第29話 俺の方がカッコいいだろッ!
驚きと困惑が入り混じった表情の海藤と片瀬。
「聞いてくださいよ先輩! 西海先輩が私を帰そうとするんです! ひどくないですか⁉」
「だって桜ちゃんは一年生でしょ? この時間はもう補導の時間!」
「まだまだ昼ですよ! というか、この時間補導にしちゃったら日本人全員インドアになっちゃいますって~!」
「水樹さん、この小うるさい二人は置いて二人で行きましょう。もちろん、行く先は私と水樹さんの明るい未来で……」
「えっと……」
三人それぞれがわちゃわちゃと喋り、混乱する。
まずどこから触れていったらいいんだろうか。
なんてことを考えていると、海藤が口をパクパクさせながら話し始めた。
「ちょ、ちょっと待って。三人ともなんでナリ高に来てるの? それもそいつと親しげに話して……な、何か業務連絡かな?」
「そ、そうだよきっとぉ~。だって童貞くんが翠高の三大美少女に囲まれるわけがぁ……」
「何言ってるのー?」
西海が首を傾げる。
「さっくんとアタシの間に業務なんて存在しないし。全部が心の内側から出る欲望! つまり能動的にここ来てるってわけ!」
「そうです! 先輩との間にそんなお堅いものはありません! 私が先輩に会いたい、ただそれだけが私をここへ突き動かしてるんですよ~? そこんとこ、勘違いしないでください!」
「不本意ながら全く同感です。私は水樹さんとお話ししたくて、水樹さんを待っていました。それ以上でもそれ以下でもありません」
「なっ……!」
「う、噓でしょぉ? そ、そんなわけがぁ……」
カタカタと震える二人。
「(あ、ありえない……だって今まで教室の隅で常に一人でいるような、見た目も陰キャな水樹だよ⁉ 俺たちの足元にも及ばない、もう人生終わったような奴が、こんな美少女三人侍らせてるなんて……)」
「(信じられないよぉ……あの童貞くんが、正直由美より可愛いかもしれない三人にアプローチされてるなんてぇ……)」
俯く海藤。
「(……いや、ありえちゃダメなんだ。俺より水樹が上なんて……というか、水樹でいけるなら俺は余裕じゃない? だって俺、イケメンだし……あははっ。そうじゃん。何を悲観的になる必要があるんだ)」
海藤は顔を上げ、爽やかな笑みを浮かべると三人に近づいた。
「そ、そっか。それは水を差しちゃったみたいでごめんね?」
「はぁ」
「君、桜川桜子さんだよね? やっぱり可愛いね。たぶんアイドルとしてデビューしてもセンター間違いなしだなって思うくらいに魅力的だよ、君は」
「……はぁ」
「っ! ……君は西海帆夏さんだよね? 動画見てるよ。大人気インフルエンサーだし、可愛いだけじゃなくて自分を見せる方法も熟知してるっていうかさ? ほんと、尊敬するよ」
「…………はぁ」
「っ!!!!」
三人は校長先生の話くらい興味のない顔で、一応の相槌を打つ。
海藤はダメージを受けつつも、何とか爽やかな笑みを保って続けた。
「ど、どうかな? ここは成山高校と翠明高校の交流会ってことで、俺たちと今から遊ぶっていうのは。俺、みんなともっと話したいな?」
海藤が自信満々に白い歯を見せて言う。
きっと、これまでそうやって女の子を落としてきたんだろう。
思えば海藤は成山高校でも一、二を争うほどのモテ男。
――しかし。
「興味ないです」
「そういうのいらなーい」
「遠慮しときますっ」
「……ふぇ?」
海藤の整えられた髪からアホ毛が一本立つ。
「ちょ、ちょっと待ってよ。きっと楽しいよ? もちろん、敦也と由美だけじゃなくて当然、俺も行くし……」
「あなたが行くから何なんですか?」
「まるっきり興味ないなー」
「私、水樹先輩しか今眼中にないので」
「うぐっ!!!」
さらに立つアホ毛。
それでもめげない海藤。
「そ、そんなこと言わずにさ! 正直なところ、水樹よりコミュ力とかあるしさ? 大勢の場にも慣れて……」
「いらないです」
「つまんなそー」
「コミュ力って言葉使う人嫌いです~」
「ぐはっ!!!!」
さすがに耐え切れなくなったのか、地面に膝をつく海藤。
三人はそんな海藤を見下ろし、さらに睨みつけた。
「というか、この人って水樹先輩のあの動画を晒した人ですよね?」
「あぁー、あの最低な動画をあげた人か! ほんと許せないよね~……さっくんを侮辱してさ」
三人の雰囲気がガラリと変わる。
まるで圧だけで海藤を押しつぶすような、力強い威圧感を放っていた。
「私の大切な水樹さんをひどい目に遭わせた人と話す? それがどれだけありえないことなのか、これから一時間みっちり時間をかけて説明しましょうか? もちろん、あなたのつまらない人間性への批判も込みですが」
「ッ!!!!!!!!!!!」
胸を押さえる海藤。
遂には話さなくなり、俯いてしまった。
「さっくん、行こ?」
「そうですよ水樹先輩! こんなしょうもない、排水溝に詰まった汚物よりもつまらない人たちのことなんて気にせずに」
「すごい言いようだな」
「てへっ☆」
桜川が可愛く舌を出す。
すると雪宮にグイっと腕を引かれた。
「行きましょう。温かな未来へ」
「温かな未来?」
そのまま三人に引かれ、海藤たちに背を向けて歩き始める。
「クッ……!!!」
すると海藤が立ち上がり、今まで見せたことないくらい必死な、かつ怒りを露わにした顔で叫んだ。
「――そんなクソブスより、俺の方がイケメンでカッコいいだろッ!!!!!!」
そんな海藤の言葉に、三人は間髪入れず言った。
「あなたの心の方がよっぽどクソブスかと」
「全然カッコよくないよ? 君」
「来来来世で出直してくださいね~」
「ッ!!!!!!!!!!!」
膝から崩れ落ちる海藤。
「そ、そんなぁ……」
その表情は屈辱に満ちていて、余裕綽々だった海藤の姿はどこにもなかった。




