第43話 核心を突く一言
理科室での実験を終え。
一人、教科書を持って教室に戻ろうと階段を上がる。
すると後ろから勢いよく駆け上がってくる足音が聞こえた。
「どーていくぅんっ♡」
片瀬が俺の前に回り込んでくる。
授業が終わってからずっとつけられていると思っていたが、片瀬だったのか。
「なんだ?」
「そう警戒しないでよぉ。ふふっ♡ ちょっと来てぇ」
片瀬に腕を引かれ、そのまま階段を上がっていく。
やがて屋上前の踊り場にやってくると、片瀬が俺を壁際に追い詰め、壁ドンした。
またしてもキツイ香水の匂いが香ってくる。
明らかに匂わせすぎだ。
その点、桜川はきっと香水なんてつけていなくて、本当にナチュラルな……って、何思い出してるんだ俺は。
「ね、童貞くぅん」
「だからなんだよ」
「由美さぁ? 実はここ最近、欲求不満でぇ」
そう言いながら、片瀬がネクタイを緩め、シャツのボタンを開けていく。
その表情は魅惑的で、生々しい雰囲気が漂っていた。
「そしたら童貞くん見つけてさぁ? 我慢できなくなっちゃったんだよねぇ」
大きく開かれたシャツから、赤い派手な下着が顔を覗かせる。
さらに片瀬は自分のスカートの裾をつまみ、ゆっくりとたくし上げながら言った。
「知ってるぅ? この場所、全然バレないんだよぉ?」
それは一体どういう意味なんだろう。
今からここで、バレたらマズいことでもするつもりなんだろうか。
「だからぁ~」
片瀬が俺の耳元に口を寄せ、囁くように言った。
「由美とここでぇ……えっち、しよぉ?」
片瀬から発せられた衝撃的な言葉。
なるほど、そういうことか。
考える間もなく、片瀬の肩を掴む。
「あっ……もうぅ、童貞くんったらぁ……(ふふっ! 男の子ってこのシチュエーション大好きだもんねぇ! やっと落としたぁ! 童貞くんを、私がぁ!)」
そして、思い思いに――突き放した。
「…………へ?」
ぽかんとする片瀬。
俺はさらりと言った。
「断る」
そのまま歩き去ろうとする。
しかし。
「ちょ、ちょっと待ってよぉ! 断るって何ぃ? どういうことぉ⁉ ゆ、由美とえっちしないのぉ⁉」
「しない」
「っ! つ、強がっちゃってるんだよねぇ? しょうがないなぁ。由美がもう一度チャンスをぉ……」
「強がってもない。本心から、片瀬とそういうことはしたくないだけだ」
「ッ!!!!!!!!!」
顔を歪める片瀬。
どうしてそんなに、自分の提案を受け入れられるのが当たり前みたいな顔ができるんだろうか。
どう考えたってしたくないだろ、片瀬となんか。
「な、なんでぇ……」
「そもそも、俺は片瀬とできれば関わりたくない。関わってもいいことがないからだ」
「なっ……」
「最近俺にしつこく話しかけてくるけど、それもやめてほしい。この際だからはっきり言うけど――俺は片瀬が嫌いだ」
教室で見せびらかすように騒ぎ、まるで男をアクセサリーだと思っているかのようにすり寄る軽薄さ。
動画を撮って馬鹿にしていたのに、急に手のひらを返してくるのも意味が分からない。
そんな人に俺は、大切な時間を割きたくない。
「じゃ」
俺が立ち去ろうと階段を降り始める。
「……ふざけないでよぉ、ふざけないでよぉ!!!」
すると片瀬が俺の背中に怒号を浴びせてきた。
そこに男の下半身を刺激するような、猫撫で声は面影すらない。
「由美を拒絶するなんて……童貞のくせに生意気なんだよぉ! こんなに可愛い由美が水樹のために歩み寄ってあげてんのに、その親切心がわからないのぉ⁉ これだから童貞はぁ……!」
何に怒っているかすらわからない。
片瀬という人間を俺が理解できる日はきっと来ないだろう。
「大体、男って本当にしょうもないぃ! 由美がちょっと誘惑すればコロっと落ちて、なのに……由美のこと都合のいい女だと思ってぇ……由美だって、利用してるだけなんだよぉ! 男なんてみんな、由美にとっては由美をお姫様にするための道具に過ぎないんだからさぁ!」
「何が言いたいんだ?」
「っ!!! その偉そうな態度も全部ムカつくぅ! なんなの男ってぇ! キモイ! 男なんてみんなキモイし、由美の体にむさぼりつく男も全員気持ち悪いぃ! あんなの、あんなのぉ……全員しょうもないんだよぉ!!!」
もはや今、片瀬が抱いている怒りは俺だけに向けられているわけじゃない。
きっと片瀬は、自分の武器すらも薄っすらと嫌悪していたんだろう。
そのうえで、武器を使って俺が相手にしなかったらキレ散らかす。
片瀬の矛盾した行動が、今よくわかった。
――やっぱり、片瀬とは関わりたくない。
「片瀬のことはよく知らないけど、自己評価を改めた方がいいんじゃないか?」
「はぁ? 何言ってぇ……」
俺は一言、片瀬の心を確実にえぐるつもりで言った。
「他人は自分が思うよりずっと、片瀬に興味ないよ」
「っ!!!!!」
片瀬の瞳が大きく揺れる。
「きっと調子に乗れるほど他人に興味を持たれるのは、雪宮とか西海とか、あとは桜川ぐらい圧倒的に何かに優れてる人だけだ。片瀬は雪宮たちとは違うよ」
俺が言うと、片瀬が膝から崩れ落ちる。
「そん、なぁ……」
片瀬には目もくれず、そのまま俺は階段を降りていった。
「ん?」
その途中、男子生徒とすれ違う。
もうそろそろ授業が始まるという時間に、上には屋上しかない階段にいるのが違和感でしかない。
が、どうでもいいか。
全部、俺には関係ないことだし。




