第53話 幕引き
声を上げながら雪宮たちに迫る大沢と橋本。
まさに“自暴自棄”という言葉が似合う形相だった。
「ぐぁあああああああああああああああッ!!!!」
発せられる声も、もはや言葉ではない。
拳を振り上げる大沢と橋本。
そんな二人に対し、俺はすぐさま雪宮たちの前に立ち、軽々と拳をいなした。
「「ッ⁉⁉⁉」」
二人はその勢いのまま体勢を崩し、転倒する。
「な、何すんのッ!!!」
「お前……俺たちのこと殴ったな⁉」
「お前らが勝手に倒れただけだろ」
俺はただ、拳を横へ受け流しただけだ。
俺からは何も手を出していないし、二人が勝手にコケたにすぎない。
「それに、雪宮たちに殴り掛かってきたのはそっちだろ」
「でもッ!!!」
「――なら、確認してみるか?」
「は? 何言って……」
俺は手を広げ、二人に周囲を見渡すよう促す。
二人は困惑しながらも、辺りをぐるりと見渡した。
「「ッ!!!!!!!!」」
そして、ようやく気が付く。
二人に対してスマホのカメラが何台も向けられていることに。
あの日、校舎裏で俺をスマホで撮った大沢たち。
しかし、今は完全に立場が逆だった。俺は撮ってないが。
「と、撮るんじゃ……」
「や、やめろ……撮るな! 撮るなァッ!!!」
「それをお前らが言うのか?」
「は? 何言って……」
「だって俺に同じ事しただろ? 校舎裏で、罰ゲームの嘘告白で俺をフったときと。ただ撮影されてるのが俺じゃなくて大沢と橋本に変わってるけどな」
「ッ!!!! 水樹ィ……!」
俺を睨みつけてくる橋本。
俺は橋本を、威圧感を出して睨み返した。
「ひっ!!!」
顔いっぱいに恐怖を滲ませる橋本。
この程度の威圧感で俺に怯んでいるのは小物な証拠だ。
もうこうして絡まれることがないように、トドメを刺すことにしよう。
「さっき、雪宮たちに殴り掛かったよな? それも全部、たくさんのスマホに映ってるんだよ。だから、お前らがずっと喚いてる自分勝手な暴論も通らない。今までそれで通ってきたのかもしれないけど、この先は通用しない。それが普通の社会だ」
きっと大沢のグループは甘やかされた環境に居続けていたんだろう。
学校という、狭くて閉鎖的な場所に。
でも、社会は学校だけじゃない。
むしろ学校よりずっと広い。
一歩外に出てしまえば、子供じみた二人は間違いなく淘汰される。
そしてその初めのときがきっと――今なんだ。
「でも、今撮ってる動画はお前たちみたいにSNSには上げないだろうな。だってみんな知ってるから。もし問題になれば、お前たちみたいに停学になるかもしれないって。だからやらないんだ。そうやって学習していくんだ」
「な、何言って……」
「――で、だ」
「ッ!!!!!!!」
橋本に一歩近づく。
そして顔を近づけ、より一層視線に敵意を含ませて言った。
「橋本が学習するのは――いつだ?」
「ッ!!!!!!!!!!!!」
カタカタと震える橋本。
俺を見る目は心底怯えていて、胸の奥に俺に対する恐怖心が根付いたのが分かる。
もう橋本に反抗する意志も、気力もないだろう。
「次」
「ひぃっ!!!!」
橋本の隣で地べたに座り込んだ大沢に目を向ける。
大沢は今にも泣きそうで、でも目にはわずかに反抗の意志が見えた。
「な、何⁉ 私に何するつもり⁉」
「別に何をしようってわけないじゃない。ただ一つ、簡単なことを忠告したいだけだ」
「は、は? 私に忠告なんて、水樹のくせにイキがって……所詮アンタなんて下の人間でしょ⁉ 明らかに上の人間である私に、忠告なんて……!!!」
「――大沢」
「ッ!!!!!!!」
橋本同様、大沢に顔を近づける。
そして目をじっと見て、殴りつけるように言葉を放った。
「二度と、俺に関わるな。そして――雪宮たちにも手を出すな」
「ッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「もし、雪宮を襲ったように……そして、さっきみたいに殴り掛かるようなら――今度こそ容赦しない」
「っ…………」
大沢の顔が一瞬にして恐怖一色に染まる。
やがてスカートにじわっとシミができ始めた。
そしてアスファルトに水たまりが出来ていく。
「おいおいマジかよwww」
「あいつおもらししてね?」
「あんな威勢良かったくせに、急にかよww」
「初めて見たわ、人の失禁www」
「面白すぎんだろ!」
「おい! 橋本も失禁してんぞ!」
「二人とも⁉ やっばwww」
大沢と橋本を見て、スマホのカメラを向けながらゲラゲラと笑う周囲。
やはり民度が低いと有名な底辺高校――成山高校。
大沢たちだけじゃなく、不良が集うこの学校の他の生徒たちも終わってる。
しかし、結局そういう奴らの嘲笑がこの二人には一番効く。
プライドの高い二人だ。もう二度と立ち直れないだろう。
「行こうか」
「そうですね」
「だね~!」
「行きましょう!」
雪宮たちを連れて、校門前から立ち去る。
もう二度と、大沢と橋本とは会わないかもしれない。
けど、別にどうだっていい。
今後二度と、二人が俺の生活圏に入ってくることはないだろうから。
「「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!」」
二人の悲鳴を背に歩いていく。
俺は決して――振り返らない。