採用面接
「写真と……随分違いますね」
わたしの頭と写真を見比べて、一次面接の担当者が驚いていた。
「覚悟を決めてきました」
「覚悟?」
「大学時代の甘い考えを断ち切る覚悟です」
「そうですか」
面接官がもう一度わたしの頭を見た。
その目は笑っていなかった。
真剣に受け止めてくれたように思えた。
しかし、たいした質問もされないまま、呆気ないほど短い時間で終わった。
一気に不安になった。
真剣に受け止めてくれたのではなく、バカじゃないかと思われたのではないか、覚悟の浅さを見透かされたのではないか、そんな気がしていたたまれなくなった。
家に帰る足取りは重かった。
*
その夜から不採用通知が届く夢を毎晩見るようになり、その度に汗びっしょりになって飛び起きた。
すぐに着替えてベッドにもぐりこんだが、また同じ夢を見るのではないかと不安になり、目をつむるのが怖かった。
でも、眠らないわけにはいかないので、「嫌な夢を見ませんように」と祈って、夢を見た時と違う姿勢で横になった。
そんなことが6晩続いた日の午前中、会社から手紙が届いた。
ただ宛先が書いてあるだけのそっけない封筒だった。
封を切るのが怖かった。
〈誠に残念ではありますが〉とか〈ご希望に添えず申し訳ありません〉とか書かれていたら最悪だからだ。
ハサミを持ったまま、開けるのをためらい続けた。
しかし、いつまでもそうしているわけにもいかず、恐る恐る封を切ると、三つ折りになった紙が出てきた。
広げると、恐れていた文字はどこにも見当たらなかった。
あ~、
体の奥に溜まっていた凍った不安の塊が飛び出してきて、口から出た瞬間、それは蒸発して消えていった。
やった……、
両手を首に持っていくと、皮一枚で頭と体が繋がっているように感じた。
*
1週間後、最終面接を受けた。
面接官は、本社の人事部長と東京支社長の二人だった。
二人共、わたしの頭を見るなり、驚きの表情を浮かべた。
「よくまあ、そこまで思い切ってバッサリと……」
人事部長が信じられないというように首を振った。
「しかし、たいしたもんだ。丸坊主とはね、中々できない」
東京支社長はしきりに感心していた。
それ以降は、ゼミやアルバイト経験などの学生生活に関することや、両親や妹など家族に関すること、そして最後に、自分の強みと弱みを聞かれて、15分ほどで終わった。
手応えは充分だった。
事前に準備していたので、完璧に答えられたと思う。
それに、人事部長も支社長もニコニコしていたので、気に入ってもらえたのではないかと思った。
家に向かう足取りは軽かった。
*
5日後、会社から手紙が届いた。
今度はすぐに開けた。
怖がっていたって結果は変わらないからだ。
それに、手ごたえを感じていたので、不採用の予感はなかった。
封を開けて中を見ると、期待通りだった。
それでも、熱いものがこみ上げてきた。
やっと一歩を踏み出せると思うと、喉が詰まったようになった。
「ありがとうございます」
手紙に向かって頭を下げた。
すると、〈しっかりやれよ〉という声が聞こえたような気がした。
「頑張ります」
手紙に向かって強く誓った。
*
あっ!
急ブレーキに驚いて目を開けると、「急停車します。ご注意ください」という自動アナウンスが耳に入った。
〈ご注意くださいと言われたって、ブレーキをかけたあとで言われてもどうしようもないだろう〉とブツブツ言いたくなったが、よく見ると、次の駅に到着しているようだった。
ん?
なんだ?
その後はなんのアナウンスもなく電車は止まったままだったので、車内がザワザワしてきた。
すると、ゆっくりバックをし始めた。
理由の説明はなかったが、オーバーランが原因のようだった。
「素人か!」
隣で吊革を掴んでいる乗客が吐き捨ててから舌打ちをした。
やっと所定の位置に停車してドアが開くと、三人組の若い男性が乗り込んできた。
ドア付近に立った彼らの顔はツルツルとして大学生のようにも見えたが、スーツを着ているので新入社員なのだろう。
試採用期間が終わって辞令が出た頃かもしれない。
そう思って聞き耳を立てていると、希望が叶った人とそうではない人に分かれていることがなんとなくわかった。
一人だけ口数が少ないのだ。
ウキウキと話す二人を羨ましそうに見ているようにも見えた。
でもね、
わたしは心の中で呟いた。
これからの長い会社員人生、一喜一憂する必要はないんだよ。
良いこともあれば悪いこともある。
悪いことがあれば良いこともある。
良いことが長く続くことはないし、悪いことも長く続かない。
もし転職しなかったら、少なくとも65歳、いや、君たちの時代の定年は70歳かな?
とすると、50年近く同じ会社で働くことになる。
50年と言えば、1万8千250日になる。
時間に直せば、43万8千時間。
分に直せば……、
止めておこう。
とにかく、物凄い時間を仕事に費やすことになる。
もちろん、この中には仕事以外の時間も含まれている。
だから、8時間労働なら三分の一、そして、週休2日なら、更に7割になる。
しかし、食事中も、風呂に入っている時も、デートをしている時も、ふと気づくと仕事のことを考えていたりする。
睡眠中だってそうだ。
仕事の夢にうなされることも少なからずある。
働き出せば、仕事中かそうでないかに関わらず仕事に支配されてしまうのだ。
そんなものだ。
定年まで働いたわたしの経験から言えば、仕事ばかりしていたとしか言えない。
家族には申し訳なかったが、本当に悪かったと思っているが、事実だから仕方がない。
仕事がすべてだったのだ。
もちろん、全部が全部うまくいったわけではないし、苦々しい思いをしたこともある。
でも、これだけは言える。
〈仕事のない人生は考えられなかった〉と。
それくらい仕事の存在感は大きい。
だから自分にとって仕事とはなんなのかよく考えてもらいたい。
今始まったばかりの君たちにとって仕事とは何か? どう向き合うのか? その答えを自分で見つけてもらいたい。
そして、悔いのない人生を過ごしてもらいたい。
心からそう思う。
濃紺のスーツに身を包んだ三人の若者が次の駅で降りた。
その後姿を見ていると、自分の新入社員時代のことが蘇ってきた。