第1話 動画がバズった
ぼーっと教室全体を見渡す。
なぜ一人でこんなことをしているかと言えば、理由は簡単。
俺の席が窓際最後列で全体が見やすいし、何より“やることがない”から。
「なぁなぁ! 見てよこれ! サッカー部の奴にもらったあの翠高の美少女、『白銀の女神』の写真!! ヤバくね⁉ ちょ~可愛くない⁉」
「へぇ、確かに可愛いね。でも俺、こないだ『桜月の天使』生で見たけど、レベル違ったよ。本当にアイドルみたいだったなぁ」
「葉月が言うってことはマジなんだな! ちなみに俺様は『常夏のプリンセス』派だぜ! こないだSNSに流れてきてよォ!」
「ちょっとあんたら、他校の女子の話で盛り上がりすぎ」
「ほんとにねぇ~」
教室の中央に陣取り、ガヤガヤと騒ぐ男女五人組。
昼休みだとあぁやって友達と集まって話すのが普通なんだが、俺にはそういう間柄の友達はいなかった。
ましてや趣味もないので、本当にやることがない。
それにしたって、今日もあのいわゆるカーストトップの五人組はわかりやすいくらいに騒がしい。
「ってか、言うほど可愛くなくない? その子たち」
金髪のギャルっぽい見た目の女子、大沢美琴が髪の毛をいじりながら言う。
「ちょっとちょっと~! みこっちゃん、もしかして嫉妬してんのぉ~?」
「は? するわけないじゃん私が。相変わらず馬鹿だね、寛人は」
「あぁ⁉ 馬鹿って言う方が馬鹿なんだからなぁ⁉」
わかりやすく怒る、身長が小さいセンター分けの橋本寛人。
「あはははっ、そういうところを言われてるんじゃないかな、寛人」
「葉月まで俺を馬鹿にすんのか⁉ ちょっと顔がいいからって調子乗りやがってぇ!」
金髪マッシュのイケメン、海藤葉月が爽やかな笑みを浮かべる。
「まぁまぁ落ち着けって! 俺様はお前のこと、チビで馬鹿な奴としか思ってないからよ! ガハハハッ!!」
「敦也に馬鹿って言われたくねぇわ!!!」
長い髪を後ろに束ねた竜崎敦也が、ガタイに見合って大きな声で笑う。
「まぁまぁ寛人っちぃ。みんなの声は気にせずに、自分は天才だって思ったらいいんじゃなぁい?」
「由美……! 俺の味方はお前だけだぜぇ……!」
「ふふっ……チョロっ(小声)」
橋本の肩に顎を乗せたツインテールの片瀬由美が小さく微笑む。
本当に賑やかだ。
このクラスは間違いなく、あの五人が中心と言えるだろう。
そして。
俺、水樹朔は間違いなくクラスのあぶれ者。
彼彼女らとは対照的な存在だ。
「ってか美琴! こないだの約束まだやってなくね⁉」
「げっ……はぁ、あれマジでやんの?」
「男に……いや! 女に二言はないよみこっちゃん!」
「頑張れぇ~」
「頑張って、美琴」
「……はぁ、葉月に言われたらやるしかないけどさ。……しょうがないなぁ」
大沢が立ち上がり、髪をくるくるといじりながら歩き始める。
やがて、ある男の席の前で立ち止まった。
それは……。
「ねぇ、水樹。ちょっといい?」
「……え?」
まさかの俺だった。
俺が驚いてるのをよそに、大沢が俺を見下ろしながら言った。
「放課後、話あるから。校舎裏来て」
――そして迎えた放課後。
人気の少ない校舎裏に大沢とやってくる。
大沢は立ち止まると、くるりと俺の方に体を向けた。
「来てくれてありがとう」
「いや、別に」
俺と大沢はほとんど話したことがない。
だからわざわざ人がほとんどいないところでするような話が何か、全くわからなかった。
ふと、後方の影に入った階段を見る。
「どした?」
「……なんでもない。それで話って?」
「えっとさ、実はずっと前から思ってたことなんだけど……」
大沢は俯き、ちらりと俺の後方に目をやると、顔を上げて言った。
「水樹のことが好きなんだ。だから私と付き合ってくれない?」
大沢がじっと俺を見る。
……驚いた。
まさか大沢が俺に告白して来るなんて。
いや、普通あり得ない。
だって話したこともないし、前髪が長すぎてうっとおしいと言われた俺を見た目で好きになるわけがない。
大沢は普通に学校でモテると聞くし、相手にも困っていないだろう。
それに後ろのこともあるし、考えられる可能性は――嘘告白。
しかし、もし本当に大沢が俺を好きな場合、そう断定するのは大沢の気持ちに失礼だ。
だから真剣に考えるべきなんだろうが……やはり信じがたい。
「どうかな、水樹。私と付き合うっていうのは」
大沢が念を押してくる。
「えっと……」
どうするべきなんだろうか。
まずは噓か本当かを見極めなければいけないんだが……やっぱり、こういうのは真摯に答えて……
「………………ぷっ」
大沢が突如吹き出す。
そして腹を抱え、笑い始めた。
「アハハハハハハハハハッ! もう無理マジ無理! こんなの耐えられないから!」
「え?」
状況が飲み込めない。
すると後ろの階段の陰から、橋本たちが出てきた。
「おいみこっちゃんー! それは反則でしょ! マジありえないっしょ~!!」
「ま、言葉にしただけ偉いよね」
「それなぁ~」
「ガハハハハハッ!! よく耐えた方だぜ美琴はよ!!」
やがて俺を囲むと、手に持っていたスマホを俺に近づけてくる。
「はいッ! ドッキリ大成功ぉ~~~~~!!!」
「ドッキリ?」
「私が水樹を好きなのも、告白したのも全部嘘だし。ってか何マジになっちゃってんの?w私があんたみたいなクソ陰キャのこと好きになるわけないじゃんww勘違いも甚だしいっつーのwwwww」
「それな! オタク陰キャくんの悩んでる顔、マジメシウマだったわ~~!」
ケラケラと笑いが起こる。
なるほど、やっぱり噓告白だったか。
「なぁなぁオタクくんよぉ! マジで美琴に告られたと思った? そんで想像したんだろ? 美琴と付き合って、S〇Xすんのをよぉ!」
「うわキッモwww童貞ってすぐそういうこと想像するよね」
「童貞くんなんだししょうがないんじゃなぁい?」
「まぁまぁ、可哀そうだからやめてあげなよ。水樹くんが惨めになるだけでしょ?」
「アハハハッ! それ言えてるわぁ~!」
罵詈雑言を浴びせられる。
そうか。俺は今、こいつらに見世物にされているのか。
そのための噓告白。
こいつらに何のメリットがあるのかと思えば、そういうことか。
「ってかこれ、バズんじゃね⁉ 動画上げたらさ!」
「確かにwwwこいつの噓告だってわかったときの表情マジヤバかったもんな!」
「可哀そうだってぇ~~~」
「まぁいいんじゃない? 少しでもいい夢見せてあげられたんだからさ?w」
「ちょっと葉月キツすぎwwww」
また五人、教室の時のように騒がしく話す。
……多少思うところはあるものの、相手にしたって仕方がないな。
「もういいかな? 帰っても」
俺が言うと、五人は一瞬固まり、顔を見合わせ……。
「「「「「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」」」」」
「なぁ聞いたかよ! もういいかなだって!!!」
「これ傑作wwwマジヤバい動画になってるってwwww」
「童貞くんおもしろ~いwww」
「いいよ帰ってwwお疲れ、オタクくん」
「バイバーイwwww」
俺を馬鹿にするように笑う五人に背を向けて歩き始める。
相手にするだけ無駄だ。むしろ相手にしないことがこの場合、正解に違いない。
俺は自分にそう言い聞かせて、その場から立ち去ったのだった。
♦ ♦ ♦
翌朝。
いつも通り学校に登校したのだが……。
「ねぇ、あの人じゃない?」
「あぁ、あの動画のw」
「よく平気な顔して来れるな」
「可哀そ~ww」
「マジ傑作だよなww」
「さすが大沢たちって感じだわw」
やけに視線を集めている。
だが、全く心当たりがなかった。
疑問に思いながら教室に到着する。
橋本が俺に気が付くと、
「あぁーーーーーー! 有名人だぁ~~~~~~!!!」
俺を指さしながら大きな声で叫ぶ。
教室中の注目が俺に集まった。
大沢たちは俺を見て、人を小馬鹿にするようにニヤリと笑っていた。
橋本が俺の下にやってきて、肩に腕を回して胸を小突いてくる。
「なぁなぁ! 今どんな気持ち? ネットで有名人になったのはさぁ~! やっぱ何がどうであれ嬉しいの? 胸張っちゃったの⁉」
「言ってる意味がよくわからないんだけど」
俺が言うと、橋本が大沢たちを見てゲラゲラと笑った。
「今の聞いた⁉ オタクくんめっちゃとぼけてんだけどwwwマジだっせ~www」
「とぼけてるも何も、何を言ってるのかさっぱりなんだが」
「あーそういうムーブマジいいから。冷めるわぁ~ww……はぁ、しょうがないなぁ。寛人くんが教えてやるよ~! ほれ」
「ん? これは……」
橋本から見せられたスマホに映る、一本の動画。
そこには俺が映っていて、場所は校舎裏だった。
「もしかして、昨日の?」
「そ! SNSに上げたらバズっちゃってさぁ! 見て! 一万いいね!! 一万人もこの動画にいいねしちゃってんだよ~! ヤバくね⁉」
SNSをやっていないのであまりよくわからないが、一万人は相当多いはずだ。
「マジよかったね~! 俺たちのおかげで有名になれてさ~~~!!」
橋本が俺の背中をバンバンと叩く。
そしてニヤリと笑うと、人の神経を逆なでするような声で言うのだった。
「ま、お前がフラれる動画だけどwwwwww」
橋本の言葉に、大沢たちが笑い始める。
どうやらバズってしまったらしい。
俺が大沢にフラれる動画が。
――だが、この動画が俺を取り巻くすべてのものを一変させた。
そこは教室で。
そこはスタジオで。
そこは自宅で、そして……。
「これは……」
とある美少女たちが、それぞれスマホを見てニヤリと笑みを浮かべる。
スマホに映るのは、一人の男の子がフラれる動画であり。
そしてその男の子は、彼女たちが探していた人物だった。
「…………やっと見つけました」
――この時の俺は思いもしなかった。
この動画がバズることで、他校で有名なあの美少女たちが俺の下に殺到するなんて。