第2話 白銀の女神、降臨
中休み。
次の授業は理科室なので、教材を持って廊下を歩いていたのだが……。
「なぁ、あいつじゃね?w」
「あー! バズってたあのwww」
「俺だったらあんなバズり方したくねーw」
「普通に黒歴史だよな」
「大沢たち結構えぐいことするよな」
「ま、あいつらならやりそうだけどww」
「確かにww一年の頃とか普通にクラスの陰キャいじめてたらしいしw」
「うわ、最悪じゃん」
「あいつかわいそーwww」
普段ではありえないほどの注目を集めていた。
ひそひそと噂話をされており、正直気分のいい状況ではない。
SNSはやっていないし、あの動画がバズったところで俺の生活にさほど影響はないと思っていたのだが……こうなると話は別だ。
大沢たちにも腹が立ってくる。
が、相手にするだけ時間の無駄だ。
気にしなければ、そのうち鎮火されるだろう。
そんなことを考えていると、
「あ、オタクくんじゃ~~~ん!」
後ろから声が聞こえてくる。
やがて足音が近づくと、肩に手を回された。
「なんかめっちゃ注目されてね⁉ いいなぁ、羨ましいなぁ!」
「言ってやんなよ寛人。こいつもこいつで大変そうなんだしよww」
「ちょっと敦也w笑いながら言うなんて最低なんですけどwww」
「美琴だって笑ってるよ?w」
「人のこと言えないねぇ~w」
一気に大沢たちに囲まれる。
「つかオタクくんのおかげだよ! 動画がバズって俺らも普通に嬉しいし!! これで俺らもインフルエンサーの仲間的な⁉ ヤバ! そう思ったらテンション上がってきた!!」
「つーことは、あの『常夏のプリンセス』と同じってことか⁉ 俺様が⁉」
「あははっ、そうかもね」
「でも、葉月くんイケメンってコメント結構来てたよぉ~」
「確かに。……葉月はカッコいいし、普通にインフルエンサーになれるかもね」
「え、俺は⁉」
「お前はねぇだろ。チビだし」
「チビって言うなぁあああああッ!!!」
和気あいあいと俺を囲んで話す五人。
やがて俺のことを思い出したのか、肩をバンバン叩いてきた。
「ごめんごめん! 一番のこーろーしゃを置いてけぼりにしてさ~www」
「そうだよ寛人。こいつのフラれっぷりがあまりにキモくてバズってんだからさwww」
「ありがとな、オタ童貞くんっ」
「その二つ混ぜるとかやばぁ~! ちょ~面白いんだけどぉ~」
再びケラケラと笑う五人。
これを内輪ノリと言うんだろうか。
俺には正直、全く面白く思えない。
そもそも何が嬉しいんだろうか。
あんな動画がバズって。
「じゃあね、有名人くんwww」
橋本がおちゃらけたように手を振り、前を歩いていく。
大沢たちも橋本に並んで、先に行ってしまった。
……やはりわからない。
あのノリも、動画がバズって喜んでいるのも。
「……ま、どうでもいいか」
気にする方が面倒だ。
無視していれば、そのうち飽きて収まるだろう。
放課後。
なんだか色んな人に見られてドッと疲れたので、早く帰ろうと教室を出る。
靴を履き替え、校門を出ようとしたのだが……。
「ねぇねぇ、あの人誰?」
「やば! 超綺麗なんだけど!」
「モデルかアイドル?」
「ってか翠明高校の制服着てね?」
「あぁ~、隣の高校の」
「ってかあれ、『白銀の女神』じゃね⁉」
「はぁ⁉ うちみたいな低偏差値のバカ校に何の用があんだよ!」
「でもあの可愛さは絶対そうだって!」
随分と騒がしい。
だが声を聞く限り、校門の前に有名な女の子がいるみたいだ。
ただ、別に一目見てみたいとは思わないので、そそくさと校門を潜る。
「……あ」
すると騒ぎの中心から、透き通った綺麗な声が響いてきた。
思わず声がした方を見る。
「……え?」
なんと目が合っていた。
俺と、綺麗な声の持ち主、そして騒ぎの中心である彼女と。
「ちょっとすみません」
彼女はそう言いながら、俺に向かって一直線に人ごみをかき分けてやってくる。
揺れる銀色の長い髪。
短いスカートから伸びる足はモデルのようにすらりと長く、白を基調としたブレザー越しからも豊かな胸のふくらみが分かる。
アイドルのようなモデルのような、常軌を逸した美貌を持つ彼女が俺の前にやってくると、俺をじっと見た。
彼女の予期せぬ行動にざわつく周囲。
「え、嘘でしょ?」
「『白銀の女神』があのモサっとした奴に用だって⁉」
「ってかあいつ、大沢にフラれてた奴じゃね?」
「あぁーあの動画の!」
「ますます意味わかんねぇじゃん」
「あんな“ある意味”有名人な奴に、『白銀の女神』が用なんて……」
「ただ事じゃねぇよな」
周囲からの視線や声をもろともせず、彼女に力強い視線を注がれる。
その瞳は宝石のように美しく、顔は人形のように整っていて。
切れ長な目もぱっちりと長いまつげも、すべてが完璧なまでに彼女の“美しさ”を引き立てていた。
明らかにレベルが違う可愛さ。
彼女を取り巻く空気でさえ、他の人とは違うように思える。
そんな彼女のぷるんと瑞々しい唇がかすかに動いた。
「やっぱり……やっと見つけました」
彼女が俺を見て呟く。
何がなんだかさっぱりわからない。
というかこの子、俺を待って校門前にいたのか。
でも知り合いじゃないし……あれ? そういえばどこかで見た気が……。
「私、雪宮氷莉と言います。それで、その……」
彼女は意志の強そうな瞳で俺をとらえると、力強く言った。
「私のこと、覚えてますか?」
「……え?」
思わず声が漏れ出てしまう。
覚えてるってことはやっぱり、どこかで会ったことがあるんだ。
でも、一体どこで……。
必死に思い出そうと頭をひねる。
すると何やら背後から騒がしい声が聞こえてきた。
「今日は俺様の十八番を何回も聞かせてやるぜ! 惚れんじゃねぇぞ?ww」
「あはは、敦也は相変わらずカラオケモチベが高いね」
「二曲連続入れんのはやめてほしいけど」
「意欲が高いことだけは評価できるよねぇ~」
大沢たち五人が横並びに歩いてくる。
やがて橋本が人だかりに気が付き、一人だけ別格にオーラが違う彼女を見て驚いたように目を見開いた。
「えぇ⁉ 『白銀の女神』がなんでナリ高に⁉⁉⁉」
他四人も、橋本の声で彼女の存在に気が付く。
「うわっ、マジじゃんヤバ!」
「へぇ……噂通り。いや、それ以上に可愛いね」
薄ら笑いを浮かべながら近づいてくるカーストトップの男三人衆。
「…………」
彼女は俺に向けるものとは全然違う、氷よりも冷たい目でその三人を見た。




