第35話 二度目の大バズリ
月曜日。
いつも通り家を出て、学校に向かう。
家から学校までは大体十分くらい。
その道中、ボーっとしながら歩いている――のだが。
今日は少しだけ落ち着かなかった。
「ねぇ、見てよあの人」
「やば……カッコいい……!」
「ナリ高にあんな人いた?」
「海藤くんじゃない?」
「全然違うって!」
「ってか、動画に映ってた人じゃね?」
「あぁー、こないだ上がってたあの!」
「確かに!」
「ナリ高生だったんだ!」
学校に近づけば近づくほど人は増え、ざわついていく。
確かに視線を感じていたのだが、それは普段の視線とは違く、明らかに好意や興味も含んだ視線だった。
ということは、きっと注目を集めているのは俺じゃないんだろう。
おそらく俺の近くを歩いている誰かをみんなが見ていて、噂しているに違いない。
「……あ」
ふと思い出すのは、撮影終わりに西海に言われたこと。
『さっくん! これからきっと色んな人に声かけられるだろうし、連絡先聞かれちゃったりしてモテまくるだろうけど……でも! それは全部英語の教材とかツボを買わせようとしてくる詐欺師だと思っていいから!』
『詐欺師?』
『そう、詐欺師! さっくんの本質を知らないで、見た目だけであれこれ言うペテン師なの! わかった⁉』
『な、なるほど』
『わかったの返事は⁉ 返事は⁉⁉⁉』
『わ、わかった』
『……フフフ、釘刺し完了っ♪』
西海の言ってることはあまりよくわからなかったが、とりあえず頷いておいた。
しかし、今は西海が言っていた『色んな人に声を掛けられる』や『モテまくる』という言葉が引っ掛かる。
それはまさに、今の状況に当てはまるもので……。
「(って、そんなわけないか)」
生まれてこの方、声を掛けられることもモテまくったこともない。
それにただ髪を切っただけで、そんな劇的に変わらないだろう。
そう思いながら、朝の通学路を歩いた。
学校に登校し、上履きに履き替える。
しかし、依然として周囲はざわついており、好奇の視線を発していた。
「ねぇねぇ! あの人って!」
「動画で見た人じゃん! やば!」
「うちの生徒だったの⁉ 信じられないんだけど!」
「転校してきたのかな?」
「誰か声かけて来いよ!」
「えぇ~かけられないよ~!」
「生で見るとますますカッコいいんだけど……」
「ヤバい……超イケメン……!」
「さすが、『常夏のプリンセス』と動画撮ってただけあるわ……」
まだ俺の近くにみんなから羨望の眼差しを向けられるような人がいるんだろうか。
でも今、俺の周りを見渡しても視線を向けられていそうな人はいないし。
まさかほんとに俺か?
『常夏のプリンセス』と動画撮ってたとか言ってるし……確かに、撮影終わりに西海と宣伝用の動画は何本か撮ったけど。
いや、そんなわけないか。
さっきも言ったけど、俺は前とほとんど変わってない。
ただちょっとだけ前髪が短くなっただけだ。
誰も認識していないような生徒から、注目の生徒になるわけがない。
そう思い、気にも留めず廊下を歩く。
――しかし。
「あ、あの!」
女子生徒二人組に声を掛けられる。
しかもその二人は、こないだ海藤に声をかけていた二人だった。
「そ、その……帆夏ちゃんと動画撮ってた人ですよね?」
「え?」
「こ、これです! やっぱりこの人ですよね⁉」
そのうちの一人が俺にスマホの画面を見せてくる。
画面には俺と西海が撮った動画が映っていて、さらに……。
「いいねが、12万?」
あまり詳しくないが、いいねを12万人の人が押したってだよな。
……それってすごい、よな?
「うん、やっぱりそうだ。似てるっていうか、本人ですよね!」
「今大バズりしてる謎のメンズモデル! SAKUさんって、あなたですよね⁉」
今大バズりしてることも、謎のメンズモデルと言われてることも、俺の名前がSAKUになってるのも初めて知った。
けど、確かに動画に映ってるのは俺だ。
「たぶん、そうだと思うけど」
「「キャーーーーーーーー!!!!」」
黄色い声を上げる二人。
それに呼応するかのように、俺を見て噂する生徒たち。
「やっぱりSAKUだ!」
「やっば! うちの生徒とかやっば!!」
「ってかあんな人うちにいなかったよな!」
「転校生なんだって!」
「カッコよすぎ……」
「『常夏のプリンセス』と付き合ってるってマジ⁉」
「あれはさすがに敵わないわ……」
「お似合いすぎるよな……ぶっちゃけ」
「カッコイイ……!」
さすがにこれは認めざるを得ない。
どうやら今、注目を集めているのは俺みたいだ。
びっくりだし信じられないけど。
「あの! れ、連絡先とか……」
「ダメ、ですか……?」
「えっと……」
海藤に連絡先を聞いていて、しまいには俺を嘲笑していた二人が俺にも連絡先を聞いている。
ってことは俺があのときの男子生徒だって気づいていないのか。
それほどに変わったとは……やっぱりあのヘアメイクさんがすごいんだな。
もし今度会うようなことがあれば、このことを伝えるとしよう。
なんてことを考えていると、背後から聞きなじみのある声が聞こえてきた。
「これ何の騒ぎ?」
「芸能人でも来たみたいな注目度だなァ」
「イケメンだったらちょ~嬉しいんだけどぉ~」
三人横並びで人だかりをかき分け、やってくる。
「ん? アイツは……」
「え、嘘! ちょ~イケメンなんだけどぉ~!!!」
海藤がじっと俺を見る。
片瀬は俺を見ると、目を輝かせながら声を上げた。
そして……。
「――ッ!!!!!!!!!!!!!!」
ただ一人、竜崎だけは体をビクリと震わせ、怯えたように俺のことを見るのだった。