第36話 俺は水樹朔だ
竜崎の顔が俺を見て一気に恐怖に染まる。
どうやら竜崎は野生の勘か何かで俺だとわかったらしい。
しかし、海藤と片瀬は全く気付いていなかった。
「こ、こんな人いたっけ?」
「やばぁ~! めっちゃイケメンじゃん~!! 由美好きかもぉ~!」
「っ! た、確かにそうだね。顔は整ってる方かな、うん」
すり寄ってくる片瀬。
海藤はこの状況が好ましくないのか、少し不機嫌そうだった。
そして、まるで俺に見せつけるように女子生徒二人を見る。
「そういえば、こないだメールくれてありがとね?」
「い、いえ」
「色々と忙しくてさ、返すの遅くなっちゃったんだけど……許してくれるかな?」
「それは……も、もちろん」
「返してくれるだけでもありがたいよね?」
「そ、それな?」
「あはははっ、よかった」
嬉しそうに微笑む海藤。
しかし、女子生徒二人は海藤を前にして少し歯切れが悪かった。
こないだは犬のように海藤に尻尾を振っていたのに。
それを海藤も感じたのか、表情が曇っていく。
「ねぇねぇ~! 君、転校生?」
「転校生じゃない」
「へぇ~! (あれぇ? こんなイケメンいなかったはずだけどなぁ~)」
片瀬がさらに一歩近づいてくる。
「何年生? 何組なのぉ~?」
「二年B組だ」
「……え? 二年B組⁉」
「あぁ」
「同じクラス? でもいなかったよね、君みたいな生徒」
「うんうん! いたら絶対話しかけてるしぃ~! 間違えてるんじゃなぁい? だって私たちもB組だよぉ~?」
ここまで言っても、俺が水樹朔だとはわからないらしい。
回りくどいのは嫌いだ。
それに人目のつく廊下でいつまでも海藤たちと話していたくはない。
もう言ってしまおう。
――俺が、誰なのかを。
「名前、なんて言うのぉ~?」
ちょうど片瀬からいいパスが来る。
俺は一息つくと、海藤と片瀬をまっすぐ見て言った。
「――水樹朔」
「「…………は?」」
ぽかんと口を開ける二人。
やがてぷっと吹き出すと、声を上げて笑い始めた。
「あはははっ! そんなわけないじゃん~!」
「君、結構センスあること言うんだね。うん、気に入った。よかったら俺たちと仲よくしない? 俺たちと一緒にいれば、一気にこの学校のトップに……」
「嘘じゃない」
そう言いながら生徒手帳を突き出す。
薄ら笑いを浮かべながら「やれやれ」と言った感じで二人が生徒手帳を覗き込み、やがてぴたりと話さなくなった。
「「っ⁉⁉⁉」」
目を見開き、何度も何度も生徒手帳の写真と俺の顔を見比べる。
すると顔がみるみるうちに青ざめていった。
「は、は? こ、これが水樹朔? 嘘でしょ?」
「ありえないんだけどぉ……だ、だってぇ……」
「もう一度言うけど、嘘じゃない。俺は水樹朔だ。お前たちと同じクラスの、水樹朔だよ」
「っ!!!!!!!!!!!!」
女子生徒二人も生徒手帳を見て絶句する。
「嘘……この人ってこないだの……」
「っ!!!!! こ、こないだはちょっと機嫌悪くて! 本来の私じゃないんです!」
「そうそう! ほんとはもっとフランクに接したかったんですけど……い、色々あって!」
取り繕うように俺に迫る女子生徒二人。
「あ、そういえばさっき連絡先交換しようって話してましたよね⁉ これ、私のアカウントのQRコードです! 読み込んでもらえますか⁉」
「でも、君たちは海藤が好きなんじゃないの? なのに海藤の目の前で俺に連絡先を聞いたらダメじゃない?」
ぴくりと反応する海藤。
女子生徒二人は、全力で首を横に振りながら言った。
「全然好きじゃありません! チャラいですし、これっぽっちも!!」
「ちょっとカッコいいなって思っただけですから! 好きじゃないですよ!」
「…………え?」
ショックを受ける海藤。
女子生徒二人は必死に笑みを浮かべて俺を見てきた。
「そうか」
「そうですそうです! 正直海藤先輩とかどうでもいいので!」
「っていうか、水樹先輩ほんとにカッコいいですね! 私、絶対カッコよくなると思ってたんですよ~!」
目をキラキラと輝かせて俺を見る女子生徒二人。
しかし、いくら取り繕おうが俺の言うことは変わらない。
「ありがとう。――でも、連絡先は交換できない」
「「…………へ?」」
俺は続ける。
「気にしてはないけど、君たちはこないだ俺のこと下に見てたよね? なのに急に手のひらを反すのは人として恥ずかしい行為だと思う」
「っ!!! そ、それは……」
「それにそうやって取り入ろうとするのもいいとは思わない。君たちのやってることは誰も得しないし、誰も幸せになれない。――それに」
俺は“彼女”の言葉を思い出しながら、女子生徒二人に向けて言うのだった。
「言われてるんだ。連絡先を聞いてくる子はみんな詐欺師だって」
「「ッ!!!!!!!!!!!!!」」
口角がどんどん落ちていく二人。
ショックを受けた様子の海藤をちらりと見ると、「じゃ」と言って俺はその場から立ち去った。
♦ ♦ ♦
※海藤葉月視点
嘘、だろ……。
水樹があんなイケメンになってるなんて……それに、俺に好意的だった女の子が、こんな……。
「マジ最悪なんだけど……」
「海藤先輩さえいなければ……」
俺のことを睨むと、立ち去っていく。
取り残された俺と由美と敦也。
「嘘ぉ……」
しかし、周りの声なんて今は耳に入ってこない。
ただただ、俺が今コケにされたという事実だけが重くのしかかる。
容姿において、魅力において誰にも一切負けてこなかった俺が……負けた?
あの陰キャに……あの水樹朔に……!
プライドにまたしてもヒビが入った音が聞こえた。
たまらなくアイツが憎かった。
「水樹朔……!!!」
俺の上なんて……絶対に認めないッ……!
――――おまけ――――
「……ひっくしょん!」
くしゃみをする帆夏。
「…………あえ?」
――もしかしたら誰かが噂してるかも、とは思わない、そしてそんなことそもそも知らない帆夏だった。




