フリーエル
俺は焚き火のパチパチとした音に鼓膜を刺激され、そっと薄青色の目を見開いた。焚き火の側に座っているのは、俺が意識を失う直前に見た、銀髪の少女だ。人間。それを意識した途端、俺の体に力がこもる。
俺は元々人間だったが、例のこともあり、すっかり人間恐怖症になってしまった。こいつも俺を殺す気だろうか。そう考えていると、彼女の容姿に俺は違和感を感じた。彼女の耳がまるでエルフの耳のように尖っていたのだ。
そこで俺は父の言葉を思い出す。父は人間とは、耳が丸く、人間のは異なる生物の亜人とは耳が尖っていると言っていた。亜人とは何かというと簡単に言えば、人間より強い力を持つ種族のことだ。
つまり、この少女は人間ではないということになる。その事実に俺は妙に納得ができた。この少女は、人間離れした容姿をしているからだ。よく見ると、手には、獣のように、すらっとした爪が生えており、明らかに人間ではない。
意識を失うときには、姿を詳しく確認できなかったので、そのような勘違いを生んだのだろう。そこで、俺はこれからどうしようかと考える。今のところ、少女は焚き火を見ていて、俺が起きたことには気づいていない。
ゆっくりと翼を動かすと翼がしっかりと固定されていることに気づいた、恐らく包帯のようなものが巻かれているのだろうと推測する。少女は俺の手当てをしてくれたのだ。少なくとも、この少女は俺の敵ではなさそうだ。俺は勇気を出して話しかけてみることにした。
「あの……」
まだ、焚き火を見ている少女に俺は呼びかけ、注意を向けようとする。その言葉にやっと俺が起きたことに気づいたのか、少女がこちらに紅の瞳を向ける。しかし、少女は何も言わず、また焚き火を見ることに集中する。
旅では、決して火から目を離すなとは言うが、そこまで見なくてはいけないものだろうか。それとも、俺の言葉が通じてないのか。その根拠は十分にある。生物学上、この世に言語が一つだけと言う事は、あり得ないだろう。
俺を追ってきていた人間達。逃げ去る時は必死で、そんな事は意識しなかったが、あいつらが、話していた言語は今までに聞いた事のない言語だった。もしかしたら、俺が使っている言語は、ドラゴン語であり、亜人には、理解ができないのかもしれない。
その考えにいたり、俺は悶絶する。言葉が通じないとなると、一体どうやって、コミュニケーションを取ったらいいんだ。事実上、俺は今孤立状態だ。家族は生死不明。体もボロボロで飛ぶことすら、ままならない。
誰かに頼るしか、生きる方法がない現状の俺にとって、言語の問題というのは大きな壁である。だがらこそ、少女が発した言葉に俺は驚く。
「貴方はどうやってこの蠱毒の巣にまよいこんできたの?」
「言語通じるじゃん?!」
少女が俺と全く同じ言語を話すので、先程の考えは完全に、杞憂であった。その俺の返しに、少女は訝しげな目をする。
「当たり前でしょ。 亜属の言葉は、一つに統一されてるんだから」
俺は父に教わったことを思い出してみる。確か、モンスターと亜人を含める時は、亜属。亜人だけを指すときは亜人と呼ぶはずだ。
「そうだったんだ。 でも言語を一つに統一なんて、難しくない?」
「戦争している時、仲間の指示の言葉が分からなくて、死んだなんてお話にならないでしょ。 だから、数百年前、亜属と人間の戦争が起きているとき、魔王が亜属の言葉を統一したの」
少女は俺の質問に親切に答えてくれる。魔王とかいるんだ。この世界。ちょっとファンタジーぽっくなってきたな。しかも、戦争とこの少女は言った。この世界は色々と物騒なことが起きていたらしい。
「それより、早く私の質問に答えて」
「あ、うん。 えっと意識が曖昧でよく覚えてないんだけど、虹色の森から、五〜六キロ離れたあたりに、大穴が出現して、落ちたとこまでは覚えてる」
「虹色の森……。 どうりで、見た事のない景色だと思った。 あの場所に蠱毒の巣が出現した事はないから」
「さっきも言ってたけど、蠱毒の巣って一体何?」
「あなた、本当に何も知らないのね。 蠱毒の巣。 人間達は、底無しの迷宮と呼んでいるけど……」
どちらにせよ、物騒な単語だ。
「入ったら、二度と出られないと言われている、魔物の巣窟」
「じゃ、そこに事故で落ちてきた僕って、かなり運が悪いんじゃ」
「えぇ。 貴方みたいな最弱なモンスターは、まっ先に魔物達に殺されるでしょうね」
「そんなぁ」
どうやら、ドラゴンは本当に世界最弱の亜属であるらしい。あれ、でも俺がまっ先に殺されていない理由って……。そこまで考え、俺はそっと自分の体を見下げる。会話に夢中になっていて、気がつかなかったが、よく見たら手や足にも包帯が巻かれている。そこで、俺は遅めのお礼を告げる。
「これ手当てしてくれたの君だよね? どうもありがとう」
「別に、情で手当てをしたわけじゃないわ。 私が貴方を助けたのは、貴方のその翼に用があったから」
そのセリフに俺は軽く背筋が凍る。
「ま、まさかドラゴンの翼はこの世界の高級品で、僕の翼をもぎ取って売ろうとしてるとか……?」
「確かに、ドラゴンの翼は高級だけど、私、お金に興味はないから。 それに上手く剥ぎ取る自信がないし」
「最後の言葉がなければ、僕も心から安心できたのに」
「上を見てみて。 穴の入り口に上から下に発生している強風があるでしょ」
俺は少女の指さした、上を見上げそれを確認する。いわゆる、下降気流というやつだろう。
「うん、見える」
「あれがある限り、空を飛べる種族でも上へ上がる事はできない。 この、気流を生み出しているのは、この巣の最奥にいる魔物、"ツージャ"」
「前から、思ってたけど、亜属と魔物ってどう違うの?」
「亜属の中でも、知能を持っていない種族のことを魔物っていうの」
少女は俺の質問攻めにもやんわりと対応してくれる。お陰で、話しが何度も斜め方向にズレるが……。
「そいつは、そこまで強い魔物じゃないけど空を飛んでいるから、私の攻撃が届かない。 でも、そんな時貴方が落ちてきた」
「つまり、僕に乗ると?」
俺の質問に少女は頷く。なるほど、さすが異世界。助ける理由まで、合理的である。しかし、ただの親切心で助けらよりも、こちらの方が信憑生がある。しかし、それを実行するのは大きな問題がある。
「でも、僕君が乗れるほど大きくないし、この怪我だよ」
「勿論、すぐなんて言わない。 ドラゴンだから、体もすぐ大きくなるだろうし、怪我だっていずれ数ヶ月で完治する。 私はここに何十年も魔王によって閉じ込められてきた。 数ヶ月なんて、私にとってはあっという間」
「数十年って、君何歳?」
「女の子に歳を聞くなんて、失礼だと思わない? ……まだ、百歳は超えてないから」
いや、それが何を意味するのかよく分からない。そんな、まだ二十歳超えてないから、的なノリで言わないで欲しい。要するに、この少女はかなり長寿の種族なのだろう。
魔王によって閉じ込められたと言う事は、この少女は何か魔王に逆らうような事でもしたのだろうか。そう考えると、俺はかなりヤバいやつに遭遇してしまったような気がする。
「というわけで今から私と貴方は協力関係だから。 貴方も一匹でいるより、私と一緒にいた方が安全でしょ。 お互い損はないはず」
「安全って……。 君強いの?」
見たところ、少女は腰に一本のナイフを身につけているだけで、その他に武器は見当たらない。体格も小柄で、とても強そうになんて見えない。
「この蠱毒の巣で、私は何十年も一人で生き残ってきた。 そこそこ腕に自信はあるつもり。それに 私は、"鬼"だから。 鬼はこの世で最も強い亜属。貴方の期待は裏切らない」
「そうなんだ……。 よし、じゃあ自己紹介!! 僕の名前はシルフォン。 これからよろしく!」
そう言って、俺は右手を差し出す。握手は挨拶の基本だ。少女は少し迷ってから、左手で俺の手を握る。
「私はフリーエル・リード。 家名は嫌いだから、覚えなくていい」
ここに今、最強の種族と最弱の種族の同盟が組まれたのだった。