第42話 うぶな女の子
騒々しい店内。
チカチカするくらい光が絶えず放たれていて、思わず目を細めた。
隣の桜川はアクリル板の向こう側を見ながら俺にグイグイ近づいてくる。
「先輩! あれ取ってくださいよ、クマさん!」
「えっと……」
「先輩、お願いします……ね?」
上目づかいでそう言う桜川。
現在、俺と桜川は駅前のゲームセンターにやってきていた。
ほんとは部屋の掃除をする予定だったのに、桜川に丸め込まれ、あれよあれよという間にクレーンゲームの前へ。
「せんぱぁ~い!」
桜川が俺の腕に抱き着いてくる。
その拍子に桜川の胸が俺の腕に押し付けられ、生々しい感触が伝わってきた。
精神衛生上、今の状況はとてもよくない。
俺だって男なわけだし。
「桜川」
「なんですか?」
「その……当たってる」
「……へ?」
ぽかんと口を開く桜川。
しかし、やがて俺の言葉の意味を理解したのか、胸が押し付けられた俺の腕を見て顔を真っ赤にする。
「っ!!!!!!! す、すみません」
少し離れる桜川。
反応が思ったよりも初心で驚いた。
桜川のことだから、むしろ「当ててるんですよ~?」と挑発的なことでも言ってくると思っていた。
意外に疎いのか? 百戦錬磨感のあるあの桜川が。
モジモジする桜川を横目に、クレーンゲームに向き合う。
やったことはないけど、こんな機会ないしやってみるか。
そう思い、ひとまず百円を投入した。
桜川とゲームセンター内を歩く。
「ふふふふ~♪」
やけに上機嫌な桜川の腕の中には、さっき俺が取ったクマのぬいぐるみが収まっていた。
「まさか先輩が三回で獲っちゃうなんて、驚きましたよ!」
「俺もびっくりした」
「一生宝物にします。これを先輩だと思って、毎晩抱いて寝ますね? 何ならこの子の名前を水樹朔にして、名前を呼び続けていたらいつの間にか本当に水樹先輩になっちゃったりして……うへへへ」
全部聞き取れたけど、全然わからなかった。
日本語じゃないよな、たぶん。
「なんだか楽しくなってきました! もっと遊びますよ!!」
エンジンがかかったのか、再び桜川が俺の腕を引いて歩いていく。
その後はひたすら桜川のやりたいことに付き合っていった。
シューティングゲームをしたりホッケーをしたり、はたまたレースゲームに熱中したり。
極めつけに、今日一番の要望により、プリクラ? を撮ることになった。
「見てくださいよ先輩! カップルモードなんてありますよ~」
「へぇ、そうなのか」
「反応が好きでもない男に対するL〇NEくらいそっけないですね……ま、水樹先輩は返答のバリエーションが初期設定くらいしかないので仕方ないですけど」
今さりげなくディスられたのか?
まぁいいか。
「でもカップルモードって結構攻めたことするって聞きますし、水樹先輩の理性のためにも今回はノーマルモードで勘弁してあげ……」
『タイムオーバー! 今日はイチャイチャカップルモードで撮影するよっ♡』
「「……え?」」
俺の知らないところでどんどん事が進んでいく。
桜川は、初めは驚いていたものの、覚悟を決めたのか俺の肩に手を置いて言った。
「……やるしかありません。水樹先輩、やりますよ!」
「やるって、何を……」
『じゃあまずは、二人でハートを作ってみよぉ~!』
画面に表示される、指定されたポーズ。
訳が分からない俺に対し、桜川は真剣な眼差しで言った。
「指示に従うんです! 従わないと……ば、罰金が取られるんです!!」
「ま、マジか」
「マジです。やりますよ……!!!」
その後、桜川と機械に言われるがままポーズを取っていく。
だんだんとそれは過激さを増していき……。
『次は二人で密着ハグ! いっくよぉ~!』
「っ!!!!」
頬をほんのり赤らめる桜川。
さすがにハグとなると、付き合ってもない男女がするのは抵抗があった。
――が、しかし。
「やりますよ先輩!」
「え? でも……」
「やらなきゃ1000万以下の罰金! もしくは10年以下の懲役、またはその両方が課せられます!」
「映画泥棒?」
指示を無視することって法律に触れるのか?
「とにかくこれマジなので! ほ、ほら! 早く……!」
桜川が俺に向かって手を広げる。
その顔はぷるぷる震えていて、俺ではなくそっぽを向いていた。
明らかに恥ずかしがった様子。
これもまた意外だ。
桜川ならこんなの意気揚々とやってみせる気がするけど。
でも、桜川がここまで体を張っていて、俺ができませんじゃダメだ。
女の子に恥をかかせるだけなんて、男として情けなさすぎる。
「わかった」
俺も覚悟を決め、勢いのまま桜川を抱きしめた。
小さな体が俺の腕の中にすっぽり収まる。
触れ合う部分すべてが柔らかくて、やっぱり女の子なんだなと思わされた。
無事ハグの撮影を終え。
ようやく終わったかと一息ついた――そのとき。
『じゃあ最後は……二人の愛を確かめろ! ラブラブのちゅ~っ♡』
「ちゅ、ちゅ~⁉」
顔を真っ赤にさせて声を上げる桜川。
さすがの俺でも動揺した。桜川とちゅーなんて……でも。
「……桜川、俺はいつでも大丈夫だ」
「水樹先輩⁉」
桜川をまっすぐ見つめる。
「なんで先輩はそこまでやる気で……」
「だって1000万円以下の罰金も、10年以下の懲役も勘弁だからな」
「……へ?」
何かおかしなことを言っただろうか。
首を傾げていると、桜川がぼそぼそと呟く。
「まさかほんとに信じて……いや、水樹先輩のことだからありえる。じゃあ私が本当にいけば……でも、私にとってはこれが初めてのちゅーになるわけで……だけど、水樹先輩ならもはや本望なんじゃ……」
『いっくよぉ~?』
「「っ!!!!!」」
桜川の肩に手を置く。
すると桜川は体をビクッと震わし、ウルウルとした瞳で俺を見つめた。
「桜川」
「水樹先輩……」
『3! 2! 1!』
桜川が目を閉じ、唇が触れそうになった――そのとき。
「や、やっぱり無理ですぅううううううううう!」
桜川の頭突きが俺の額に叩き込まれる。
「うがっ」
そのまま俺は体勢を崩し、床に倒れ込んだ。
桜川も巻き込まれる形で転倒する。
「いたたた……」
後頭部を打ってしまった。
しかし、幸いにもそこまでひどくは……ん?
なんだこの右手が掴んでいる柔らかい感触は。
「ひゃぁっ!」
桜川が甘い吐息をこぼす。
しっかりと目を開け、状況を確認する。
桜川が俺の上に乗っていて、そして……俺の右手が、桜川の胸をしっかり掴んでいた。
ってことはこの感触って……桜川の胸⁉
「あっ……せ、先輩……」
桜川の真っ赤な顔。
それはいつも挑発的で小悪魔的な桜川からは想像もできないほどに初心で、女の子らしさ全開だった。
「わ、悪い」
すぐに手を離し、起き上がる。
桜川はしばらくの間、胸を腕で隠すようにして俯いていた。
ゲームセンターを出て、桜川と二人、道を歩く。
「さっきはごめん」
「いえいえ! 私こそ頭突きしちゃいましたし、それに……嘘もついていたので」
「嘘?」
「プリクラでは映画泥棒にならないということです」
「?」
意味が分からず首を傾げていると、前から自転車が走ってくる。
桜川と位置を入れ替え、自転車が俺の横を通り過ぎて行った。
「今の、どういう意味で……ん?」
桜川が俯き、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
「どうした?」
「い、いえ……なんでもありません。ほんとに、なんでも」
そう呟く桜川は妙にしおらしくて。
桜色の髪から見える小さな耳は、夕陽よりも真っ赤に染まっていたのだった。
♦ ♦ ♦
※片瀬由美視点
朝、姿見の前で下着姿になり、じっと自分の体を見る。
大きくないけど形のいい胸と、ほどよく肉付きのいい体はこれまで何度も男に抱かれてきた。
由美の体は、男の子に求められる体なんだ。
なのに昨日、桜川ちゃんより可愛くないとか色々言われてぇ……。
しかもあの童貞くん、由美のこと拒絶したよね⁉
それが許せない……童貞くんのくせに!
「……由美はその程度の女の子じゃないもんぅ」
由美はお姫様だ。
男の子はみ~んな由美を欲してる。
そこに童貞くんっていう例外は――いらない。
いつもより際どくて派手で、童貞くんの下半身をビンビン刺激しちゃうような下着を身に着ける。
童貞なんてみんな、下心刺激しちゃえば落ちる。
きっと童貞くんも我慢してただけだしぃ?
あとは由美が押せば……。
「ふふふふふっ♡」
あんな批判で由美負けないもんぅ。
由美が可愛い女の子だって、今度こそ童貞くんを屈服させて証明して見せるもんっ!
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
お知らせです。
新作短編、
隣の席の美少女が「彼氏はいないよ。今は、ね?」と俺を見て言ってくるんだが
を投稿しました。
サクッと読める三部作になってますので、ぜひ覗いてみてください!
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