第31話 押しが弱い雪宮さん
海藤がニヤニヤと俺のことを見てくる。
女子生徒二人は首を傾げながらも、やがて「あ!」と声を上げた。
「この人、もしかしてあの動画の人ですか?」
「絶対そうですよね! 大沢先輩にフラれてバズったあの!」
「うん、そうだよ。こいつがある意味有名人な水樹」
「へぇー!」
まるで品定めをするように頭からつま先まで見られる。
そして女子生徒二人は軽薄な笑みを浮かべた。
「この人が……可哀そうですねw」
「平気なんですか? あの動画がバズって」
「私だったら耐えられないな~。地元の友達とかにネタにされそうだし」
「あははっ、確かにね。そこらへんは水樹、大丈夫だったの?」
「地元の友達とかいないし、特に」
俺がそう答えると、三人は声に出して笑い始めた。
「あはははっ! なんかそんな気しますね~w」
「不幸中の幸い? みたいな?」
「ちょっと何それw」
クスクスと笑う女子生徒二人。
海藤はそんな二人を見て満足そうに頬を緩ませると、俺に体を寄せ、耳元で呟いた。
「所詮水樹の価値なんてこんなもんなんだからさ、あんまり調子に乗らない方がいいよ?www」
再びニヤリと俺に視線を向けると、海藤は女子生徒との会話に戻った。
急に会話に入れられ、急に弾き出される俺。
ただ、それが苛立つとかそういうことはない。
むしろ意味の分からないノリに付き合わされて辟易していたところだ。
これ以上三人と話していても意味がない。
さすがの俺でも馬鹿にされているということはわかるし。
「…………」
無言で三人の横を通り過ぎる。
その一瞬、海藤は勝ち誇った様子でちらりと俺を見るのだった。
放課後。
西海は仕事で桜川は友達と遊ぶ予定があるということで、雪宮と二人で帰っていた。
それにしたって、雪宮の出席率は凄まじい。
もしかしてというか、かなりの確率で当たっていると思うのだが……雪宮は友達がいないんだろうか。
かく言う俺も友達はいないけど。
「水樹さん、今私を見ながらすごく失礼なことを考えていますね?」
「っ! ……そんなことはない」
「犯人はみんなそう言うんです。そんなことはない。俺はやってない。証拠を出せ。殺人犯と一緒の部屋にいられるか、って」
「俺は殺人犯なのか?」
「あくまでも例えです」
「そうか。悪い」
「いえ、こちらこそ」
「…………」
「…………」
さて、俺たちは何の話をしていたんだろう。
いつの間に消えた話題にぼんやりと想いを馳せつつ、いつもの帰路とは少し違う道に出る。
すると雪宮が首を傾げて訊ねてきた。
「あれ? 水樹さんの家はこっちじゃないですよね?」
「今日はスーパーで買い物して帰ろうと思って。食材ないし」
「そうなんですね。わかりました」
何が分かりました何だろうと思いつつ、そのまま歩いていくと……。
「最近の野菜は高いですね。お米も高いですし、テレビの中で言われている物価高が身にしみて感じられます。誠に遺憾ですが」
「あ、あぁ」
ここにいることが当たり前かのように俺の隣で野菜を吟味する雪宮。
わかりましたって、スーパーについてくるってことだったのか。
ついていっていいですか? とかが何もなかったから、しれっと一緒にスーパーに入ったときは約束していたのかと錯覚してしまった。
「きっと数年後には二人前……いや、もしかしたらそれ以上の人数分の食材をこうして買いに来て……ふふっ。買い物から帰ってきて夜ご飯を食べたら、一緒にお風呂に入って髪が濡れたままふかふかのダブルベッドで夫婦の愛を確かめて……フフフフフ」
一人でブツブツと呟く雪宮。
よくわからなかったが、俺には関係ないことだろう。
「そういえば、水樹さんが食材を買うんですね。ということは、夕飯は水樹さんが作るんですか?」
「あぁ。一人暮らしだからな」
「ひ、一人暮らし⁉」
「言ってなかったか?」
「言ってませんよ!」
雪宮が食い気味に言う。
「どうして一人暮らしを? 高校生で一人暮らしをするのは、ラブコメのご都合展開でしかありえないと思うのですが」
「それをここで言うのはパンチラインすぎるな……でもちゃんと事情があるんだよ」
「事情?」
「両親が今海外にいてさ、たまにふらっと帰ってくることもあるんだけど、自由人だからほぼ一人暮らし状態なんだ」
「なるほど、そうなんですね」
世間一般で見れば特殊な家庭だが、それは両親の仕事、そもそも両親自体が特殊だから仕方がない。
それに俺も全く不満を持っていなかった。
「……なるほど」
雪宮が含みを持たせてもう一度呟く。
そして真顔で俺をまっすぐ見て言った。
「なら、今日は私が水樹さんに料理を振る舞います」
「え? いや、いいよそれは」
「お礼ですよ。助けてもらったお礼をまだ出来ていませんし、それに……まぁ、これは言わないでおきます」
言わないでおかれたものが気になりすぎるんだが。
「気持ちだけありがたくもらっておくよ。だから……」
「気持ちと行動は伴うものです。なので気持ちをありがたく受け取るということは、それに伴った私の行動も受け取るということになります」
「え?」
「なのでありがたく受け取ってもらいますね? ふふっ」
「……え?」
意味のわからない理論に丸め込まれたような気がする。
しかし、それはただ“気がする”というだけではなく……。
「お邪魔します」
「……あ、あぁ」
俺の家に上がる雪宮。
結局押し通されてしまった。
これは果たして雪宮の意志が強いのか、俺の意志が弱いのか……。
それはさておき、一人暮らしの俺の家に他校で有名な美少女が上がったことは確かだった。
――そして、このときの俺は予想だにしていなかった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「水樹、さん……」
雪宮の鼻の先と俺の鼻の先がわずかに触れ合う。
漏れる生暖かい吐息。
雪宮の股の間に俺の膝があって、少しでも動かせば乱れたスカートから覗く白い太腿に触れてしまう。
二人の荒い息遣い。
雪宮はうるっとした瞳で、求めるように俺のことをまっすぐ見ていた。
そんな雪宮の表情は、普段のクールな雰囲気からは想像もできないほどに蠱惑的で。
「いい、ですよ……水樹さんなら……」
ぎぃっとベッドが軋む。
雪宮がそっと目を閉じ、俺の背中にゆっくりと手を回してきた。
どうしてこんなことになったのか。
それは少し前にさかのぼる。




