第54話 これからの居場所
その後の話をしよう。
あれから、海藤、片瀬、竜崎の三人は動画の件で退学処分になり、成山高校を去っていった。
動画が流出してから結局一度も学校に来ていなかったし、停学が明けてすぐの出来事だったため、校内でそこまで大きなニュースにはならなかった。
みんな「そりゃそうだよな」って感じだったんだと思う。
そして、大沢と橋本もあの後、自主退学した。
校門前で二人が失禁した一件の後、二人も学校に来なくなり、その流れで学校を出て行った。
こっちの方が学校では大きな話題となり、あの校門前で撮影された動画と合わせてかなりの期間、一つのネタとして話されていたように思う。
こうして、結局大沢のグループ全員が成山高校を去っていった。
さらに、高校を辞めた後の五人も噂になり、今どうしているのかを知っている。
まず大沢と片瀬だが、二人は高校を辞めた後、ホテル街でチンピラに連れられているところを何度も目撃されていた。
どうやら今は不良グループにいる都合のいい女子、というポジションに収まっているらしい。
二人は成山高校でカーストトップを自称していただけに、かなりのランクダウンだと思う。
大沢に限っては社長の娘なわけだし、家に帰っていないという話も聞いた。
大人しくしていれば普通以上に恵まれた生活が送れていたのに。
完全な大沢の自業自得だが。
そして、橋本はあの一件の後、家に引きこもるようになったらしい。
別の高校に通い始めた様子もないし、このまま引きこもり続けるのかもしれない。
次に海藤は、大沢たち同様、ホテル街での目撃情報が多発していた。
何人もの女子を連れて歩いているらしいが、ガラは当然よくない。
最後に竜崎だが、竜崎は地元のヤンキー集団の下っ端としてこき使われているらしい。
成山高校で王様のような身の振り方をしていたことを考えれば、随分と落ちぶれている。
もしかしたら俺が植え付けた“恐怖心”が、人の上に立つことへの妨げになっているのかもしれない。
しかし、俺にはもう関係ないことだ。
すべて自業自得なわけだし。
そして、当然以前のように俺にしつこく絡んでくることもなく。
雪宮たちも五人に何かされてはおらず、至って平穏だった。
もう五人は知ってしまったんだろう。
自分という人間がどれだけ小さいのかを。
この先、大沢たちがどんな人生を送るのか。
経歴に大きな傷がついてしまった以上、他の人と同じように……というのは難しいだろう。
しかし、ここから改心して幸せな日々を送るのかもしれない。
はたまた、このまま堕落していくのかもしれない。
どちらにせよ――
「俺には関係ないことだ」
♦ ♦ ♦
放課後。
今日も今日とて雪宮と西海、桜川に校門前で待ってもらい、四人で帰る。
ちなみに今日も約束はしていない。
「結局、あの五人は学校を辞めてしまいましたね」
「そりゃそーだよね。あんだけ学校で浮いちゃったらさ」
「プライドが高い人ほど、壊れるときはあっという間なんですよ」
「そうだな」
桜川の言う通りだ。
あの五人はあまりに自分に見合わない虚勢を張りすぎた。
その結果が今なんだろう。
「それにしても、どうしてさっくんはあんな高校入ったの? 正直今ヤバいじゃん? ナリ高の評判さ」
「辞めたのと引き換えに、学校にとんでもない傷残していきましたからね~。翠明高校じゃ、ナリ高には絶対に近づかない方がいいってみんな言ってます」
「元々あまり品のいい学校ではなかったですからね。水樹さんのレベルを考えれば、それこそ翠明高校に入ってもよかったのでは?」
「俺が成山高校に入った理由、だよな」
「そうです」
三人が「気になる!」と言わんばかりに俺のことを見てくる。
そんなに気になるのか。
しかし、理由はかなりしょうもない。
だからもったいぶらず、さらりと言った。
「それは――成山高校が一番家から近かったから」
「「「……へ?」」」
俺の答えに、ぽかんと口を開ける三人。
やがてぷっと吹き出すと、笑い始めた。
「あはははっ、何その理由~!」
「そんな理由で悪名高い高校行きませんよ普通!」
「でも、水樹さんらしいですね」
「え? どういうこと?」
理解できずにいると、三人が顔を見合わせ、俺に抱き着いてきた。
三人の重みが、俺にのしかかる。
「み、みんな?」
「少し変わった水樹さんですが、まだあのときのお礼を返せてないので。これからも一緒にいさせてもらいますよ?」
雪宮がクールな表情を溶かし、頬を緩ませて言う。
「アタシも、さっくんと同じ事務所の仲間として頑張るために、まだまだ一緒にいるからね~!」
西海がにひひ、と無邪気な笑みを浮かべて言った。
そして、桜川は俺の腕にギュッと抱き着くと、満面の笑みで言うのだった。
「私は、水樹先輩が大好きなのでずっと一緒にいます!」
「「……はぁ⁉」」
「……え?」
桜川の言葉に雪宮と西海が驚いたように声を上げる。
「ちょっと桜子ちゃん⁉ 一人だけ抜け駆けはよくなくない⁉ アタシだってさっくんのこと好きなのに!」
「そうですよ! 私だって水樹さんを愛しています! なのに……この前ちゃんと話し合ったじゃないですか!」
「そうでしたっけ~?」
「こ、この……小悪魔ちゃんめ~~~!!!!」
俺に抱き着きながら口論を繰り広げる三人。
俺は何が何だかわからず、苦笑いを浮かべているしかなかった。
しかし、三人は言い争いながらもどこか楽し気だった。
それが余計に、意味不明さを増させる。
「(なんだか、この先も三人に振り回されそうだな……)」
大沢たちがいなくなったとはいえ、俺の周囲の騒々しさは変わらなさそうだ。
まだ成山高校を卒業するのにも時間がかかるし、不思議とこの三人からこの先離れられないような気さえする。
でも、大沢たちと違って嫌じゃない。
自分でもよくわからないけど、嫌じゃなかった。
「私の水樹さんです!」
「アタシのさっくんだよ!」
「私の水樹さんですよ~だ!」
雪宮と西海、桜川を見ながら思わず笑みがこぼれる。
騒々しいのも、うるさいのも好きじゃない。
むしろ苦手だ。――いや、苦手だった。
「あのさ――」
俺が声をかけると、三人が口論をやめて俺を見る。
どうしてだろう。
不思議と俺はいつの間にか思っていたのだ。
この喧噪が、慌ただしさが――実は少し、気に入っているということを。
おしまい。




