第52話 オーバーキル
放課後。
今日も特に学校に残る予定もなく、そそくさと昇降口を出る。
そして校門に差し掛かった――そのとき。
「水樹ッ!!!」「クソ陰キャッ!!!」
走って追いかけてくる大沢と橋本。
やがて俺の前に止まると、キッと睨んできた。
またか。
さすがにもう鬱陶しい。
「何呑気に帰ろうとしてんの⁉ 私たちをこんな目に遭わせてさ!」
それに主張も朝から同じだ。
そしてこれは大沢に限った話じゃない。
竜崎も、海藤も、片瀬も。
五人全員が自分ではなく、俺にすべての責任を押し付けようとしている。
それが何にもならないということにも気が付かず。
――滑稽にもほどがある。
「お前のせいで俺ら学校で立場なくなってんだけど? どう落とし前つけてくれるんだよ……なぁ!」
「マジでありえないから。ちょっとイメチェンしてチヤホヤされるようになったからって調子乗らないでくんない⁉ 所詮アンタなんてね! 中身がしょうもない陰キャのままで、誰からも本当の意味で好かれないハリボテ人間になるだけなんだよッ!!」
言い放つ大沢。
重い腰を上げて、今度こそはっきり言おうと思ったそのとき。
「それは聞き捨てなりませんね」
校門前から現れる雪宮。
「『白銀の女神』⁉」
「嘘だろ⁉ ま、まだ陰キャと交流が……」
――しかし、俺たちの前に現れたのは雪宮だけじゃなかった。
「さっくんに酷いこと言うなんて、よっぽど君たちが偉いんだね?」
「水樹先輩を悪く言う人、私はとっても嫌いですっ!」
雪宮の隣に並ぶ西海と桜川。
「はぁ⁉⁉⁉ 『常夏のプリンセス』に『桜月の天使』⁉」
「なんで翠高の三大美少女がここにいんのぉ⁉⁉⁉」
そうか。
この三人はつい昨日まで停学中だったから知らないのか。
さっきまでの威勢はどこへやら。
大沢と橋本はうろたえたように一歩後ずさりした。
雪宮たちがそんな二人に一歩詰め寄る。
「アナタたち、水樹さんの動画をアップロードして停学になったお馬鹿さんたちですよね? 停学が明けたんですか。おめでとうございます。――ただ、大きな勘違いをしているみたいですね」
「は、は? 何言って……」
「いくら自分で自分を救えないくらいに、あなた自身のちっぽけさ惨めさ力の無さを思い知らされたからと言って、なんでも持っている水樹さんに八つ当たりするのは大間違いです。はっきり言って、私たちよりずっと年齢の若い子供でも分かる話です」
「うぐっ……」
雪宮は言葉だけでなく、眼光もかなり鋭い。
さらに雰囲気は堂々としていて、よっぽどの小物である大沢と橋本は返す言葉を失っていた。
「そうそー。自分たちが動画上げたから、停学になってこんな風に白い目で見られてるわけでしょ?」
西海が校門前に集まった生徒たちをぐるりと見る。
全員が大沢と橋本に嫌悪の視線を向けていた。
「それにこれまでの行いもよくなかったんじゃない? だってアタシ、こんなに嫌われてる人初めて見たもん。もう手遅れだと思うけど、大反省した方がいいんじゃない~?」
「「ッ!!!!!!!」」
大沢と橋本に苦言を呈しているのは俺と雪宮、西海に桜川だけじゃない。
今、二人を取り囲んでいる生徒たち全員が、大沢と橋本を批難していた。
誰もが俺たちの味方で、誰もが二人の敵だった。
「ほんと、残念な人たちですね。ま、あんな明らかに上げたら問題になるような動画を、親切にも個人が特定できるように上げちゃうくらいおつむが弱い人たちですから~? 想像に易いというか、でしょうねって感じではあるんですけどね? でも……」
桜川がニコッと笑う。
しかし、目だけは決して笑っていなかった。
「これ以上水樹先輩に阿呆な絡み方で迷惑かけるなら――容赦しませんよ?」
「「ッ!!!!!!!!!!!!!!」」
「以上ですっ!」
桜川が俺たちのところに戻ってくる。
三人からの遠慮のない言葉たちが二人を苦しめる。
周囲の状況もあって、完全にオーバーキルだ。
もうこいつらに、暴論すら飛ばせる気力はない。
「大沢たち、終わったな」
「思わず動画撮っちゃったよww」
「絶対上げんなよ?wwアイツらみたいな馬鹿になるしよ」
「上げるわけないじゃんwwでも見返すかも」
「わかるわーw滑稽すぎるもんな」
「こんな馬鹿初めて見たww」
「自分たちが人気者だって勘違いしてんのもイタいよなww」
「今のお前らに味方いねぇっての」
「終わりだな」
「さよならwwww」
これで完全に決着はついた。
もうさすがにわかっただろう。
自分たちの立場を、状況を。
そして、いくら喚いても何も変わらないということを。
「行こう」
雪宮たちに声をかけ、二人に背を向けて歩き始める。
「……ざけんな」
すると大沢が俯きながら呟いた。
「ふざけんな……ふざけんなッ!!!」
「クソがァッ!!!!!」
大沢と橋本が鞄を地面に投げ捨てて雪宮たちに向かって駆け出す。
その顔は怒りに支配されていて、とてもじゃないが人間とは思えなかった。
感情に支配された、理性のない獣。
「「あぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」」
向かってくる大沢と橋本。
そんな二人に、俺は――