乞うような目で見てくる。
竹本先生は何かをこらえるように、そっぽを向いていた。
……なるほど、そういうことか。
当事者をいっぺんに集めるなんて変だと思っていた。
が、これで納得がいった。
学校側は、この件を大事にしたくないんだ。
もしあの動画がいじめだと発覚すれば大問題になる。
ただでさえこの学校は荒れていて地域の評判も悪く、毎年定員割れするような学校なのにこれ以上不評が重なれば大変な事態に陥るだろう。
だから、それを避けるために事実確認をすると言っておきながら初めからいじめはなかったということにしたいんだ。
「さ、最近の子はからかいといじめの境界線があいまいになっていますからねぇ。今回の件も、きっとそういうことでしょう。ね、ねぇ?」
「な、水樹? いじめじゃないよな?」
「なぁ? 俺たちいっつも遊んでる仲だろ?」
今だけ、こいつらは俺にいい顔をしてくる。
こいつらもいじめだと判断されれば困るから。
この学校がこんなにも荒れている理由がよく分かった気がする。
校長と教頭がこのザマなら当然、学校も終わるはずだ。
――さて。
いじめがあったかなかったかという問題だが、経験がないので確証はないが、たぶんあれは世間的に見ればいじめだ。
だからいじめがあったと言えばいい。
――だが、俺はこの件が大事になるのはどうしても避けたかった。
それこそ警察沙汰になるようなことは絶対に、だ。
きっと今の状況なら、一応暫定の保護者であるおばさんにだけ連絡がいく。
つまり、あの人たちに迷惑は掛からない。
……やはり大事になるのはマズいな。
もしニュースにでもなって、俺があの人たちの子供だとバレたら俺のせいで仕事に影響が出てしまうかもしれない。
動画があげられたときは気にも留めていなかったが……SNSを舐めていたようだ。
少しでも支障をきたす可能性があるなら、ここは回避一択。
つまり、今回の件をいじめとするのは無しだ。
――世間的には。
「あれはたぶんいじめだと思います」
「「「「「「「「……え?」」」」」」」」
大沢たちが間抜け面で俺を見る。
「なっ……!」
「い、いじめだって⁉⁉」
校長と教頭がより焦ったように俺を見た。
「でも、別に訴訟を起こしたり、警察沙汰にするつもりはありません。それはそれで面倒だし、こっちにも事情があります。だから、学校側がそこまで問題にしたくないのなら、いじめがあったことを公表しなくていいです。保護者に対しても」
俺が言うと、二人は露骨に安堵の表情を浮かべた。
俺はさらに続ける。
「――でも、俺は大沢たちと仲良くないし、冗談を言い合うような関係じゃない。だからいじめかと」
「っ!!!!」
「水樹! あんたねぇ……!!!!」
大沢が俺を睨みつける。
――しかし。
「なんだ?」
「っ!!!」
大沢に視線を返すと、顔を強張らせて視線をそらした。
今は黙っててもらおう。
「なので、しかるべき対応をお願いします。これが悪ふざけの動画投稿をした、という件での処理でいいので」
俺が言うと、校長は顔を歪め、唾を飲み込む。
そしてちらりと大沢を見ると、すぐに俯いて手を組んだ。
「…………わかった。ならこの件はできるだけ小さく、学校内で解決しよう」
「こ、校長先生……」
――俺の読み通りだ。
だってこれに関しては、俺と学校側の意見は一致しているのだから。
「実は保護者からかなりの数の問い合わせを受けてる。こないだも校内で暴力事件があったばかりで、不信感は凄まじい。もし彼の声を揉み消せば……保護者に対して示しがつかない」
「そ、それはそうですが……」
校長の頬に汗が伝い、机にボトボトと落ちる。
「それに彼は警察に相談しないと言ってるんだ。それなら“まだ”、穏便に済ませられる」
「っ!!! ……はい」
教頭は頷くと、大沢たちを見た。
「この動画を投稿した生徒五人には、それ相応の処分を下す」
「「「「「ッ!!!!!!!」」」」」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ先生ッ!!! そしたら俺の推薦が……!」
竜崎が校長に近づく。
「そ、そうですよ! 竜崎はこれからプロになれる器だ! だから……!」
すると竹本先生も、慌てた様子で加勢した。
そうだ。
竹本先生はバスケ部の顧問。
そして竜崎はバスケ部エース。
ここで竜崎の経歴に傷がつくのはマズいんだろう。
――しかし。
校長は汗をまき散らしながら、大焦りした様子で机を叩いた。
「だからって、なんのお咎めなしってわけにもいかんだろうッ⁉⁉ 私だって苦しいんだ!!! ただでさえ頭の悪い馬鹿だらけの高校なんだからッ!!!」
「校長先生ッ⁉⁉」
息を切らす校長。
「そ、そんな……」
「マジ、かよ……」
力なく俯く竹本先生と竜崎。
別に大事にはしたくない。
だからいじめがなかったと言えば、それだけで済む話だ。
――しかし。
こいつらの言う通りにするのは少し癪だ。
俺だって人間だし、苛立つこともある。
それに俺がここでこいつらの思い通りに「いじめはなかった」と言えば、カモにされかねない。
反感を買うより、舐められる方がのちに厄介だ。
もしこのことで恨まれ、大沢たちがこれ以上俺に何かしようとするなら。
面倒だが、そのときは俺が――
「ではこの五人に、停学や自宅謹慎、最悪の場合退学の処分を……」
校長がそう言いかけた――そのとき。
「ちょっと待ってよ、校長先生?w」
黙っていた大沢が、不敵な笑みを浮かべながら手を挙げた。
校長の顔色が変わる。
「いいの? そんなことして。知ってるよね? 私のパパがこの学校に多額の寄付金出してること」
「「ッ!!!!!!!!」」
校長と教頭がぶるぶると震える。
……そうだ、聞いたことがある。
大沢の父親はどこかの会社の社長で、成山高校に寄付金を出している。
だから大沢の無茶な行動も、先生たちはある程度目を瞑っているのだ。
「もし私に、私の友達に処分下したら……ヤバいかもね?ww」
ガタガタと手を震わせる校長と教頭。
汗があまりに出すぎて、拭うハンカチはびしょびしょだった。
「そ、そうですよ! ここはできるだけ内密に! 反省文を書かせるくらいに済ませましょうよ! な、なぁ水樹! それでいいよな⁉ お前もその感じだと、あんまり気にしてないんだろ⁉ な⁉」
竹本先生が俺に迫ってくる。
どうやら自分の生徒がプロになったという実績が欲しくて仕方がないらしい。
「先生? わかってるよね?w」
大沢が校長に追い打ちをかける。
校長は俯き、そして……。
「……水樹くん。君の要望を聞こう。だからこの件は……」
校長が言いかけた――そのとき。
「何を馬鹿げたことを言ってるんですか? あなたたちは」
校長室の扉を開け放ち、銀色の美しい髪を揺らしながら入ってきたのは“雪宮”だった。