第44話 戦いの合図
イレイスさんが熱を出してから一晩が経過し、今はお昼頃。女将さんが持ってきた薬草や、僕がちょくちょく回復魔法をかけたおかげで、熱は最初よりは下がってきた。しかし今だ体調が悪そうだ。
「シルフ、布を濡らしてきて」
「分かりました!」
「すまんな。2人とも」
イレイスさんが倒れた体を動かし起き上がった。昨日よりも表情は楽そうだ。
「いえ、日頃のお返しなので。」
「ありがとうな。そういえば私の両親は今どこに?」
「イレイスさんの両親なら魔物討伐に行きました」
今日の朝、部屋にあの2人が来て魔物を倒しに行くと言っていた。本当はイレイスさんの看病をしたいようだが、魔物の大群が来ているらしく忙しいようだ。
「そうか...私が行ければ、みんなの負担が軽くなるのだがな。」
「ダメですよ!ここは任せましょうよ」
イレイスさんなら無理してでも行こうとするのは予想がついていた。イレイスさんのお母さんも似たようなことを言っており、止めて欲しいと僕に頼んできた。
「そうですよ。イレイス様。イレイス様の両親ならすぐ帰ってきますよ。それにもしものときは私が行きますから」
「そうだよな。私は早く治すのが優先だな」
「そうですよ!今はゆっくりと過ごしてください」
よかった。無事納得してくれたようだ。イレイスさんも言っていたがあの2人は相当強いから大丈夫だろう。魔物の大群か。何か嫌な予感がする。
「困りましたね」
「そうだな」
昨日よりも敵の強さが上がっている。でも相変わらず動きは単調だから、まだ大丈夫だと思う。
「昨日と同じように動くぞ。レンナ準備はいいか?」
「大丈夫よ!」
「ライア!他の冒険者に連絡を」
「はい、はい。分かりましたよ」
俺と周りの冒険者が足止めしている間に、レンナの広範囲魔法。準備ができたら、ライアの拡散魔法で周囲の冒険者に連絡して退散。これが今回の作戦だ。
「危ねぇぞ!」
「あっありがとうございます」
「後ろに気をつけな」
今回の冒険者総出のクエストは初心者から俺みたいなな引退した人まで参加する。初心者でもいるだけマシだが、危ねぇ場面が多くて助けなきゃいけない。
人手不足というのは困ったものだ。
「攻撃くるぞ!」
「た、助けて。」「足が足が」
昨日よりも怪我人が増えてやがる。まだ回復要因が間に合っているから問題ないが、長引くと不味いかもな。
「フェルト、聞こえるか」
頭の中にライアの声が聞こえてきた。なんだ準備が終わったのか。
「なんだ?」
「昨日から感じる奥の強大な気配が近づいてきている。もしかしたら魔王軍の配下クラスかもしれない。気をつけてくれ」
なんとなくは分かっていたが、ライアが言うなら信憑性が高い。魔王の配下クラスか。最近一部の冒険者には魔王が時の勇者によって討伐されたことは報告された。何故か公言禁止だと言われたがそこはいいだろう。でもまだその配下がいるのか。こりゃあ思った以上にやべぇな。
「あはは!楽しい。楽しいぞ!」
「死にたく....うわぁ」
「こんなのおかしい....」
前方から女の声と悲鳴が聞こえる。しかもその強大な気配の源がいるようだ。
俺はその気配と声を頼りに走り出すと、目の前には悲惨な光景が広がっていた。
「う...あ...」
「フェルト....さん。逃げて」
「なんだ?そんなつまらないこと言うなよ!」
「いやぁぁ」
チッ。こりゃ厄介なことになったな。相手は獣人か。それも配下クラスの魔力と殺気だ。集中しないといけないな。
「お!新しい奴が来たな。それもこの中で1番強いようだな。俺を楽しませてくれよ。こいつらは弱いからな!」
チッ。こいつ、さっきから人を物のように殺してやがる。それに話している最中にも油断も隙もねぇ。
「おい、これを使え」
俺は近くで血だらけになっている男に魔道具を渡す。こういうときのためにいくつか用意してある。
「す、すまない。」
魔道具を受け取った男が魔力を込めると魔法陣が展開されて姿が消えた。
「おお!転送系の魔道具か。雑魚はいない方が楽しいもんなぁ!」
「そうだな。お前相手、俺だけで十分だよ!」
「おっ!」
奴に向けて斬撃を飛ばす。昔も今もこれが俺の最速の攻撃だ。しかし奴はそれを軽々と避けた。
「危ないな。まだ自己紹介がすんでいないんだ。戦いの合図は両方の自己紹介した後だろう?」
「.....そうかよ」
時間が稼げるならありがたい。この間にレンナの魔法が完成する。
「まずは俺からだな。俺の名前はファリフェン。元魔王の配下の内の1人であり、現龍王の配下の1人だ。お前は?」
龍王...知らない名だな。新しい魔王か。
魔力の溜まり具合的にそろそろ、レンナの魔法が完成する。
「俺の名はフェルトだ。元ランク1冒険者だ。」
「ランク1?よく分からないけど、強いってことか?」
「そうだな.....」
よし、レンナの広範囲魔法が完成したようだな。後は俺が逃げるだけ...
「それじゃあ戦おう!と言いたいところだが....あいつが邪魔だな。」
奴が上空に手を向けて、魔力を溜め出す。その方向を見るとそこには.....レンナがいた。
「レンナ!!逃げろ!」
「もう遅い」
奴がそう言って、手から何かをものすごいスピードで放した。その途端、さっきまであったレンナの魔力の消えてった。
「フェルト!フェルト!問題が発生した。何者かの攻撃でレンナがやられた。何が起きたかも分からなかった。」
レンナがやられただと、この距離だぞ。一体何をしたんだ。
「レンナは今、魔道具で退避させた。一応こっちは勝てそうだから、何人か仲間をお前の所に送る」
よかった。魔道具が発動したなら生きているはずだ。それよりも、こっちに仲間を送るのはダメだ。俺以外の奴が来ても変わらない。
「ダメだ!お前達はそっちの奴らを倒したら一旦退避しろ」
「お前はどうするんだ!」
「俺は目の前の奴を足止めする」
「無理だ。ここからでも分かるぐらいの魔力だぞ。流石のお前でも1人は.....」
「分かってる。危なくなったら逃げることはできる。だから、とりあえず逃げろ」
俺でも分かる。こいつには1人では勝てないことを。でもレンナがいれば勝てる可能性はある。
「.....分かった。俺達も回復したらすぐに戻ってくる。だからお前も無理はするなよ」
「.....分かった」
ここから町は20分ほど。その間どう耐えるかだな。
「やっと終わったか?」
「あぁ待ってたんだな。いつでも来てもよかったんだかな。」
「変な所に意識を向いてほしくないからな。これでフェルト、お前と全力でやれる!」
「.....行くぞ!」
こうして俺とファリフェンの戦いが始まった。