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第37話 我慢の限界


 あれから数日が経った。



「おいおい、あれが水樹朔だよな?」

「やっば、めっちゃイケメンじゃん」

「動画大バズりしてんだろ?」

「大沢たちの動画とは大違いだな」

「カッコいい……」

「そりゃ翠高の三大美少女と仲いいのも納得だわ」

「誰か声かけてきてよ~!」

「無理だって~!」



 教室の端に座っているというのに、廊下側の窓から覗き込まれる。

 教室の外には多くの生徒が俺を見に来ていて、軽い騒ぎになっていた。


 それがもう数日続いているというのだから、少しは慣れもする。

 だが、やはりここまで注目を集めてしまうのは居心地は悪かった。


 立ち上がり、後ろのロッカーに荷物を取りに行く。



「た、立ったぞ!」

「嘘、立ってる⁉」

「やばい水樹が立った!」

「やべぇって! 立ってるって!」



 俺はクララか。

 

 頭の中でツッコんでいると、ふと海藤と目が合う。

 海藤は俺を心底嫌そうに睨んでいた。

 きっと俺が注目されているこの状況が気に食わないんだろう。



「ってか、今考えたら大沢たち滑稽すぎね?」

「陰キャとか馬鹿にしてたくせに、水樹めっちゃイケメンじゃん」

「クールな感じもいいよね!」

「それに比べて海藤とかさりげなく女にだらしないし」

「片瀬とかただのビッチだしなwww」

「竜崎はただのチンピラwww」

「水樹に比べたら海藤とかフツメンだなww」

「嫌いだったしざまぁって感じだよな、大沢たち」

「まだ停学食らってるしなw」

「馬鹿にしてたヤツに上いかれてどういう気分なんだろうな」

「それなwww」



 ちらほら海藤たちを馬鹿にする声も聞こえてくる。

 明らかにカーストトップだった海藤たちの地位が危うく揺れ動いていた。


「チッ……」


 さりげなく舌打ちをする海藤。


 とはいえ、俺には関係ない。

 海藤たちがどうなろうが、興味もなかった。


 だって海藤たちは――ただのクラスメイトだしな。

 

 俺の意識はすぐにロッカーの中に移ったのだった。





     ♦ ♦ ♦





 ※海藤葉月視点



 水樹が相変わらず澄ました顔で俺をちらりと見て、席に戻っていく。


 その間、俺はただひたすらにイライラしていた。

 いや、ここ最近ずっとイライラしてる。


 水樹がイメチェンして、明らかにナリ高での俺たちの地位が落ちてきてる。

 そして俺個人も、今までは敵なしの無双イケメンって認識で通っていたのに、今ではすっかり水樹以下。


 むしろ俺に嫉妬してた奴ら、または相手にされなかったブス女たちが悪口を言って、評判が駄々下がりしていた。 


 それに……。


「ひっ! …………ふ、ふぅ」


 敦也は何故か水樹にビビってて大人しいし、言ってしまえば最近の敦也は覇気がない。

 まるで牙を抜かれた獣みたいに自信が喪失していた。

 

 何があったのか知らないけど、最近はバスケ部の練習にすら行ってないみたいだし、あの頃の敦也は死んだも同然だ。


 そして……。


「…………フフッ♡」


 由美は水樹を見るとき、女の目になっていた。

 あれだけ童貞くんとか馬鹿にしてたくせに、髪切ってちょっとイメチェンしたからって手のひら返しすぎでしょ。


 でも、由美は生粋のビッチ。

 とにかくイケメンが好きで、イケメンを食うことが自分のステータスになると本気で思ってる。


 だから毎日のように男と寝てるわけだし、今の状況に多少は納得は出来る。

 けどいいのか?

 俺たちが一度下に見て、動画に残してまで馬鹿にしたヤツなのに……それに停学だって水樹のせいだ。

 

 俺たちはかなり水樹を恨んでた。いや、今も恨んでる。

 あの動画のせいで停学食らって、俺と敦也は推薦だってほぼダメになったんだ。

 なのに由美はアイツがちょっとイメチェンしたからって、手のひら返して……。


「チッ……」

  

 ……ったく、これだからただのビッチは。

 前からしょうもないと思ってたんだ。


 敦也はもうつまんないし、美琴と寛人はまだ停学中だし。

 ……あぁ、ほんとにイライラする。


 普段温厚でほとんど怒ることなんてない俺が……!


「……チッ」


 何度目かわからない舌打ちをして、水樹を睨みつける。

 本当にいけ好かない。


 俺から何かを奪おうなんて、そんなの……!


「クソ水樹が……」










 放課後。

 

 今日は他校の真奈美ちゃんと遊ぶ予定があり、最近の鬱憤を晴らそうとウキウキで校門に向かう。


 しかも真奈美ちゃんはナリ高まで迎えに来てくれるらしい。

 一分一秒でも長く俺と一緒にいたいと言ってくれた。


 やっぱり、俺って求められるイケメンなんだよね。

 最近のナリ高生は全員頭おかしいよ、やっぱり。

 だってイメチェンしたとはいえ、水樹の中身はクソ陰キャのままだ。


 骨の髄から陽キャでイケメンなのは俺しかいないのにさ。


「あ、真奈美ちゃん」


 校門で真奈美ちゃんの姿を発見する。

 真奈美ちゃんは駅前のゲーセンでナンパした、評価Aランクの上物。

 

 だからテンションは高かった――のに。


「ん?」


 真奈美ちゃんは俺の声に気づいておらず、人だかりのある方を見ていた。

 そしてそっちには……。


「お疲れ様です、水樹さん」


「さっくんお疲れ~! 今から駅前に新しくできたカフェ行こ~!」


「カフェよりもカラオケの方がいいですよね? 密室で二人きり……ふふっ、ドキドキしてます?」


「ごめん、今日は買い物する予定で……」


「ならアタシが付いていくよ! ほら、エコバッグいっぱい持ってるし!」


「私も持っています。それに水樹さんと私は二人で買い物経験がある……つまり、連携はこの二人より強固かと」


「買い物経験がある⁉ ちょっと先輩! なんでこんな表情のレパートリーが取り換え人形くらいしかない人と買い物なんてしたんですか!」


「し、失礼ですね。私だって笑えるんですよ、ほら」


「……雪宮、指を使って口角を上げるのは笑うとは言わないと思う」


「なっ! …………笑ってるもん」


「なんかこの二人揉めてるし、バズりコンビのアタシと買い物行こう! 週刊誌の記者に気を付けつつ、身をひそめるように二人で……ぐへへ」


「とにかく私と行きましょうよ~! 絶対楽しいですから! ね⁉」


「えっと……」


 翠明高校の三大美少女に迫られる水樹。

 その四人の空間だけは別格に雰囲気が違っていて、華があった。


 ……じゃないじゃない!

 それじゃ俺が水樹を俺と同じイケメンだと認めてることになる!


 水樹はただの陰キャ。

 中身も生涯童貞が決まってるような陰キャで……。




「……カッコいい」




「……え?」


 真奈美ちゃんが呟く。

 それも俺じゃなくて、水樹を見て。


「――ッ!!!!!!!!!!!!!!」

 

 血が沸騰するように熱くなり、頭に血が上る。

 俺は早歩きで真奈美ちゃんに近づいた。

 すると真奈美ちゃんがようやく俺に気が付き、水樹を指さして興奮気味に言う。


「あ、海藤くん。ねぇねぇ! あの人って誰? ナリ高の人⁉ 連絡先とか知らない? ってかどっかで見た事あるんだけど! 芸能人? ってかすご……! ほんとにカッコいいんだけ――」





「っざけんな!!!!!!!!!!!!!!」





「…………え?」


 真奈美ちゃんの腕を強く掴み、怒鳴りつける。

 

 俺の声に、校門前は静まり返った。

 

 


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