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第2話

 おれが千種と初めて会った日、とあるファミレスにておれは母さんと話をしていた。


「というわけで、玄也(くろや)ちゃんには千種さんのお子さんと一緒に暮らしてもらうことになったから。わかった?」


「……いや、さっぱりわからないんだけど。結論だけじゃなくて過程をちゃんと説明してくれない?」


 なんでなにひとつ説明せずに、「というわけで」とか言い出してるんだよ、この人は。その言葉が会話の始めに出てくるのはどう考えてもおかしいだろ。

 あと、いつも言ってるんだけど、名前を『ちゃん』付けして呼ぶのはそろそろやめてほしい。


 だが、そんなおれの内心など伝わるわけもなく、母さんはため息をついた。


「まったく我が息子ながら情けないわね。一を聞いて十を知ってほしいものだわ」


「あの結論だけで全部理解しろとか我が母ながら無茶振りが過ぎる……」


「仕方ないわね。じゃあ、もう一度最初から説明するわよ」


「いや、だからしてないからね。なんで自分はちゃんと説明したのにおれが理解できなかったみたいな雰囲気出してるの?」


 そんなおれの抗議をスルーして、母さんは今度こそちゃんと説明を開始する。


「少し前に私の知り合いの千種さんと会ったのは覚えてるわよね?」


「ああ、覚えてるよ」


 確か、母さんが仕事で知り合って仲良くなったと言っていた人だ。母さんと同年代なのにやたらときれいな女性だったからよく印象に残っている。


「その千種さんのお子さんが玄也ちゃんと同じ高校に入学するのよ。つまり、あなた達はもうすぐ同級生になるわけね」


「そうなのか」


「ただ、ひとつ問題が発生したの。今、その子は千種さんと2人でマンションに暮らしてるんだけど、千種さんのほうが仕事の都合でマンションを離れることになったのよ。だから、このままだと千種さんのお子さんが一人暮らしをすることになっちゃうの」


「それは確かに大変かもしれないけど、問題ってほどではないんじゃないか? 一人暮らしをしている高校生だって多少はいるだろ」


「まあ、そうなんだけど、その子は一人暮らしには向いてないタイプなのよね。それに、千種さんとしてはやっぱり心配だから女の子に一人暮らしはさせたくないみたいね」


同じ親としてその気持ちはわかるわね、とでも言いたげに腕を組みながらうんうんと頷いている母さんにおれは疑問の声を投げる。


「……は? えっ、ちょっと待って? 千種さんの子どもって女の子なの?」


「さっきそう言ったでしょ。まったくちゃんと話を聞いてないんだから、この子は……」


「いや、だから言ってないからね。人のせいにするのやめてくれない」


 おれは抗議の視線を向けるが、母さんのほうはやれやれと言った感じで肩をすくめるだけで、特に気にしていないようだ。


「まあ、そんなわけで玄也ちゃんが千種さんと入れ替わりでそのマンションに暮らせば、問題解決オールオッケーってことよ」


「……ちなみに拒否権は?」


「もちろんないわ。これは決定事項よ」


「横暴だ……」


「あら、いいじゃない。男の子が女子高生とひとつ屋根の下で暮らせるなんて機会、そうそうないわよ。内心ではすごく嬉しいでしょ?」


 母さんはおれの脇腹あたりをうりうりーと小突く。ただ、母さんはおれと対面の席に座っているため手が届かず、手の代わりに足で小突かれている。せめて、靴を脱いでくれないかなあ……。


「仮におれのほうがいいとしても、それ相手のほうが駄目なんじゃないか? 女の子を見ず知らずの男と一緒に暮らさせるとか親も本人も納得しないだろ?」


「そのことなら、とりあえず親御さんのほうは大丈夫よ。『私の勘が問題ないと告げている。そして、自分の勘ほど信頼できるものはない』って言ってたわ」


「そういえば、前に会って話したときに自分は勘が鋭いとか言ってた気がするけど、それでいいのか……」


 あと、『自分の勘ほど信頼できるものはない』って台詞、なんかかっこいいな。おれも一回言ってみたいと思ったが、残念ながらおれにはそんな大層な勘はなかった。


「あとは、娘さんのほうに実際に玄也ちゃんと会ってもらって判断してもらう予定よ」


「……で、その娘さんがもうすぐここに来るってことか?」


「あら、察しがいいじゃない。さすがは私の息子ね」


「察しがいいって言うあたり、やっぱりちゃんと説明してないって自覚が――」


「あら、ちょうど来たみたいだからちょっと待っててね」


 母さんはおれの言葉を聞き終える前に席を立って店の入り口に向かってしまった。一応、スマホは見ていたけど、本当に連絡が来てたのか? おれに痛いところを突かれて、連絡が来たふりしてない?


 そう思ったのだが本当に連絡は来ていたようで、すぐに母さんは1人の女の子を連れて戻ってきた。


「というわけで、この子が千種さんの娘さんよ」


 そう母さんに紹介された女の子は、気さくに手を振りながら自己紹介してきた。


「はじめまして~。千種あかねです~。よろしくね~」


「………………」


「あれ~、どうかした~?」


「い、いや、なんでもない。最霞玄也だ、よろしくな」


「うん~、よろしく~」


 いかん、かなり可愛い女の子だったからつい見惚れてしまった。そして、そんなおれのことを気にもとめず、千種さんはおれの隣に座った。……えっ、おれの隣に座るの? 普通、母さんがおれの隣の席に移って、千種さんが対面の席に座るんじゃないの?


「お母さんから聞いてると思うけど、うちの息子はこう見えてけっこう優秀よ。家事は一通りこなせるからあかねちゃんの役に立つと思うわ」


「はい~、聞いてます~。家事ができるとか最霞くんすごいよね~」


「いや、そんな大したことは……」


 千種さんが目をキラキラと輝かせてこちらを見るせいで、なにやら気恥ずかしい。


 なお、母さんのほうは、「玄也ちゃんを存分にこき使ってもらって構わないわ」とか言っていた。なんでこの人、他人に子どもには優しいのに自分の子どもには厳しいの?


「それで、あかねちゃんから見てうちの息子はどうかしら? 一緒に暮らしても大丈夫そう?」


「あ~、そうですね~」


 千種さんはおれの目をじっと見つめ、数秒の沈黙のあと口を開いた。


「はい~、大丈夫です~」


「そう、よかったわ。じゃあ、これから玄也ちゃんをよろしくね」


「はい~、こちらこそよろしくお願いします~」


 今の数秒でどう判断したのかさっぱりわからないが、千種さん的には大丈夫らしい。もしかして、親御さんと同様に勘で判断していたりするのだろうか?


 まあ、それはそれとして、おれに拒否権は存在しないので同居話はこれで決定のようだ。


「じゃあ、話もまとまったことだしなにか食べましょう。ここは奢るからあかねちゃんも好きなものを頼んでいいわよ」


「え~、いいんですか~。ありがとうございます~」


嬉しそうに笑顔でお礼をいうと、千種さんはメニュー表を取りウキウキしながらそれを眺め始めた。そして、少しの間その姿を微笑ましく見ていた母さんがおれのほうに視線を向けた。


「あ、ちなみにお金を出すのは私じゃなくて玄也ちゃんね」


「いや、おれなのかよ……」


 さすがに、今のお金の件には拒否権があると信じたい……。

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