第18話 へし折られたプライド
「テメェ……! 俺様に何してェ……グハッ!!!」
「クッ……調子乗ってんじゃねェぞォ……! 俺様が『常夏のプリンセス』の前でテメェをォ……ウグッ!!!!」
「……ぜ、絶対に俺様はお前なんかに負け……カハッ!!!!!!」
「…………ま、まだ――ゴホッ!!!!!!」
「………………お、俺様は……ま――ザハッ!!!!!!!!!」
――五分後。
「あっ……うぐっ……くあっ……」
バスケコートに倒れ、起き上がることもできない竜崎。
その顔は苦悶に満ちていて、言葉も出ないようだった。
「このっ! 僕たちのボール奪って!」
「さっきまであんなイキってたのにだっさ!」
「悪者は僕たちが退治するんだ!」
「それ! おらっ!!」
小学生たちにボールをぶつけられ、蹴られと散々な竜崎。
「ひっ……ごめっ……うぅっ……」
しかし、竜崎はされるがままで反撃に出る様子もない。
そりゃそうだ。
竜崎のプライドは全部俺が折ったのだから。
今の竜崎は以前までのいわゆる“俺様”で、獣のように敵だと思ったら殴りかかるような自信も力もない。
「すみませ……やめてっ……」
「ばーかばーか!」
「おたんこなす!」
「イキり雑魚やろー!」
「うぅ……」
小学生にいじめられる竜崎。
別に俺は小学生を止めるつもりもない。
すべては竜崎の行いが返って来てるだけだ。
「さ、さっくん強すぎ……」
「そんなことないよ」
「いやいや、達人みたいだったよ⁉ あの人に指一本触れさせないで、簡単に戦意喪失させて……いやはや、すごいものを見たなぁ」
「別にすごいことでもないよ。そもそも俺が強いんじゃなくて、竜崎が弱いだけだから」
「ッ!!!!!!」
俺を見る竜崎。
しかし、圧を込めて竜崎を睨むと、
「ひぃいいいいいいっ!!!」
怯む竜崎。
よかった。
ちゃんと竜崎に恐怖心を植え付けられたみたいだ。
「さっくん超カッコいい……! 何かやってたの?」
「まぁ、ちょっとな」
「えぇ~? 気になるな~?」
「話すほどのことじゃないよ」
それに、話し始めたら長くなるに決まってる。
あの事務所に所属している西海ならなおさらだ。
「それより、そろそろ行こうか。ここに居続けても意味がない」
「ま、そうだね~。じゃ、キミたち! その悪い人はほどほどにいじめること! いい?」
「「「はーい!」」」
「いい子だ! またね~」
「「「ばいばーい!」」」
小学生たちに手を振り、その場から立ち去る。
「ひぃいいっ! か、勘弁してくれぇえええっ!」
竜崎の情けない断末魔がバスケコートに響き渡るのだった。
♦ ♦ ♦
※竜崎敦也視点
小学生たちに殴り蹴られ。
飽きたのかようやく立ち去ると、やっと解放される。
ずしりと重い体。
それだけじゃねぇ。
俺様の体には……刻み込まれちまった。
あの恐怖を。
「水樹、朔……」
ただのクソ陰キャだと思ってた。
でもアイツは、そんな小さい器なんかじゃねぇ!
あれは……正真正銘“バケモン”だ。
「ぜ、絶対に敵わねぇ……」
アイツに感じた、絶対に越えられないと思わされる高い壁。
つえぇだけじゃねぇ。
何よりやべぇのは、あの何考えてるかわかんねぇ“目”だ。
「ッ!!!!!!!!!!」
思い出すだけで背筋が震える。
こえぇ……こえぇよぉ……!!!!
「な、なんなんだアイツはァ……」
この世の中に俺よりもつえぇ奴がいるなんて思ってなかった。
だけど、アイツは本当に手が届く気が一切しなかった。
絶対に敵わないと思わされちまった。
「うぅ……ひぐっ……うぅうぅ……」
涙がボロボロとこぼれる。
プライドがズタボロだぁ……俺様のぉ……全部が負けたんだぁ……アイツにぃ……。
情けねぇ……いや、情けねぇと思うことすらできねぇ。
俺様の全部がさっき、アイツに否定されたんだ。
バスケでもボロ負けして、拳でも完敗してぇ……。
さらには俺様の推しの『常夏のプリンセス』まで持ってかれてぇ……。
オスとして、“人間として”アイツより下だって思い知らされちまったんだ……俺はァ……!
「うわぁああああああああああああああああああああ!!!」
アイツには二度と逆らえない。
逆らったところで、俺がまた負ける。
本能がこう言ってんだ。
――アイツには手を出すな、って。
刻み込まれたアイツへの恐怖心。
そのすべてが俺様をぶち壊した。
もうダメだ。
これまでの竜崎敦也は死んだ。
殺された。
俺様は、もう……。
アイツの下で、あり続けるんだ。
――この日、竜崎敦也の自尊心とプライドは粉々に打ち砕かれた。
これまで下に見続けてきた水樹朔によって、へし折られた。
植え付けられた恐怖心。
人間としての格の違い。
竜崎敦也は落ちた。
二度と以前のように吠えられないほどに……。
♦ ♦ ♦
西海と河川敷を歩く。
竜崎との勝負を経て辺りはすっかり夕陽に包まれていて、水面にはオレンジ色の光が揺れていた。
「でもほんとにすごいね、さっくんはさ」
「え?」
「あんなに強くて、ほんとにヒーローみたいに悪者やっつけちゃうんだからさ」
「そんなことは……」
「――そんなことあるよ」
西海が呟く。
その表情は沈んでいて。
どこか弱弱しく言うのだった。
「さっくんはすごいよ……アタシと違ってさ」




