第50話 味方は一人もいない
「水樹! 早く出てこいッ!!!」
ペラペラと単語帳をめくる。
なんだか教室が騒がしい気もするが、今は目の前の小テストに集中しよう。
「水樹ッ!!!」
「美琴! 落ち着けって、な? 気持ちはわかるけど……」
「うっさい! 黙れ猿!!!」
「さ、猿⁉」
「(何で出てこないのアイツ……! まさか私たちにビビって学校休んだ⁉ いや、そんなはずない! 水樹は私たちのこと気にもしてないようなゴミカスなんだから……!)」
「隠れてないで早く出てこいッ!!!!」
音楽の隙間から、うっすらと怒号が聞こえる気がする。
でも、教室で怒号を飛ばすような人はいないだろう。
大沢たちならやりかねないが、まだ停学中のはずだ。
そういえば、いつ頃復学するんだろうか。
どれくらいの期間停学するのかも知らない。
……ま、いいか。
俺にはもう関係ないことだし。
気を取り直して、ちゃんと集中しよう。
えっと、次は……。
「ッ!!!! (こんだけ言っても名乗り上げないってどういうこと⁉ 周りの奴らもなんも言わないし……! 何? もしかしてあのクソ陰キャと結託してるわけ⁉ 私たちに反抗して、あのクソ陰キャかくまってるわけ⁉)」
「……しょうもない。ほんっと、しょうもないッ!!!」
足音が近づいてくる。
そして突然、机を思い切り叩かれた。
驚き、イヤホンを外して顔を上げる。
目の前に立っていたのは、息を荒くさせた大沢だった。
「ねぇアンタ! 水樹がどこいるか知らない⁉」
「え?」
大沢、復学してたのか。
それに橋本だっているし……というか今、水樹がどこにいるかって聞かれたのか?
え? どういうことだ? だって……。
「俺だけど、水樹」
「…………は?」「…………え?」
ぽかんと口を開ける大沢と橋本。
「な、なわけないじゃん。水樹はもっとクソ陰キャで……って、そういえばアンタ、見ない顔だね。転校生? 私がいなかったこの一か月の間に、私のクラスに……」
「転校生じゃない。俺が水樹朔だ」
「……はぁ⁉」
「いやいや、冗談はやめろってwな? 水樹は救いようもない陰キャで、お前みたいに顔が整ったやつじゃ……」
この反応、すごくデジャブだ。
俺は以前と同様、学生証を二人に見せる。
「ほら、水樹朔って書いてあるだろ?」
「そんなわけ……なっ、う、嘘……」
「ど、同姓同名とかじゃね? ほ、ほら! そこまで珍しい名前でもないし……」
「同じクラスに同姓同名はさすがにないだろ」
「で、でも……」
困惑した様子の大沢と橋本。
「(はぁ⁉ 嘘でしょ⁉ これがあの水樹朔⁉ 普通にイケメンっていうか……しかも、どっかで見た事あると思ったら最近話題の、モデルのSAKUじゃん! 私フォローしてるんだけど⁉ はぁ⁉ マジ⁉⁉⁉)」
「(嘘だろ⁉ これがあの童貞くんなの⁉ ありえないっしょ! だってこんなの……はぁ⁉ 受け入れがたいっしょ!!!)」
二人の勢いは見事なまでにそがれ、急に静かになってしまった。
小テスト勉強に戻っていいだろうか。
こんなの時間の無駄だし。
固まる大沢をちらりと見て、単語帳に視線を戻そうとする。
すると大沢が口を開いた。
「……アンタのせいだ」
「え?」
「……私がこんな苛立たなきゃいけないのは全部、アンタのせいだッ!!!」
大沢が角立った声で言う。
「(コイツがイメチェンしたとか、モデルのSAKUだとか全部どうだっていい! 今はコイツに償わせないと……じゃないと私のこの怒りは収まらないッ!!!)」
大沢が俺を睨みつけ、続けた。
「アンタが初め、校長室でいじめじゃないってちゃんと言っておけばこんなことにならなかったんだ! 私が停学になることも、葉月たちが退学になることもなかった! 私がトップのナリ高で、白い目で見られることもなかったんだよッ!!!」
まるで子供みたいだと思った。
自分の苛立ちを全部人にぶつけて、全部人のせいにする。
知らないんだ。
そんなことしたって、何も解決できないことを。
事実から目を背けることは、何にもならないということを。
大沢は――少し年を重ねただけの、ただの子供だ。
「俺のせいじゃない、全部大沢たちの責任だろ?」
「は? 何言って……」
「動画を撮影して、何も考えずに投稿してバズったのは大沢たちだし、それで停学になったのも大沢たちだ。理由は知らないけど、海藤たちが退学になるのももちろん、海藤たち自身の責任だ。俺は最初から関係ないし、全部お前らが勝手にやったことだ。そんな他人様の責任を俺が背負うことは――絶対にできない」
「「ッ!!!!!!!!!!!」」
息をのむ大沢と橋本。
「水樹くんの言う通りだよね」
「なんでもかんでも人のせいにすればいいってわけじゃないだろ」
「ガキかよwwww」
「さっき自分でナリ高のトップとか言ってなかった?」
「今やド底辺だろ」
「お前らに居場所ねぇよwww」
「水樹の方がよっぽどトップでしょ。スペック的にさ」
「だっさwww」
「見てらんねぇよな」
クラスメイトたちが大沢たちを非難する。
白い目がすべて、大沢たちに向けられている。
今、明確に大沢と橋本の味方はいなかった。
二人を囲むすべての人間が、二人の敵だった。
「わたっ……」
大沢が何かを言いかけたとき、チャイムが鳴り響く。
バラバラと生徒たちが席に座っていく中、大沢と橋本はその場に立ち尽くしていた。
俺は特に気にせず、ようやくテスト勉強に戻ったのだった。
♦ ♦ ♦
※大沢美琴視点
なに、これ……。
前までは私が絶対的に正しいって自信を持ててたのに、今はその安心感が教室のどこにもない。
全員から向けられる、批難の視線。
何コイツっていう、好意や尊敬からは最も遠い眼差しだ。
それが突き刺さって、とにかく痛かった。
「(どうしてみんな、コイツ側にいるわけ? なんで、どうして……!)」
どうして私がこんなに孤立してんの⁉
カーストトップの私が、なんで……!!!!