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東京支社長(2)

 

 抜本的な対策が必要だった。

 疲弊した社員の心に温かい風を吹き込まなければならない。

 それも、大至急。


 先ず、前支社長の取り巻きを全員、大阪本社へ送り返した。

 降格という土産つきで。

 次に、パワハラで精神に大きな傷を受けた社員を見舞い、仕事に復帰できるよう全面的にバックアップすることを約束した。

 そして、妊婦ハラスメントで辞めざるを得なかった女性社員の自宅を訪問して、会社の非を詫び、「ぜひ復職してほしい」と懇願した。


 その次にやったのは、社内の整理整頓だった。

 こんな乱雑な状態では仕事が(はかど)るわけはなかった。

 それに、重要な書類とどうでもいい書類が混在しているのだ。

 間違って重要な書類を廃棄する可能性があるし、取引情報や個人情報が漏れる危険性だってある。

 放置するわけにはいかなかった。


「今日は一日、机の周りや社内の片付けに専念してください」


 全員を集めた朝礼で指示を出した。

 そして、汚い社内を見渡して方々を指差しながら、「机の上が整理できない人が仕事の優先順位を付けられるはずがありません。先ず、机の上を片づけてください。無駄な書類や古い書類は破棄してください。重要な書類だけを残してください。重要な書類は鍵のかかる引き出しなどに保管してください。定時になって会社を出る時は机の上には電話以外何もない状態にしてください」と申し渡した。


 その日は2台のシュレッダーがフル回転だった。

 切り裂かれた書類を詰め込んだ大きなビニール袋が何十個も積み上がっていった。


        *


 終業時間のチャイムが鳴り、わたしは社員に声をかけた。


「お疲れさま。今日は残業を禁止します。今すぐ全員帰ってください。明日からの仕事のために英気を養ってください」


 社員はびっくりしたような表情を浮かべたが、すぐにラッキーというような感じになって、「お疲れ様でした」と挨拶をしながら、いそいそと会社を出て行った。


 全員が退社したのを見届けて、確認するために社内をゆっくりと歩いた。

 全員の机の上が何も置かれていない状態になっていた。

 放置されていた段ボールも片付けられていた。


 これでよし、


 明日からの再スタートに思いを巡らせた。


        *


 翌朝の朝礼で、全員に対して宣言をした。


「地位や権力を利用した嫌がらせや性的嫌がらせ、そして、妊婦に対する嫌がらせなど、すべてのハラスメントを根絶します。やらない、させない、許さない、の『ハラスメント三ない運動』を徹底して推進します」


 すると、社員の顔にほっとしたような表情が浮かんだのが見えた。

 中には疑わしそうな目をしている者もいたが、殆どの社員はわたしの言葉を前向きに捉えてくれているように感じた。

 それで意を強くしたので、全員の顔を見回して、もう一つ宣言した。


「わたしは昼食は一人で食べます。社員の誰かを誘うことはありません。特定の誰かとお酒を飲むこともしません」


 取り巻きは作らない、誰も依怙贔屓(えこひいき)しない、という宣言だった。


        *


 支社長に就任して半年が過ぎた頃、上司から虐めを受けて傷つき自宅療養していた男性社員が、一人二人と戻ってきた。

 そして、妊婦ハラスメントで辞めざるを得なかった女性社員も、出産を経て、復職してきた。

 確実に社内の空気は明るくなっていった。


 ある日、仕事に復帰した30代の男性社員から出社当日にメールが届いた。


「もう仕事に戻るのは無理だと諦めていました。前支社長から受けた酷い言葉が頭に浮かぶ度に吐き気を催し、実際に何回も吐きました。夜も眠れず、ふらふらと、夢遊病者のような毎日でした。そのうち自分を責めるようになりました。こんな弱い自分だからいけないんだと、自分の存在価値を疑うようになりました。自分なんて、自分なんていなくてもいいんだ、毎日そう思って生きていました。そして遂に絶望が襲ってきました。深い闇の中で、こう考えるようになりました。もう生きていても仕方がないと。

 そんな時でした、支社長が家に来られたのは。支社長の温かい言葉がなかったら、私は自らの手で命を絶っていたかもしれません。ギリギリのところでした。

 まだ心の安定は得られていませんが、なんとかやっていけると思います。道は長いと思いますが、温かく見守っていただければ幸いです。本当にありがとうございました」


 復職した女性社員からもメールが届いた。


「妊娠がわかった時は嬉しくて、天にも昇るような気持ちでした。ですので、上司にその報告をした時は喜んでくれるものとばかり思っていました。でも、おめでとうの言葉もなく、退職を勧められました。予想もしていない言葉を受けて、呆気にとられてしまいました。私は何か悪いことをしたのでしょうか? 子供を育てながら仕事を続けたい、家庭と仕事を両立させたい、そう考えていた私の夢は砕かれました。

 日本は少子化が進んでいます。それは将来を担う若者が減っていくことを意味しています。日本はどんどん厳しい状況になっていくのです。そんな中で、私が産もうとしている子供は、日本の将来を支える貴重な、なんと言うか、日本の宝とも呼べる存在ではないでしょうか。私は日本の宝を産もうとしていたのです。それなのに、妊婦はいらない、という冷たい仕打ちを受けました。ショックでした。落ち込みました。夫が慰めてくれましたが、立ち直れませんでした。その日以来、つわりがひどくなり、一日に何度も吐きました。生まれてくる子供のために栄養を取らなくてはいけないのに、ほとんど何も食べられませんでした。点滴を受けるために入院したこともありました。

 不安な気持ちのまま臨月を迎えようとした時でした、支社長が家に来られたのは。会社の対応を詫びていただいた上に、復職への道を開いていただきました。もしあの時、支社長の温かい言葉を聞かなかったら、正常な出産ができたのかどうか、考えただけでも恐ろしくなります。でも、妊娠した女性社員の立場に理解を示していただいた支社長のお陰で、私は幸せな気持ちで子供を産むことができました。母になった喜びを感じています。本当にありがとうございました。心より御礼を申し上げます。

 家庭と仕事の両立は簡単ではないと思います。しかし今、私はヤル気満々です。短時間勤務であってもフルタイムの仕事量をこなしていきます。思いもかけなかった復職というプレゼントをいただいたのですから。本当に、本当に、本当に、ありがとうございました」


 良かった……、


 彼らのメールを読んで、そして実際に彼らの笑顔を見て、ホッと胸を撫で下ろした。

 そして、これからもできるだけの支援をしていこうと強く心に誓った。



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