第41話 圧倒的勝者
桜川と片瀬が睨み合う。
先に口を開いたのは片瀬だった。
「私の? あれぇ? もしかして童貞くんと付き合ってるのぉ?」
「そ、それは……付き合ってませんけど、今は」
桜川が躊躇いながら言うと、片瀬が「ふふっ」と鼻で笑う。
「じゃあ童貞くんは桜川ちゃんのモノじゃないよねぇ? っていうか童貞くんは彼女とかいないんだし、誰のものでもないよねぇ? だから由美がちょっかい出そうが、その他大勢の桜川ちゃんには関係なくなぁい?」
「……そうかもしれませんね」
俯く桜川。
片瀬が勝ち誇ったような笑みを浮かべた――そのとき。
「ですが、お化粧おばさんが水樹先輩に手を出す権利なんてないと思いますよぉ?」
「お化粧おば……!」
桜川がニヤリと笑みを浮かべて続ける。
「だってぇ、水樹先輩を身の程知らずにもフッちゃう動画撮影して、散々童貞とか馬鹿にしてたじゃないですか~? しまいにはその動画がバズって停学になってましたよね? もう忘れちゃったんですか~? 鶏を例に出すのも失礼なくらいに記憶能力が残念極まりないですね~?」
「っ!!!」
「なのに水樹先輩がイメチェンしたら急に手のひら返すとか、自分で教養無しの自分勝手女ちゃんで~すって言ってるようなものじゃないですか~! それってすっごく、女の子として自分の価値下げてると思うんですよぉ~? それに関してはどう思ってるんですか~?」
桜川が一気に煽り立てる。
褒めるかのような語調で煽っていく桜川の技術は凄まじかった。
その証拠に、片瀬は尋常じゃないほどに顔を真っ赤にして、桜川を睨みつけていた。
「べ、別にいいでしょ? 手のひら返すって言われても由美知らないしぃ。それに、自分勝手に振る舞っていいのは可愛い女の子の特権でしょぉ?」
片瀬も負けじと対抗する。
が、しかし。
「可愛い? え、ん……え?」
「わけわかんないみたいな顔しないでくれるぅ⁉」
「すみません、びっくりしちゃいました。自分で自分のことを可愛いって言っていいのは私だけだと思ってたので」
「はぁ⁉ あのねぇ、ちょっと男子にチヤホヤされてるからって調子乗りすぎなんだよぉ⁉ 由美の方が経験は上だし、確かに桜川ちゃんも可愛いけどぉ? 由美の方が断然可愛いしぃ。だから由美の欲しいものは全部由美のものなんだよぉ? わかるぅ?」
今度は桜川を煽り返す片瀬。
さすが、ナリ高である意味チヤホヤされてきただけある。
だが、桜川と横並びになるのは明らかに悪手だった。
「なんかアイツ、自分の方が可愛いとか言ってね?」
「ありえないだろw断然、『桜月の天使』の方が可愛い」
「ってかあいつ、ただヤラせてくれるだけだろ?」
「ただの肉便器のくせに調子乗りすぎだろwww」
「いるよなー。オ〇ホとしか思われてないのに勘違いする奴ww」
「アイツと桜川じゃレベル違うだろ」
「月とすっぽんww」
「あれ本気で言ってんの頭おかしいわwww」
「ッ⁉⁉⁉」
片瀬に浴びせられる容赦ない言葉。
予想だにしてなかったんだろう。
ありえないと言った表情で片瀬は固まっていた。
そこを逃さず、桜川が刺しに行く。
「周りの人たちはあんな風に思ってるみたいですよ~? なんか自分のことを勝手にお姫様だと思ってるみたいですけど、あなたの価値はそんなものです。私と比べるなんておこがましいんですよ?」
桜川の言葉もなかなかだが、片瀬との明確な違いは本当に可愛いかどうか。
桜川は発言のレベルと容姿のレベルが一致している。
だから強気な発言ですら納得感があった。
だが、片瀬はつり合いが取れていない。
「だから、水樹先輩のような殿上人に憧れちゃう気持ちもわかりますけど、あなたは路肩の石でも拾って遊んでてくださいね~? ふふふふっ……」
桜川は笑いながら片瀬に近づく。
そして片瀬の耳元で呟いた。
「――水樹先輩弄んだくせに、しゃしゃり出てくるなよビッチが」
「ッ!!!!!!!!!!!!!」
体をビクッと震わせる片瀬。
桜川はすぐにニコッと微笑むと、俺にすり寄ってきた。
「ってことで水樹先輩、今日は私とデートしましょう?」
「え? でも部屋の掃除が……」
「手伝ってあげますよ~! 二人寄れば紋白蝶の羽です!」
「知らないことわざだな……」
桜川が俺の腕に抱き着き、片瀬に背を向ける。
すると片瀬は唇を噛み、俺を見て言った。
「ま、待ってよ水樹ぃ! そいつより由美とこれから楽しいことをぉ……」
縋りつくように言う片瀬をまっすぐ見て言う。
「興味ない」
「…………ふぇ?」
たぶん自分でわかってないんだろう。
かなりのアホ面で固まりながら俺を見てくる。
俺はさらに続けた。
「正直、片瀬には悪い印象しかない。だから遊びたいとも思わないし、話したいとも思わない。桜川の言う通り、前まで俺を馬鹿にしてたからな。それは別に気にしてないけど、そんな奴と一緒にいたいとは思わない」
はっきりと告げる。
これくらい言わないと、片瀬はわからないだろうから。
「じゃ、俺はこれで」
「私たちは、これで」
桜川がわざわざ言い直し、片瀬を置いて歩き始める。
「う、うそぉ……」
片瀬はぺたんと座り込むと、唖然とした様子で俺と桜川を見ているのだった。




