第27話 チビデビルの目覚め
※桜川桜子視点
木村が慌てて逃げていく。
私は一気に体から力が抜けてしまって、ぺたんと地面に座り込んでしまった。
そんな私を見て、先輩が手を差し出してくる。
「大丈夫か?」
「先輩……」
先輩の手のひらをじっと見る。
また私を守ってくれた、大きな手。
やっぱりそこには、間違いない安心感があった。
先輩の手を取ろうと手を伸ばす。
指先が先輩の温かい手に触れ、先輩が私の手を握ろうとした――そのとき。
「……え?」
横から雪宮先輩の手が伸びてきて、私の手を取る。
ひんやりとしていて、すべすべした手。
先輩のじゃない……。
「大丈夫ですか? 私が手伝ってあげますよ」
「ッ!!!」
雪宮先輩の顔、笑ってるようで全く笑ってない。
これが美人の圧……なるほど、確かに怖気づいてしまうのも無理はない。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
ひとまず雪宮先輩の手を借りて立ち上がる。
雪宮先輩はどこか満足げに私を見ると、隣でぽかんとしている水樹先輩を見た。
「それより水樹さん。どうしてあなたはいつもいつも面倒ごとに巻き込まれて行くんですか」
「その意識はないんだけど、仕方ないだろ? あいつが桜川のことつけてるのが見えたんだから」
「見えたからって……はぁ、そうまでするほどに水樹さんにとって桜川さんは、その……大切な人なんですか?」
雪宮先輩の質問に心臓が跳ねる。
水樹先輩はさらりと答えた。
「大切というか、顔見知りではあるからな」
「っ!!!!」
顔、見知り……。
「……そうですか。思えば水樹さんは見ず知らずの人でも同じように助けてしまいますし、さっきの行動にそこまで違和感はありませんね。一般的に見れば違和感だらけですが」
「え?」
「自覚していない辺り、この先も心配ですよ。……色んな意味で」
全く雪宮先輩の言葉の意味が理解できていない様子の先輩。
しかし、誰にだって明らかだった。
雪宮先輩の嫉妬したような、明らかに水樹さんを意識した顔を見れば。
「やはり水樹さんは私が一から教育し直さないとダメみたいですね。だからこれからは長い時間ずっと一緒にいて、水樹さんに“普通”というものを叩きこんで、そのうち私だけの王子様に……フフフフ」
「勉強はそんなに苦手じゃないけど」
「社会勉強の話です!」
「そんなに俺、常識ないか?」
「常識というか、それに近いものがごっそりありません」
「ま、マジか……」
「マジです……」
この人、やっぱり変だ。
本当の変わり者は自分が変わり者であることを全く自覚してないというけど、水樹先輩こそまさに本物だ。
「ま、心配しないでください。私がしっかり教えてあげますから」
「よ、よろしく?」
「っ! はい、よろしくお願いします!」
「?」
今、絶対水樹先輩のわからないところでマズい契約が結ばれた気がする。
そしてそれは私にとってもマズい契約で……。
「(雪宮先輩と水樹先輩がずっと一緒にいるなんて、そんなの……)」
モヤっとする心。
嫌だな。
水樹先輩が私のいないところで、別の女の子と一緒にいるのは。
「それと――桜川さん」
雪宮先輩が私のことを見る。
「誰にでも優しくて可愛いことはいいことですが、あざとすぎるのは今後控えた方がいいと思います。意識的にしろ無意識的にしろ、今回のようなことを招かないために」
「……はい、わかりました」
それは雪宮先輩の言う通りだ。
みんなに好かれることが、私は好きだった。
でも最近、そのせいで厄介事が多くなってたのも事実だし。
控えないと……だよね。
「まだあなたは一年生ですので、これから色々学んで……」
――でも。
「水樹先輩っ!」
「「……え?」」
水樹先輩の腕に抱き着く。
そしてとびきりの笑顔を浮かべながら言った。
「助けてくれてありがとうございますっ!」
「っ!! ちょ、ちょっと桜川さん⁉ あざといのは控えるようにって言ったばかりじゃ……」
「もちろん控えます。――でも、可愛いって思ってほしい人に対してはいいですよね? ふふっ♡ こうやってあざとくても」
「なっ……」
雪宮先輩だからって引くつもりは毛頭ない。
私はもう、水樹先輩のことをもっと知りたいと思ってしまっている。
この上ない好奇心を、水樹先輩に抱いている。
「雪宮先輩も助けてくれてありがとうございました! それは、その……ほんとに」
「桜川さん……」
「でも私、欲深くて究極の末っ子ちゃんなので」
欲しいものは欲しい。
それを我慢したことなんて一度もない。
そしてこれからも我慢する気はない。
「いいですよね、水樹先輩っ♡」
先輩に上目遣いで訊ねる。
先輩は困惑したように目を泳がせていた。
本当に面白い人です。
雪宮先輩も西海先輩もナリ高に通っちゃう理由がよくわかりました。
だから私も……フフフ♡
これからが楽しみです……♡
♦ ♦ ♦
※海藤葉月視点
SNSのDM欄をスクロールする。
「果歩に美代子に皐月に真美……最近会えてない子ばっかりだな」
メッセージが数十件と溜まっているのを見て、ため息をつきながらスマホの電源を落とす。
かれこれ二週間、家に籠りっきりだった。
――しかし、それも今日で終わり。
「あははっ、明日から復学……楽しみだな」
相当フラストレーションが溜まってる。
俺を停学に追い込むとは……本当にいい度胸だね。
「でも今頃あいつ、絶望してるんだろうな」
俺たちを停学に追い込んだんだし、ナリ高で立場は間違いなくないよね。
それに『白銀の女神』と仲良さそうにしてたけど、それがどういう経緯かはさておき、どうせ今頃飽きられてるに違いない。
「あぁーほんと、楽しみだなぁw」
俺をこんな目に遭わせた陰キャくんをどうしてやろうか。
「……女も抱いたことない童貞くんが、調子乗って……あははっ」
思わずにやけてしまう。
それはアイツの不幸が簡単に想像できるから。
平穏はもう終わりだ。
こっからは地獄しかないから……覚悟してね?
「あはははっ、明日が楽しみだ。男に会うのが楽しみなんて初めてかもしれないよ――陰キャくん」
俺、海藤葉月に敗北はない。
だから当然、やられっぱなしもない。
最後に必ず勝つのは俺だ。
悪いけど全部、俺がもらうよ……あははっ!




