第25話 ヒーローはやってくる
※桜川桜子視点
学校が終わり、少し遠回りをして駅まで歩く。
何で遠回りしているかと言えば、少し考え事がしたかったから。
その考え事というのは、最近やっと見つけて会えた先輩のことだった。
「水樹朔、先輩」
会えた時は「あの人だ!」って思ってすごく嬉しかった。
校門で思いのほか注目されちゃったり、ちょっとだけいざこざはあったけど?
私がよく行く喫茶店に行って、ずっとしたかった感謝を先輩にやっとできた。
先輩が私を助けたことを忘れてたのはちょっと……いや、かなり悲しかったけど。
私は優しいから、そんなひどい先輩も許してあげちゃう。
そのうえで、お礼をしようとしたのに……。
「まさか断られちゃうなんて、ね」
予想外だった。
普通私くらい可愛い女の子に「お礼」とか言われたら、ちょっとは下心が出てくるものじゃないの?
なのに先輩はそんな素振り全く見せないで、というか断って。
本当に不思議な人だ。
昨日何度か揺さぶりをかけてみたけど全く私になびく様子もなかったし。
……それもやっぱり不服だ。
「天然というか、鈍感というか」
昨日だけじゃ先輩のこと、全然わからなかった。
かといって、雪宮先輩とか西海先輩と違ってさすがに毎日通うほどじゃないし……。
確かに先輩には感謝してるし、興味は湧くけど……あの高校に意識的に近づきたいとは思わない。
ナリ高って結構ガラ悪いし、いっつも私絡まれちゃうし。
「でも、なんで雪宮先輩と西海先輩は水樹先輩に固執してるんだろう」
そりゃ痴漢を当たり前のように撃退してくれて、それすら忘れてるくらい不思議で強い人だから興味はある。
やっぱり先輩はちょっとカッコいいなって思うし。
だって私を痴漢から守ってくれたんだもん。思わない方がおかしい。
でも、あの雪宮先輩と西海先輩が取り合うほどなんて、どうして……。
「変な人だなぁ」
総じて、水樹先輩は変な人だ。
もしかしたら私が出会ってきた男の子の中で一番変かも。
もちろん、“いい意味で”の変に限るけど。
「でも……ふふっ、面白いかも」
私があれだけ近づいたりしてみても揺らがない、超かわいい先輩二人に好かれている他校の先輩。
超強くて、天然で、鈍感で……。
最近変な人に付きまとわれることが多いだけに、私に全く靡かない先輩が面白い。
初めは雪宮先輩と西海先輩が執着する男の子ってどんな人だろうって興味はあったけど……今はそれ以上に先輩自身が気になってきたかも。
「ふふっ。ま、だからって先輩の高校に通うようなことまではしないけど……って、あれ?」
ふと周囲の景色を見て立ち止まる。
考え事をしながら歩いていたら、いつの間にか知らない道に来ていた。
人気が少なくて、日があまり差し込んでこないジメっとした道。
……なんかちょっと怖いな。
来た道を戻ろうと踵を返す。
すると――
「き、木村⁉」
「ッ!!!!!!」
電柱に隠れているようで隠れていない木村の姿が目に入る。
嘘でしょ?
あれだけ言ったのに、また私のことつけてきてたの⁉
「な、なんでここにいるの?」
「そ、それは……」
「……またつけてきたんでしょ」
「ふぐっ……!!! こ、これは違うんだ! ぼ、僕はこないだみたいに桜子ちゃんに悪い虫が寄り付かないようにって……」
「それがつけてるってことだよ⁉」
「ッ!!!! さ、桜子ちゃぁんぅ……」
本当に最悪だ。
最悪だし、普通に“怖い”。
ついてこないでって言ったのに、また……。
「も、もうさすがに我慢できない。学校に相談するから」
「なっ……! そ、それだけは……!!」
木村が私に向かって手を伸ばしてくる。
「っ!!!」
その手を避けると、私は逃げるように木村の横を通った。
怖い……怖い……。
恐怖心に駆られて、思わず早歩きになる。
早く人の目のつくところに行きたい。
木村とこんなところで二人きりなんて、なんか……。
「さ、桜子ちゃぁんぅ!」
「っ⁉⁉⁉」
木村に腕を強引に捕まれる。
背筋が凍る。
「は、離して!」
「フゥー……フゥー!!! ぼ、僕は桜子ちゃんのためを思ってるのに……な、なんでわかってくれないんだ! ぼ、僕は心から桜子ちゃんをぉ……!」
「やめてっ!!」
「ッ!!!!」
手を振り解こうとするも、力の差がありすぎて離せない。
木村は私を見るとにちゃりと唾液が糸を引きながら笑った。
「……そ、そうなんだね。も、もうわからせるしかないんだね……ぼ、僕がどれだけ桜子ちゃんを想ってるのか、か、体で……」
「っ!!! やめ……!!!」
巨体が私に迫ってくる。
嘘……こんなの逃げられない。
私は、こんな奴に……!
木村が私の体に手を伸ばす。
怖くて、なのに逃げられなくて。
思わず目を閉じた――そのとき。
「――そこまでだ」
木村の腕を掴む、男の人の影。
「ッ!!!! お、お前はぁ……!!!!!」
怒りを露わにする木村。
その巨体をもって迫ってくる――が、しかし。
「ガハッ!!!!!!」
いとも簡単に木村を投げ飛ばしてしまう。
地面に転がり、倒れる木村。
私はただただ唖然とその人のことを見た。
「――大丈夫か、桜川」
そう言う先輩は相変わらず無表情で、何を考えているのか全然わからなくて。
「水樹先、輩……」
でも先輩にはなぜか絶対的な安心感があった。