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第32話 水樹家の動乱


「へぇ、ここが水樹さんのお家ですか」


 玄関で靴を脱いだ雪宮が、キョロキョロしながら家に上がる。

 いつも過ごしている家に雪宮がいるのはかなり異質感があった。


 リビングに入り、ダイニングテーブルに買ってきた食材を置く。


「結構広いですね」


「一応は両親も住んでる家だからな。3LDKだし、一人暮らしには当然手に余るけど」


「物もあまりないですし、余計に広く感じますね。まぁ、そこが水樹さんっぽさではありますが」


 引き続き部屋の探索を続ける雪宮。

 途中から俺のことなどお構いなしに、かなり熱が入った様子で部屋を見始めた。


 机の引き出しから洗面台のガラスの中、しまいにはソファの下まで漁り始め……。


「……なるほど、今のところ怪しい物は見当たりませんが、長い髪の毛一本でも見つかればそれは確信犯で……」


「ゆ、雪宮? 何してるんだ?」


「はっ! ……なんでもありません」


 スカートを軽くはたくと、何事もなかったかのように食材を広げ始める。

 やがて準備が整ったのか、まな板と包丁を取り出して野菜をカットし始めた。


 それと同時進行でフライパンに油を敷き、肉を丁寧に焼いていく。

 そんな雪宮を俺はダイニングテーブルから眺めていた。


「何を作ってくれるんだ?」


「生姜焼きです」


「へぇ、生姜焼きか」


「意外ですか?」


「あぁ。もっと無駄に長い料理名とか、ひらがな表記できないカタカナの料理とか、そういうお嬢様っぽいものかと思ってた」


「私をなんだと思ってるんですか……」


 ものすごいお嬢様だと思ってる。


「別にそっちでもよかったですけど、男の子なら生姜焼きを作っておけば間違いないってメイドさんに言われたんです」


「め、メイド……」


「もしかして……好みじゃなかったですか?」


「いや、好物だよ」


「ふふっ、よかったです」


 小さく微笑むと、作業に戻る雪宮。

 さらりと言っていたけど、メイドがいる時点でやっぱりお嬢様だ。


 なんてことを思いながら、ぼんやりと料理してくれる雪宮を見るのだった。










 食卓に並ぶ生姜焼きと盛り付けられた千切りキャベツ。

 さらに豚汁ときんぴらごぼうまで用意されていて、湯気立つ白米が食欲をそそった。


「いただきます」


「どうぞ、召し上がってください」


 正面に座る雪宮に見守られながら早速生姜焼きを一枚取り、口に運ぶ。


「……美味い」


「ほんとですか?」


「めちゃくちゃ美味いよ。店出せるレベルで美味い、っていう受け取り方によっては褒め言葉にならなそうな定型文じゃチープに感じるほど美味い」


「ふふっ、そんな褒め方聞いたことありませんよ」


 笑みをこぼす雪宮。

 普段一貫してクールな雪宮だからこそ、笑顔が映えて見えた。


「でも……よかったです」


 雪宮は少し嬉しそうに俯くと、またしてもそっと微笑んだ。









「ちょっとお手洗いお借りしますね」


 ――そう言って雪宮が離席してから十分。


 雪宮は一向にリビングに戻ってくる様子がなかった。

 もちろん、デリカシーの問題で言えない可能性も考えられる。

 

 だが、俺の勘がそうじゃないと言っていた。

 

「……確認しておくか」


 立ち上がり、リビングを出る。

 トイレを確認するも、やはりトイレに誰もいなかった。


「ん?」


 ふと目に入る、わずかに開いた寝室。

 覗いてみると、驚くべき光景が広がっていた。



「ふふふふふ……」



 雪宮が俺のベッドで寝そべっている。

 それも、クールでしっかり者で、男を寄せ付けないあの翠明高校の生徒会長とは思えないほどにだらしなかった。


「すぅー……はぁー……ふふっ♡ これが水樹さんの匂い……濃厚すぎます。牧場で売ってるアイスよりももっと濃厚な匂い……どうにかしてルームフレグランスにできないでしょうか……」


 めちゃくちゃ犯罪じみたことも言ってる。

 正直怖い。それに若干引いている。


 しかし、雪宮は俺の知り合いで、家にあげてしまっている以上そ知らぬふりは出来ない。

 

 意を決して寝室へと足を踏み入れ、俺の布団をクンカクンカする雪宮に近づく。

 すると……。





 ――ギィ。





 まさかのタイミングで床が鳴り、


「……へ?」「…………あ」


 ばっちり雪宮と目が合う。

 黙ったままお互いに見つめ合うこと三秒。


「いやぁああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」


 絶叫する雪宮。

 どっちかって言ったら叫ぶのは俺だろと思っていると、雪宮が誤ってサイドテーブルに置いてあったランプのコードに手を引っかけ、雪宮の方に倒れてくる。


「っ!! 危ない!!!」


 咄嗟に飛び込み、雪宮をランプとの衝突から守ろうとする。

 そしてランプは、間に入り込んだ俺の腕に当たり、そして――。



「はぁ……はぁ……はぁ……」


「水樹、さん……」



 ――現在に至る。


「いい、ですよ……水樹さんなら……」


 雪宮はそう言って、俺の背中に手を回す。

 雪宮がトイレに行くと言って時間を忘れるくらい俺のベッドでクンカクンカしていたの目撃しているからか、俺にとっては雰囲気の欠片もなかった。


 が、雪宮の方は違うようで、何故かそういう雰囲気を醸し出していた。

 もちろん、俺も男だ。

 雪宮のような美少女にここまで密着されれば意識もするし、そういうこともちらついてしまう。


 だが、俺たちは付き合ってないし友達でもない。

 だからこんなの……。



「水樹さん……」



 雪宮が艶っぽく呟く。

 ドクンと脈打つ心臓。


 ゴクリと唾を飲み込み、初めての状況に目を泳がせ。

 雪宮がそっと目を閉じ、わずかに唇を俺の方へ押し出した――そのとき。






「ほら、次はキスよ! キスしなさい!」

「鼻が当たらないよう、ちゃんと角度を変えるんだぞ?」






「…………え?」


 寝室の扉から俺と雪宮を眺める男女二人。

 

「あ、父さん、母さん。おかえり」


「お、お父様とお母様⁉」


「あはははっ! この状況で平気な顔して言える辺り、俺の息子って感じするな~」


「そうね~」


 久しぶりに帰ってきた父さんと母さんは、楽しそうにケラケラと笑っていた。










 リビングのソファにちょこんと座る雪宮。


 その両脇に父さんと母さんが座っていて、満面の笑みで雪宮に質問攻めしていた。


「氷莉ちゃんって言うのね~! それにしてもめちゃくちゃ可愛いわ~! モデル? アイドル? それとも女優の卵ちゃんかしら⁉」


「いえ、普通の高校生ですが……」


 ちなみに普通の高校生ではない。


「そうか……これほどのレベルの子ならスカウトが黙ってないと思うんだけどね」


「こんなにとっても可愛くてしっかりした子が朔の彼女なんて嬉しいわ~!」


「かのっ……! …………ふふっ」


 そこはちゃんと否定してくれ。


「さっきはごめんね? 邪魔しちゃってさ」


「い、いえ。その……いくらでも機会はありますので」


 雪宮がおずおずと言うと、母さんがパーッと顔を明るくさせる。


「まぁまぁ! 嬉しいわ~! ふふっ、私たちも早かったように、朔に可愛いベイビーちゃんが産まれるのも時間の問題みたいね~!」


「今のうちに必要なものを買いそろえておこうか。何人家族になるかわからないし、八人乗りの車も買って……」


「気が早いから」


 あと雪宮、顔を真っ赤にしながら満更でもない顔をするのはやめてくれ。


「っていうか、どうして父さんたちが家にいるんだ? しばらく海外にいるって言ってたはずだけど」


「それがね? どうしても稲荷ずしが食べたくなっちゃって~!」


「え、稲荷ずし?」


「思い始めたら、何にも手が付かないんだよ。わかるだろ?」


「わかるわけがないだろ」


 ってことはこの人たち、稲荷ずしを食べるために日本に帰国してきたのか。

 相変わらずぶっ飛んでるな。


 いや、決して稲荷ずしを下に見ているわけではない。

 そこは断じて、だ。


「で、そのついでに朔にも会っておこうと思ったんだけど……お邪魔だったみたいね」


「じゃ、俺たちはそろそろ行こうか。二人の邪魔しちゃいけないし」


「そうね!」


「いやいや、雪宮ももう帰るから」


「え⁉ 私帰るんですか?」


「もう遅いし」


「そ、そうですか……」


 なんでそんな悲しそうな顔するんだよ……。


 ――その後、謎に粘られるも何とか雪宮に帰ってもらうよう説得し。

 玄関先で父さんたちと雪宮を見送る。


「またいらっしゃいね~!」


「日本に帰ってくるときは朔に連絡しておくよ。家族四人でご飯でも食べに行こう」


「家族よにっ……! …………ふふっ、ふふふふふっ」


 いつから雪宮は水樹家の仲間入りを果たしたんだろうか。

 でも、父さんも母さんも雪宮のことがたいそう気に入ったらしい。


「今日はありがとうございました。――では水樹さん、また明日」


「あぁ、また明日」


 そう言って、雪宮は帰っていった。





     ♦ ♦ ♦





 ※雪宮氷莉視点



 水樹さんの家からの帰り道。


 楽しかったことを思い出して思わずにやけてしまいながら、ふとお父様とお母様のことを思い出す。


「(とんでもなく綺麗でカッコいいご夫婦だったな……)」


 二人とも40近いと言っていたが、下手したら20代に見えなくもない。

 それほどに美しくて、オーラがあって……まるで芸能人のような……。



「あれ? そういえばどこかで……」



 引っ掛かるも、結局思い出せず。

 今日は楽しかったしいいか、と人目もはばからず弾むように帰る私だった。





     ♦ ♦ ♦





 ※海藤葉月視点



「は~づきっ」


「どうしたの?」


「ふふっ、なんでもない♡」


「あはははっ、そっか」


 ベッドの中、隣で微笑むセフレの額にキスをして天井を見上げる。

 

 あぁー、マジで幸せだなぁwww


 少し前までプライドが折れかかっていたけど、今は完全復活している。

 やっぱり俺があいつに負けるわけがない。


 たとえ三人に拒絶されようが、俺は海藤葉月。

 言ってしまえば、俺以上にイケメンで、女にモテる男はいないよね。



「……フッ」



 水樹朔……俺のプライドを傷つけておいて、ただじゃおかないからね……?


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