第39話 弁当三つとねっとりビッチ
昼休みのチャイムが鳴り響く。
今日は天気もいいし、せっかくだから中庭で弁当を食べようと思い立ち上がる。
そして鞄の中から弁当を三つ取り出した。
「……やっぱり多いな」
なぜ俺が弁当を三つも持っているのか。
それは今朝に遡る。
いつも通りの時間に起き、いつも通り支度を済ませて朝ご飯を食べ、家を出る。
もはやルーティン化されており、特別遅れたり、逆に早すぎることもなく学校へ向かうのだが……。
「あ、水樹さん!」「あ、さっくん!」「あ、水樹先輩!」
「……え?」
家を出てすぐの電柱の脇から声をかけてくる三人。
何故か雪宮と西海、そして桜川がいた。
「おはようございます、水樹さん。今日は天気がいいですね。空気質指数もかなりいいみたいですし、視程も極めて良好で……」
「天気ガチ勢?」
得意げに捲し立てる雪宮。
すると西海が俺の袖をくいっと引いた。
「ま、その人の心におっきな太陽あれば毎日晴れじゃん? だから天気とかどうでもいいよねー!」
「なんかスピリチュアルだな」
でも無尽蔵に明るい西海の笑顔を見ていたら、本気でそうなんじゃないかと思えてくる。
桜川は西海を見てぷくっと頬を膨らませると、俺の腕を両手で引っ張った。
「天気オタクもスピリチュアルおばさんも放っておいて、朝から私と楽しいことしましょうよ~!」
「天気オタク⁉」「スピリチュアルおばさん⁉」
「ふふっ、17歳なんておばさんですよっ♪」
「おばさんじゃないです!」
「一個しか違わないでしょ⁉」
必死に否定する雪宮と西海。
しかし、俺はそんなことより初めからずっと気になっていることがあった。
「というか、なんで三人がここにいるんだ?」
「「「ぎくり」」」
急に固まり、ぎこちなくなる三人。
これまで校門前で待たれていることはあったけど(これも約束はしていない)、朝に家の前で待たれたことはなかった。
そして当然、これも事前に約束していない。
「わ、私はたまたまここら辺を散歩していて……」
「朝に散歩?」
「えっと……そ、そう! あの電柱探してたんだよね! なんか造形美違くない⁉」
「電柱に造形美?」
「私は先輩を待っていました! 朝からでも先輩に会いたかったので!」
「……え?」
「「はぁ⁉」」
険しい表情を浮かべる雪宮と西海。
「ちょっと桜子ちゃん! 抜け駆けは無しじゃない⁉」
「そうですよ! これは『水樹さん平和協定』第三項に違反して……」
いつの間に俺の名前が入った謎の協定が作られてるんだけど。
「あ、そうだ! 朝に水樹さんを待っていたのは、渡したいものがあって……!」
「なっ!」
「わ、私も……!」
桜川に負けじと鞄の中を漁る雪宮と西海。
やがて三人はそれぞれ、弁当を同時に差し出してきた。
「これ、食べてください!」「これ食べて!」「これを召し上がってください!」
「「「……え?」」」
「…………え?」
困惑する俺をよそに、目を合わせる三人。
「ちょっと! アタシと弁当被せしないでよ!」
「それはこっちのセリフです! 私は今日のために様々な研究をして……」
「初めて誰かのために弁当を作ったんです! ここはメモリアルな私が渡します!」
「それを言うならアタシだって、初めて男の子のために……!」
「私もです! だから私が!」
「いや、ここは私です!」
「アタシだよ!」
「私です!」
「私!」
いがみ合う三人。
俺はどうしたらいいのかわからず、ただただ苦笑いを浮かべているのだった。
――ということがあり。
争った結果、俺が三人の弁当を食べるということで事態は終息した。
が、おかげで初めて遅刻しかけてしまった。
下駄箱でも謎に見知らぬ女子生徒たちに囲まれてしまったし、本当に危なかった。
遅刻はしない主義なのだ。
「(そろそろ行くか)」
弁当を持って教室を出ようとする。
ふと、すでにまばらになっていた教室全体を見渡した。
前までは大沢たちカーストトップグループが常に教室の中央を陣取っていたが、今は停学中でおらず。
海藤はあれ以来机に突っ伏して物静かだし、竜崎はあまり教室にいなかった。
少し前は海藤と竜崎、片瀬の三人でも騒がしかったが、すっかりその面影もない。
片瀬も教室にいないみたいだし、バラバラの壊滅状態だった。
「(ま、俺には関係ないことか)」
そう思い、そそくさと教室を出て行った。
♦ ♦ ♦
※○○視点
童貞くんが教室から出て行くのを、廊下からこっそり見る。
「……ふふっ♡」
最近葉月っちも敦也っちもなんか微妙ーだし、新しいおもちゃ見つけたいと思ってたし。
その点、童貞くんは悪くないよねぇ?
動画バズってるしぃ、イケメンだしぃ。
「さくっと味見しちゃお~っと♪」
唇をぺろりと舐めると、歩き始めた。
♦ ♦ ♦
中庭のベンチに座り、弁当を食べる。
現在、西海が作ってくれたマヨネーズのみのサンドイッチと桜川の具無しノーマルおにぎりを食べ終え。
雪宮が作ってくれた、新年かお花見シーズンでしか見ない重箱弁当の二段目を食べていた。
意外に食べられる。まだ育ちざかりなんだろうか。
なんてことを考えながら食べていると、足音が近づいてくる。
あまり気にせず弁当を頬張っていると、俺の近くで止まった。
「どーていくぅんっ」
体にまとわりつくような、ねっとりとした声。
ふわりとキツめの甘い香水の匂いが香ってくる。
「何してるのぉ~?」
そう訊ねられ、声の方に視線を移す。
俺に話しかけてきたのは片瀬だった。
目が合うと、片瀬はニコッと俺に微笑みかけてくるのだった。