傘と雨と猫と
雨の降る朝、小学校へと向かおうと傘を差し歩いていた僕はなにか聞き慣れない音を聞いて立ち止まる。そしてその音の正体が気になり出処を探して辺りを見回した。
すぐにその正体は判明する。道路の近くのとある家の生垣に一匹の猫が倒れていたのだ。
助けを求めるように鳴くその猫を僕は思わず抱き上げる。そして弱々しくもがくその猫をどうしようかと悩み始めた。
この猫のことを考えるなら家に戻りタオルにくるんで牛乳なりなんなりを与えるのが良いだろう。だがただでさえすでに遅刻をするかしないかの境目なのだ。これまで無遅刻無欠席を貫いていた小さなプライドが猫なんて放っておけと叫んでいる。
だけど腕の中で弱々しく鳴く猫を見ていると、その小さい温もりを感じていると、この猫を無視して学校に行くのが本当に正しいことなのか分からなくなってしまった。
キーンコーンカーンコーン。
腕に猫を抱いたまま迷っていると、突如としてそんな音が耳に飛び込んでくる。朝礼の始まりを告げるチャイムだった。
つまり、もう遅刻することは決まったのだ。
僕はすぐに走り出した。学校に背を向けて。
その日の昼頃、僕は当然のように母さんにひどく怒られた。
先生が朝礼どころか一時間目の授業が始まっても教室に姿を現さない僕を心配して両親に電話をし、仕事を切り上げて帰ってきた母さんが居間で寝ている僕を見て怒鳴り声をあげたのだ。
あとで聞いてみると僕のそばには丸まったタオルと、温めた牛乳を入れたはずの深皿が空になって転がっていただけで猫はいなかったらしい。
猫を助けたんだと言ったら、それなら学校に預ければ良かったでしょと言われてしまった。
夜になり帰ってきた父さんにも僕は怒られた。しかし父さんは実はそんなに怒ってはいないらしく、形だけ怒ったあとに母さんの目を盗んで僕にこう耳打ちをしてきた。
「次からはサボるんなら僕か母さんに連絡をしてからサボりな。心配するからね」
そんなことを言ってヘタクソなウインクを僕に投げてきた。そして、こう続けた。
「でも、小さな生き物を助けたんならその内に恩返しがあるかもね」
そんなことがあったなあと思い出しながら、社会人になった僕はザアザアと降る雨を眺めていた。
そして僕の隣には、人のように二本足で立っている猫がいる。その手というか前足には、目玉のついた唐傘、所謂からかさおばけと言われるものと思われるものが乗っている。
「あのときに助けてもらった猫です。ずっと恩返しをしようとしていたのですが、なかなかチャンスがなかったので……しかしどうやら今日は不意の雨でお困りの様子! ささ、この傘をお使いください」
そう言いながらずずいと僕の方にからかさおばけを出してくるその猫を視界の端に入れながら僕は頭を悩ませている。
この好意を無下にしたら、下手をすればこの妖怪猫に祟られてしまいそうだ。だけど、からかさおばけなんか使って帰ったら僕自身が妖怪だと思われてしまうんじゃないだろうか?
早く雨が止まないかなあ、先ほどからずっとそんなことを考えている僕のことを嘲笑うように、雨足はどんどんと強くなっていっていた。
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