第22話 意外な真面目さ
駅前の落ち着いた喫茶店にやってくる。
目の前に座った桜川は、カフェラテを飲んでほっと一息つくと俺を見てニコリと笑った。
その一連の流れが、映画のワンシーンのように映えて見える。
「いいのか? 知り合いにあんな態度とって」
「え? 知り合い? なんのことですか?」
「さっきの三人組だよ。桜川が用事あるって断ってた」
俺が言うと、桜川がようやく思い出したのか「あー」と声を漏らす。
「あの人たち知り合いじゃないですよ? むしろほぼ初対面ですし」
「え? そうなのか?」
「ここで私が嘘つくわけないじゃないですか~! ただ前にゲームセンターで遊んでたら声かけられたんです。いわゆるナンパってやつですね」
「なるほど」
「だから知り合いでも仲よくしてるわけでもありません。全部あの三人の恥ずかしい勘違いです。いるんですよね~、あぁやってちょっと優しくしてあげただけで勘違いしちゃうような残念な男って」
桜川は毒づくようにあからさまにため息をつく。
やがてはっと我に返ると取り繕うようにニコニコと笑みを浮かべた。
「というのがいわゆる世間一般の考え方なのであって、私は私の魅力だししょうがないなって思ってます! いわゆる不可抗力というやつですね!」
「そ、そうか」
よくわからないが頷いておく。
「でもちょっと困ってますけど。あんな風にしつこく絡まれたり、勘違いされちゃうこと多くって~……ちらり」
「……?」
「……なんでもありません」
首を傾げると、桜川が俺のことをまっすぐ見つめてくる。
「あの日も、前から目をつけられてた人に狙われちゃったんですよね」
「あの日?」
「はい。水樹先輩に初めて会った日のことです」
やはり俺と桜川の間に面識はあったようだ。
これは完全に雪宮や西海と同じパターン。
しかし、桜川を前にしてもやはり心当たりがなかった。
「……ほんとに覚えてないんですね。残念です」
「わ、悪い」
「ま、仕方ありません。ちゃんと話しますね。あの日のことを」
それから、桜川は話し始めた。
それは半年前のこと。
電車通学の桜川はいつものように放課後、電車に乗っていた。
しかし、その時間は退勤ラッシュで人がギューギューに詰められた満員電車。
身動きが取れない中、桜川は違和感を感じた。
いつも視線を感じていた、50代くらいのサラリーマンが今は隣に立っていて。
しかも下半身に手の感触があったのだ。
「ッ!!!!」
すぐに痴漢だとわかった。
だからその手を掴んで、声を上げて、サラリーマンを晒そうと思った。
桜川はそれができる強さを持っていた。
――しかし。
「(どうして……声が……!)」
声が思い通りに出てくれない。
急に声帯がなくなったかのように、声が出ない。
桜川の顔に恐怖が滲む。
気色の悪い手はどんどんと際どい場所に迫っていき。
頭が真っ白になった――そのとき。
「――何してるんだ、お前」
「ッ⁉⁉⁉」
一人の男がサラリーマンの手を掴む。
それが俺、水樹朔だった。
「お、おい! 離せ! 急に何すんだ!」
「それはこっちのセリフだ。その子に“痴漢”してただろ?」
「ッ!!!! し、してなんか……!」
「言い逃れはできない。俺が見てたからな」
そのタイミングで電車は停車駅に滑り込み、吐き出されるように駅のホームに降りる。
俺と桜川、そしてサラリーマンも流れに沿ってホームに降りた。
「ッ!!! (い、今だ……!)」
サラリーマンが俺の腕を振り払い、慌てた様子で逃げようとする。
――しかし。
「ッ⁉⁉⁉」
地面を蹴り、サラリーマンに追いつくと腕を掴んで引き戻し、地面に倒す。
そしてそのまま逃げられないように拘束した。
「お、おい! 離せ! 離せぇえええええええ!」
ジタバタ藻掻くサラリーマンを完全に制圧すると、やがて駆け付けた駅員によってサラリーマンは連行されて行ったのだった。
「その後、先輩のおかげで痴漢を逮捕することができたんです」
桜川が話し終え、やっと思い出す。
「確かに、そんなことあった気がするな」
「完璧に思い出すどころか“あった気がする”程度なんですか……先輩が普段どんな生活送ってるのかがすごく気になりましたよ」
「普通だと思うけど」
「普通なら痴漢撃退があった気がするで収まりませんよ!」
ぷくーっと頬を膨らませる桜川。
やがてふわふわと甘い雰囲気から、引きしまった真剣な表情に変わった。
「私、ずっと先輩に感謝したいなと思ってたんです。すごく怖かったあの日、先輩は私のことを助けてくれましたから」
「桜川……」
「でも電車で探したんですけど全然見つからなくて」
見つからないのも無理はない。
あの日は確か病院に行くためにたまたま電車を使っただけで、普段はほとんど電車に乗らない。
「そんなとき、あの動画を見てこの人だ! って思ったんです。胸糞の悪い動画ではありましたけど……じゃないじゃない! ひどい動画でした! ほんとに!」
こほんと咳払いすると、桜川が俺を見て言った。
「改めて――あのときは助けてくれてありがとうございました、水樹朔さん」
桜川の真剣な表情。
「どういたしまして」
そう答えると、桜川は満足そうに微笑んだ。
「それで、私にしてほしいこととかあったら言ってくださいね? ちょっと過激なものでも……ふふっ♡ 考えてあげなくもないですよ?」
桜川が俺の顔を覗き込み、からかうように言ってくる。
「いいよ、別に。当然のことをしたまでだから」
俺が答えると、桜川が驚いたように目を見開く。
「……先輩って、結構変わってるというか、無欲な人って言われませんか? 特に“女の子”に対して」
「え? 言われないけど」
「そうですか……ふぅん、なるほど。この人が雪宮先輩と西海先輩を……」
「ん?」
「いえ、なんでもありません」
意味ありげに俺のことを見ると、桜川はもう一度カフェラテに口をつけるのだった。
カラン、と音を立てて店を出る。
辺りはすっかり夕陽に包まれていた。
そんな道を桜川と歩く。
「悪いな、奢ってもらっちゃって」
「いえいえ。これくらいはさせてください! だって~……先輩は私の恩人ですし?」
「お、おう」
「ふふっ♡」
満足そうに微笑むと、桜川が正面を向く。
すると電柱の陰から現れた男子生徒を見て、ぴたりと足を止めた。
「……そ、その男は誰なの? さ、桜子ちゃん……」
「げっ! き、木村……」
ふくよかな眼鏡の男子生徒に、桜川は顔を歪めた。
付き纏われやすいとは言ってたけど……もしかしてまたなのか?




