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ユンとサンとイスルギと死んでない依頼人

作者: 山田ラ

挿絵(By みてみん)



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



ユンとサンは仲良しの12歳。そっくりな双子。

顔もそっくり、身長も同じ。

ユンは左利き、サンは右利き。10歳の頃には2人とも両利き。

違うのは髪型だけ。


2人はいつも一緒。

喧嘩する事もあるし、1人になりたい時もあるけど、それはたまにで良い。




ある日、サンが死んだ。



ユンはとても悲しんだ。


ユンの悲しみに、【神器】が応えた。


神器はサンを蘇らせ、ユンは【神器・ネクロマンサーの杖】の所有者になった。





そして約20年後、現在。




ここは、ゴーストタウン。

寂れた街という喩えではなく、ゴーストが住んでいる街。


ゴーストと、人間と、たまにやって来る冒険者が入り交じる陽気な街。

ネオンで彩られた街角では、バンドが様々なラッパを吹いたり、バンジョーを弾いたりしている。


ここでなくても、世界中どこの盛り場でも、大きな酒場ならステージがあるものだが、この街ではどこの酒場にもステージがあって大体ピアノがあるか、建物自体がオルガンという店もある。


そして、この「ブルー・サブミッション」はこの辺りで最も人気の酒場。

……と、従業員たちは思っている。

ステージは大きめで、バンドが来た日なんかは卓も椅子も脇にやって、お客さんはギュウギュウの大賑わい。


ピアノだって立派な物だ。

この街でピアノの良し悪しは非常に重要だ。店の顔とも言われる。

どんなに美味い料理を出せてもピアノがしょぼい店に客は来ない。

白鍵は龍の牙、黒鍵は龍の爪。……と、マスターは言っている。


マスターはゴースト。

ピアノは弾けないが、マスターのモチ米入りソーセージは最高。一度食べたらもう他のモチ米入りソーセージは食べられない。

きっとモチ米に秘密があるのだろう。


ブルー・サブミッションに、今日も陽気なピアノが響く。


ゴーストというのは人型モンスターだ。

暗くて涼しくてじめじめしたような場所を好んで住んでいて、人間のように暮らしている。

全体的に血の気の無い色で、目玉や脳みそが飛び出していたり、一部骨が露出していたり、若干透けていたり、下半身が無くてフワフワ飛んでいたり、手足や首がもげたり、というビックリするような見た目に慣れれば、人間だったら激レア能力・サイコキネシスを、100%使えるというだけで、暮らそうと思えば両者は普通に一緒に暮らせる。

人間と同じで、


・良い奴

・そうでもない奴

・悪い奴


が居る。

人間と違うのは、人間には


・ゴーストが、見えるし触れる奴

・見えるけど触れない奴

・見えないし触れないけど声は聞こえる事がある奴


が居る、という所か。



人型モンスターといえば、ゾンビというモンスターもいるけれど、腐っていて臭いし、人間やゴーストを襲うことしか考えてないし、というか考えてるかどうかも実際怪しい。臭いし、力も強く、恐ろしいモンスターだ。しかも臭い。

……余談だが。


それから、ゴーストと生息域がかぶっている【オバケ】というモンスターがいて、オバケはゴーストと違って誰にでも見えるが、人間でもゴーストでも


・見えるけど触れない奴

が殆どで、

・見えるし触れる奴

は少ない。


だが、オバケ側からは自由に触れる。

触られただけで怪我をするし、命に関わる事もある。

ただ漂っているだけで恐ろしいのに、奴らは明らかに害意を持って襲って来る。


だから、オバケハンターが要るのだ!!



「オバケーーーっ!!!窓から入ってきた!!」


突然ブルー・サブミッションに客の叫び声が響き渡る。

窓をすり抜けてオバケが入って来たのだ。

ショッキングピンクの棒を背負ったピアノ弾きは陽気な演奏を止め、黒塗りのピアノに飛び乗る。

その腰に下げられたの短剣、右に2本、左に2本の鞘がぶつかり合って音を立てる。


「ユン!!」


マスターが驚いて声を上げる。


「全員卓に伏せて!!!」


ユンは1本の短剣を抜きながらピアノから踏み切り、オバケに向かって飛び、両断した。

オバケは煙のように消え、金色のコインが床に転がる。

机の中央に着地、足元に向かって飛んできたオバケを上に飛んで躱し、踏んで仕留めて2体目。

3体目、最後の一体に向かって踏み切り、背中側から追い抜きざまに両断。そのまま1人がけの客の向かいの椅子に器用に着地する。

煙の様に消えたオバケから、客のソーセージシチューに、赤い石の指輪がポチャンと落ちる。

ユンはそれを拾い上げて人差し指にはめてみる。


「どう、似合う?」


すると、店内の人々は、


「成り金。」

「邪魔そう。」

「普通に似合わない。」

「シチュー取り替えてもらえる?」

「もー!ユン!シチューの代わりに指輪をあげて。」


楽しげに笑う者、呆れる者。

ユンはオバケから出た指輪を客のお冷の入ったコップに落とした。


「換金すればシチュー5杯分にはなるから、おかわりしてね。」


ユンはにっこり笑って自分が指を突っ込んだソーセージシチューを客の席から取り上げて啜った。


「もー!ユンーーー!!!わざとソーセージシチューの上でオバケ退治をするのはやめてよぉ!」


シチューを持ってピアノの方へ戻る食いしん坊に、マスターは握った手をふんふんと振る。


「無理だね!」


ユンは左手で短剣を投げて、遅れて入って来たオバケを仕留めた。


「ソーセージシチューをメニューから無くすか、別のオバケハンターを雇ってよ。」

「ソーセージシチューは名物なの!ユンの事はオバケハンターじゃなくてピアノプレイヤーとして雇ったの!!ピアノ弾いて!!!」

「はいはーい」


ユンはピアノの上にシチューを置いて、演奏を始める。

このユンが【神器・ネクロマンサーの杖】の所有者、ユンであり、先程からずっと邪魔そうな、背中のショッキングピンクの棒が【神器・ネクロマンサーの杖】である。



そんな騒ぎ、少しも意に介さず、ステージから1番離れた隅の席で、占い師風の人間の女性が、掌に乗せた大ぶりな水晶玉を見て渋い顔をしている。向かいに座る若いゴーストの女性も、その水晶玉を覗き込み真剣な面持ちだ。

水晶玉に写るのはこの2人の女性ではなく、この場に居ない男女だ。


「彼氏、また浮気しちょうね。こりゃもう、治らん病気ばい。」

「そんな…!イスルギ様、私、これからどうしたら…??」

「知るわけ無かぁ〜!別れたら良かろうも〜!」


イスルギは、南国の訛りで投げやりに言い放ち、水晶玉を雑に置いて腕組みする。


「この水晶玉は過去と現在の事はわかっても、未来の事はなんもわからんち言うとるやろ。私は探偵!占い師やなか!!」

「占い師の格好してるのに!!」

「これは!!踊り子の!!衣装ばい!!!」


彼女の水晶玉は【神器・監視者の水晶玉】。イスルギもユンと同じく【神器】の所有者だ。


【神器】とは、凄いパワーを持った道具。

世界に幾つがある、……というふうに言われている。

なんかよくわからないけど、とにかく凄い道具。

使えれば凄いけれど、【神器】が選んだ人にしか使えない、っぽい。

【神器】は自分が選んだ者の前に気まぐれに現れ、気まぐれに消える、らしい。

詳しい説明が出来ればいいが、この世界の者達には、とにかく凄いという事しかわからないから、神が作った道具という意味の【神器】と呼んでいる。


「イスルギー!!踊りはまだかー!?ビアの2杯目が終わっちまう!!」


待ちくたびれたという客の声にイスルギは、やれやれと立ち上がる。


「浮気男に引っかかるやつは、浮気男ばっか好きになりよるけん。次は付き合う前にこっそり来な。身元調査しちゃるけん。」


イスルギはゴーストの女性の肩をポンポンと叩いて、壁に飾られた半透明な刃の剣を取り、ステージに駆け上がる。

ユンのピアノの曲調が変わり、神秘的な剣舞が始まる。


3杯目のビアを飲み始めた客も、浮気彼氏と別れを決めた客も、みんなステージに見入っている。



ドアが開き、ドアベルがカンランカンランと鳴る。


「ただいまー!」

「おかえりサン!」

「もー!サンんんーー!!遅いよぉーーー!!ユンがまたやったーーー!!」


ホール係は、サンに向かってひらひらと手を振り、マスターは、買い出しの荷物を持って帰って来たばかりのサンに泣き付いた。

サンは申し訳なさそうに笑う。


「ごめんねマスター。帰ってくる途中レッドフル・コンタクトでオバケ騒ぎがあってさ。」

「サンんんーーー!サンを雇ってるのは私!!ライバル店のオバケまで退治しなくていいのーーー!!!」


マスターは握った手をふんふんと振る。


「でも、オバケ、大きいの居たから、お宝いっぱい出たんだ!これ、分け前の金塊でしょーーー、銀塊でしょーーー」


サンは、ポケットから出したキラキラと輝くそれらをカウンターに置いていき、緑色の石の指輪を人差し指にはめてみる。


「どう、似合う?」

「もう!!!デジャヴ!!!」


これが【神器】の力で蘇ったユンの双子、生ける屍のサン。

ちなみに、マスターはサンが小遣い稼ぎに、わざわざオバケ騒ぎに首を突っ込みに行ったと勘違いしているが、サンは買い出しのついでとうそぶいて、時々レッドフル・コンタクトに寄っている。

常習犯である。

店に勤めるゴーストの彼女に会うためなのだが、マスターはまだそれを知らない。

ホール係のゴーストは、訳知り顔でやれやれと笑った。


そんなやりとりをしていると、またドアベルがカンランカンランと鳴り、人間が3人入ってくる。

3人とも年齢は20代半ばといったところ。

装備からして、冒険者だろうか?


"冒険者"は、依頼を受けて、モンスター狩をしたり、珍しい植物を採集する仕事。遠征する事もある、陸の漁師だ。

この辺りでモンスター狩りなら、オバケ狙いか。


「ガラガラな割に騒がしいな。」

「いや、めちゃくちゃ流行ってるぞ!?」

「座る席無さそうよ?」


見えない男1人、見える男1人、見える女1人。

ホール係とサンは顔を見合わせる。


「ねぇサン、見えないのにゴーストタウンに来るなんてヤバくない?」

「私も今、ココスキと同じ事思ってた。」

「イスルギの占い目当てかな?」

「どうだろ?……ならマシだけど。」


1人から不可視であれば、ゴーストのホール係・ココスキが対応する訳にもいかない。サンは面倒臭そうにため息をついて、3人に近づく。


「いらっしゃいませ、3人ですか?それとも待ち合わせ?」

「いえ、人探しに…。ここに、ネクロマンサーのユンが居ると聞いて来ました。」


"見えない"方の男が答える。


「ネクロマンサーの……、ええ。居ますよ。ピアノ弾いてます。邪魔しないでくださいね。念入りにボコボコにしてから出禁にしますからね。」


サンはあからさまに嫌な顔で応え、空いたテーブルに案内した。

浮気調査探偵イスルギに用がある奴は大体面倒。

ネクロマンサーのユンに会いに来る人間は基本的に事情が重い。


…まあ、【神器】の所有者2人両方に用がある奴は往々にしてやばいやつなので、それよりはマシなのだが。


「君は、……ゴースト?」


見えない男がサンに訊ねる。


「人間ですよ。非常に顔色が悪くて心臓が動いてないだけの。」


見えない男はピアノプレイヤーと目の前の店員を見比べて、ハッと目を輝かす。


「ユンの双子のサン?【神器】の力で蘇ったという…!!本物!?」

「よくご存知で。握手してあげましょうか?」

「ああ、ありがとうございます!」


2人は握手した。

サンは得意げに、にんまりと笑って、自分も席に着いた。


「私はパイロ。彼は幼馴染のレビト。そして、その妻のソルト。」


見えない男の名前はパイロというらしい。見える方がレビト。そして、見える女ソルト。


「ユンを探して来たなら要件は、死者蘇生?」


パイロ真剣な顔で頷き、そして語り出す。




私たちは、ここから離れた街に住む冒険者です。


私は、街の周りに出没するモンスターを狩ることと、捌くことを生業にしています。

このレビトとソルトさんは薬草や鉱物関係の仕事をしています。


私の妻・クレヤはピアノの教師をしていました。

彼女の生まれは鍛冶屋の家で、素材納品の折、実家の手伝いに来ていた彼女と出会いました。


やがて私たちは親密になり、私は彼女に求婚しました。

するとクレヤは、自分が【神器】の所有者である事を明かしました。


人の心を覗くことができるのだと。

私の心も覗いたことがあると。


それから程なくして、私たちは結婚しました。

そして、



「……そして、」


パイロは声を詰まらせる。


「………そして、結婚式の3日後、家に帰ると、クレヤの亡骸が転がり、【神器】が消えていました。クレヤが死に、【神器】が去ったのか、宝石と間違えて物取りが持ち去ったのかはわかりません。ただ、」


彼は気を沈める様に鋭く呼吸し、拳を握った。


「……ただ、刺し殺されたんです、目的が何であれ。事実として、妻の命は、何者かの手によって奪われたんです。」


演奏と踊りを終えたユンとイスルギが、サンの傍に来た。

ユンが居なくなったピアノの椅子には客が座り、クラリネットを吹き始める。


「どうしたの、サン?面倒臭い客?」


ユンは訊ね、シチューを啜ってモグモグする。


「面倒というか………。説明要る?」

「しょーがなかねぇ。」


サンが椅子を立ち、イスルギが代わる。

彼女が掌を上に向けて両手を出すと、水晶玉が現れる。


『ガラガラな割に騒がしいな。』

『嘘だろ?めちゃくちゃ流行ってるぞ!?』

『座る席無さそうよ?』


………………………



「事情は分かったけど、私にはクレヤさんを蘇らせることはできないよ。」


ユンは真面目な顔で、抑揚無く言った。


「何故ですか!!??死者蘇生の【神器】が使えるんでしょう!?」


ユンはゴトンと音を立てて卓に空の皿を置いた。


「まず1つ目。死者蘇生には、魂と肉体が無ければいけない。それから2つ目。蘇った死体には術者が生命力を分け与えなければならないが、私は既にサンに分けている。2人は無理。サンが死ぬ。」


そして、サンも真面目な顔で言う。


「そしてユンは私が1番大事。」

「そういう事。」


双子はぴったり息の合った左右対称の動きで、偉そうな腕組みをした。


「魂も肉体もそこにあるのに残念やけど……」

「「肉体!??」」


イスルギの言葉に双子は声を上げ、パイロは目を丸くする。そしてレビトに促され、カバンのポケットの中から柔らかげな布に包まれた瓶を出す。


「死者蘇生には遺体が必要と聞いて、遺灰を持って来たのです。」

「奥さん、…クレヤさん?あんたの側に居るよ。よっぽど離れたくないんやろな……」

「「新婚だもんなぁ……」」


気の毒そうにパイロの肩辺りを見るイスルギに、双子も同調した。


「あの、遺灰の事は、妻から聞いたのですか!?」


イスルギは答えず、立ち上がってココスキを呼んだ。


「ココスキ、こっち2人注文取ってやって。……パイロさんはちょっと私について来んね。サンも来んね。」

「私は?」

「お前は言われんでも来い。」


イスルギはユンを肘でつついた。


ーーーーー


ここはイスルギ探偵事務所。

イスルギの自宅であり、踊り子の仕事が無い日はここで依頼人に対応している。

ブルー・サブミッションの向かいに位置する事から、踊り子の仕事にその店を選んだ理由と関係が深そうだ。

壁には彼女の仕事用兼、趣味なのであろう、剣舞用の美しい剣が何丁も飾ってある。どの剣の刃も半透明でステージ映えしそうだ。


ユンが慣れた様子で4人分の茶を卓に用意し、イスルギとサンが腰掛けるソファの真ん中に座った。


「遺灰を持っとるんが判ったんは、肉体が必要やち聞いて、奥さんが鞄を見たからだよ。」

「「さすが探偵!」」


双子は感嘆する。

わけがわからない、というふうに鞄と3人を見比べるパイロに、イスルギは切り出す。


「この水晶玉は覗いた人間の過去を見、その人間と縁のある人間の過去まで見る事ができる【神器】ばい。

ただし、覗く人間と覗かれる人間の"縁"の強さで見える範囲は変わる。

時間も視野も、縁が強ければずっと昔の事まで辿れるし、広範囲の事がわかる。」


次々に不思議な事を言われて、理解しているのかいないのか、神妙な面持ちのパイロに、イスルギは「し、か、し」と畳み掛ける。


「死、というのは、魂をこの世の全ての縁から切り離してしまうばい。その後は、どれだけ縁の強いモンが覗いても何も見えんようになってしまう。でも、魂がそこに居れば、魂の記憶を水晶に映し出せる。」

「……つまり?」


パイロはやっと、疑問を口にしたが、冴えた質問では無かった。


「察しの悪か男やね。あんたは無理でも奥さんが水晶を覗けば、奥さんを殺して神器を奪った犯人は分からんかも知れんけど、分かるかも知れんちことばい。」


「「「 ! 」」」


パイロ以外の3人が驚いたように彼の隣を見る。

そのまま暫く固まっていたが、3人一緒に頭を下げると、


「はじめまして、私はフドー・イスルギ。」

「私はユン・カララ・ウル。」

「同じく、サンです。」


端から順に自己紹介した。


「なんて意識と良識のしっかりした死霊なんだ。」


サンの呟きに、2人が頷き、パイロは自分の隣の空間と3人を見比べて混乱している様子だ。


ユンが訊ねる。


「どうして、今まで沈黙を……?」


その声に重なってパイロが、


「妻がここに居るんですか!?お2人にも見えるんですか!?3人とも!?」

「だから居るち言いよろおがァ!!せからしかァ……!!……クレヤさん、どうぞ喋って。」


イスルギに怒鳴られたパイロは居心地悪そうにソファに座り直した。

3人は虚空に向かって、成る程、というふうに頷いた。


「……まあ、ゴーストは喋る・死霊は喋らない、みたいな事は偶に聞くけど。聞こえないんじゃなくて、喋らない死霊が多いってだけ。オバケハンターを仕事にしてるような奴は死霊の声も聞こえるモンだよ。」

「ユンの本業はピアノプレイヤーだけどね。それで、クレヤさんは何を話したかったんですか?」


「……じゃあ、その日の朝に、このパイロさんを見送った後の記憶は突然『体が痛い、どうして?』なんだ。…………あぁ、全然!役に立つとか立たないとかは考えなくて良いからさ!……ん?」


3人が神妙な様子でそれぞれ、うんうんと頷く。

パイロは隣の虚空を時々見つつ、膝に置いた手を見つめて3人の言葉に耳を傾けている。


「……クレヤさん。心の矛盾は誰にでもあるけん。それは人間もゴーストも犬も同じばい。」


イスルギは向かいに座るクレヤに腕を伸ばして、肩をさすった。


「どうして欲しいかは、ゆっくり考えて良いんだよ。暫くこの辺で賃貸とか借りるとかさ。私たち以外にも話せる奴居るから、ね。サンの彼女とか。」

「いや、軽率に巻き込むなよ。3人とも少し落ち着いて。」


サンがパイロの方を向く。

その表情には温度が無い。


「奥さんを刺した犯人は恐らくわからないけど、わかる可能性もある。もし、犯人がわかったら、どうしますか?」

「犯人が、わかったら……」


パイロは暫し黙り込み、


「必ず殺すつもりです。」


俯いたままそう言った。


「辛い記憶から逃れ、新しい場所で、新しい暮らしを始めるつもりで、ユンさんのもとを訪ねました。

……ただ、【神器】が。

彼女が死んだから消えたのか、物取りがただの宝石と勘違いして持ち去ったのか、それはわかりません。ですが【神器】を狙った者が彼女を殺して奪ったならば。

彼女が蘇れば【神器】が彼女の元へ戻り、また狙われるかも知れない。

そうなった時は、斃さなければならないと思っていました。

しかし、彼女が返らないのなら、……返らないのなら」


震え、両目から涙を流すパイロに驚いて、「泣くな、泣くな!」とサンはその肩を叩いた。


「クレヤさんは物凄く犯人を恨んでるし、パイロさんの手による報復を強く望んでいる。

反面、パイロさんには、決して、人間……つまり同包を、他のモンスターの様に斬り伏せて欲しくは無いと、同じくらい強く望んでる。

そして、パイロさんと送る筈だった結婚生活を取り戻したいけど、生き返るという事は、もう一度死ぬという事。

それがとても怖い。」


パイロはわかっているのか、いないのか、何度も頷いて、涙を拭いた。


「あなたがどうする事を選んでも、それを尊重します。……ただ、犯人がわかったからと言って、街へ帰って人間狩りをするのは、クレヤさんを永遠に苦しめると、私は思います。」


イスルギが空気を変えるように、夫妻2人に明るいトーンで声を掛ける。


「……ま、とりあえず、水晶玉、見るだけ見らんね?」


差し出された水晶玉をクレヤが覗く。

無色透明だった水晶玉がス、と暗く濁る。

そして癖のあるリズムのピアノの音が流れ出す。

それだけが数十秒続き、水晶玉は透明に戻った。


「…うーん、何というか、……独特な、ピアノだね。気味が悪い。」

「下手ち言えば良かろうも。」

「サンはピアノ弾けないからね。バンジョー専門。」

「旅にはバンジョーが必要だからね。」

「これだから北のモンは。少しは踊りを練習した方が良かよ。」


3人は真面目な話と見せかけて、無意味な会話をした。


「……で、クレヤさん、これが誰の演奏かはわかる?生徒さんの誰か…………」


3人は静かにクレヤを見つめ、パイロは虚空を見つめてごくり、と喉を鳴らした。


「……そう、か。」


イスルギは、長いため息を吐き、静かに目を瞑った。


「…………実は今、私は犯人がわからんまま終わった事に、安堵しとる。」

「「私も。」」


パイロの表情は曇ったまま、晴れない。



「ネクロマンサーのできることは死者蘇生だけじゃないからさ。クレヤさんの言葉を伝える事もできるし、……今後の事は2人で相談したら良いよ。」

「わざわざここまで来たわけやし、まあ、ゆっくり、ゆっくり向き合ったら良か。2人とも。」

「蘇生できたからって元の暮らしや、人生の続きをを取り戻せる訳ではないですし。」


若い2人を思い思いに励ましながら、一行はとぼとぼと向かいのブルー・サブミッションに戻る。


先頭のパイロが、店のドアに手をかけようとして、動きを止める。

彼のただならぬ気配を感じ、3人が息を止める。

すると聞こえる。

ゴーストタウンの喧騒に混じって、店の中で鳴っているのだ。

あのピアノの、気味の悪い、独特なメロディが。


落ち着け、というように、気を確かに持て、というように、イスルギがパイロの肩を掴む。


ユンが扉を開ける。

ドアベルが鳴るのが早いか、ユンの背中の杖をむしり取って、誰よりも身軽なサンがピアノまで最短の距離を詰める。

そのままの勢いで、ピアノの椅子に座っていた人物を思い切り殴った。


パイロの幼馴染、レビトの妻・ソルト。


ソルトは壁を突き破って外まで吹き飛んだ。


「サンん!?!?」


マスターが混乱交じりに怒声を上げる。

店のどよめきの中、サンに追い付いたユンが杖を受け取る。

壁の穴を広げるようにユンとイスルギ、パイロ、サンが素早く外へ出る。


「もうっ!もうっ!何なの!!店がめちゃくちゃ!!」


地面に転がったソルトは、焦った様子で身体をまさぐり、ハッとユンの足元を見た。

転がる小さな、透き通った、石のような球体。


「しまった……!!」


球体は宙に浮き、消えた。


「パイロさん、クレヤさんの【神器】か!?」

「………………。」


サンの質問にパイロは答えない。

ただ、その場の3人が怯むほどの殺気を放ち、


「うぁあああああぁぁ!!!!!!!」


次の瞬間絶叫。ソルトに斬り掛かる。


……が、その剣は粉々に砕け、同時に腹に衝撃を受けてその場に崩れる。


「貴様ら如きの道具が通用するものか。」


めき、めき、と音を立て、ソルトの姿が8本の脚を持った異形へと変貌し、硬質なその脚の1本でパイロを蹴り飛ばした。


これは、異世界の異形生物……


「【龍】だーーーッ!!!」


マスターが大声で叫ぶ。

客達は慌てて席を立ち、【龍】を見ようと壊れた壁に集まる。


「もー!!危ないから帰ってよ!!」


店長は握った手をふんふんと振った。


【龍】は、這いつくばるパイロに向かって叫ぶ。


「あれは、お前の妻の物では無い!!」


ビリビリと空気が震えた。

そして、立ち上がろうとするパイロを踏みつける。

尖った足がパイロを地面に磔にした。

……クレヤを刺し殺した凶器!


「お前達が『神器』と呼ぶ物は何ひとつ!!」


そしてユンとイスルギに向かい、


「お前の杖も!お前の球も!お前達の物などひとつも無い!!返せ!!我々の……!全て!我々の物だ!!」


ユンは構えた2本の短剣を収め、別の短剣を抜く。

客の1人がブルー・サブミッションの壁に飾られた舞踏用の剣を取り、


「イスルギ様ーーーッ!!」


そう叫ぶと共に投げた。

イスルギは自分目掛けて投げられた剣を落とす事無く受け取ると、そのまま走り、美しい太刀筋でパイロを地面に磔にしている脚を切断。

ユンは両手のナイフを、8本脚の上の人型のような部分の胸と頭に向かって一本づつ投げる。【龍】に防がれるが構わず杖を握って飛びかかりながら横に回転、遠心力を加えて殴り飛ばした。

この世界の者からまともな攻撃を喰らい、【龍】は混乱した様子だ。


それを横目に、こそこそとパイロに駆け寄ったサンは、彼の腹に刺さった脚を引っこ抜き、【龍】の脚から溢れる薄緑色の血を彼にびしゃりとかけると、その場から駆け出した。


「サン!どこ行くの!?」

「イスルギ探偵事務所!!」


サンは同じ事を訊いた店長とクレヤに応えながら走り去った。


ソルトだったものが絶叫する。


「返せ……!!それを、返せ!!」


ユンは【龍】脚を回避。背後に回る。

人型部分の背中が突然裂け、目のようなものが現れる。

槍の如く鋭い【龍】の足がユンを襲う。

咄嗟に杖で受ける事に成功するが、衝撃で弾き飛ばされる。


ユンに気を取られた【龍】の脚をイスルギが狙う。

イスルギが引きつけている隙にユンが短剣を拾う。地面を捉える7本の槍の隙間を縫って飛び上がり、背中の目のような何かを切り裂く。

更に人型部分の頭のような突起を切り飛ばすが、薄緑色の血を流すだけで、怯む様子は無い。


サンがイスルギの家から長剣を持って戻った。その間・30秒足らず。

サンは勢いよくパイロの頬を叩いた。

ハッと目を覚ましたパイロは混乱しながら、貫かれた腹をさする。

傷口が塞がっている。


「【龍】の血の効能だ。当たりで良かった。」

「【龍】……?血……?当たり……??」

「この後マスターが瓶詰めにして"ポーション"って売り捌く……いや、どうでも良いんだそれは!」


サンはパイロに剣を押し付ける。


「パイロさん!あんたが斬るんだ!!あれを!!」


サンの示した先、2本目の脚先を斬られ、【龍】の体が傾く。

パイロはほとんど脊髄反射のように、迷い無く異形に向かった。

斜めに傾いた【龍】を斬り上げ、8本脚とその上を両断した。

ぼとりと地面に落ちた【龍】の上の部分は「かえせ、かえせ」と音を出しながら、ユンの構える杖に向かって這いずったが、コントロールを失った自らの脚に踏まれ、貫かれた。


程なく【龍】は動きを止めた。


どっ、と店内から歓声が沸く。

客の歓喜に、マスターは満更でもない様子で「もぅ」と腕組みした。

ちょうどそこにドアベルを鳴らして深夜勤務のバーテンが出勤して来て、ココスキに訊いた。


「何の騒ぎ?」

「まぁ……、いつもの?」


パイロは、青ざめた顔をして、膝から崩れた。


異形の怪物が現れた、剣が砕けた、自分も刺し殺された、いや、死にかけただけだった、妻の仇を討った、感情はめちゃくちゃだろう。

ユンは「さすが猟師!」と彼の肩を叩いた。


「死者蘇生の話、もっと詳しいの、聞きたきゃ話すよ。」


そう言って、諭すようにもう2回肩を叩くと、そんな話無かったように今度は【龍】の解体の話を始めた。



ーーーーー


それから。

パイロとレビトはそれぞれに家を借り、このゴーストタウンで過ごしていた。

見えるし聞こえるし、薬草や鉱物の知識が堪能で、幼馴染に付き添って、無益な旅に出てしまうようなお人好しのレビトは、すぐにゴーストタウンに馴染んでしまった。


不思議な事に、妻がいた記憶は全く残っていないらしい。

ソルトだった【龍】に記憶を改竄する能力があったのだろうか。

【龍】は【神器】と同じく、この世界にとって不可解な存在であり、すべての現象に関する説明が憶測の域を出ないのが現実だ。


パイロの方はと言うと、耳からの情報だけで意外と上手く暮らせており、大工の手伝いとして、壊れたブルー・サブミッションの補修に精を出していた。

工事は無事、今日で終わり、あとは塗料が固まるのを待つばかりだ。

腹の傷跡は痛々しいが、特に後遺症は無いようだ。

店の補修は殆どただ働きだったが、その傍らレビトの手伝いをこなし、クレヤを蘇らせるための代金を貯めていた。


クレヤはそんなパイロの様子を窺いながら、ユン、イスルギたちと親交を深めていた。


すっかり元通りに補修されたブルー・サブミッションの壁の前にユン、サン、パイロが集まり、そこに暇を持て余したココスキも顔を出していた。


ユンとサンは硬い表紙で保護された、同じ内容の紙をそれぞれに持ち、パイロが【龍】を斬ってから今日まで習慣となっていた、ほぼ毎日、一日一度の説明を繰り返す。


それも、これが最後である。


「再三の警告になるけど、最後にもう一度よく考えて、死者蘇生を本当にやるのか決めるように。」


そのユンの前置きに続き、サンが紙に書かれた文章を読み始め、そこから交互にページをめくって読み進めて行く。


「今回は"術者"をパイロさんとし、ユンと私・サンが"仲介者"として、"死者"クレヤさんの蘇生を執行します。」


「まず、今後、2人の間にどのような諍いがあっても甦らせてやった、という感情を持ってはいけません。むしろ恨まれて当然、くらいに思ってください。」


「今回、クレヤさんの場合は一握の遺灰しか残っていないので、肉体のほとんどを"他の死骸"……つまり土で補うことになり、あなたの知っている姿で蘇る事は無いと考えてください。ほとんど完全かつ、新鮮な死体だった私すら生者には見えない事からも、それはわかると思いますが。」


「肌の色や質感が変わる以外には特に、目の数の増減、手足と耳の欠損が多く、昆虫やムカデ、またはミミズのような全くの奇形になる可能性も0ではありません。どの様な姿で蘇ったとしても好奇の目に晒される事は避けようが無く、元のコミュニティには戻れないものと理解してください。」


「死者蘇生はネクロマンシーの中でも、特に高度な術です。術の解除は、術者の死を以てのみ可能となります。また、蘇生した死者の体が酷く損傷した場合、つまり致命傷を負った場合、その死は術者にも及びます。」


「簡単にまとめると、死者蘇生とは、死者に2度目の死を与えるだけでなく、"死"以上の精神的苦痛を与えかねない行為であり、どっちかが死ぬとどっちも死にます。それが、ネクロマンサーは結構たくさんいるのに死者蘇生が行われない理由です。」


「そして私たちは、再三の警告にも関わらず『自分なら大丈夫』と思い込んで、残酷な最期を迎える術者や死者をたくさん見てきました。それが死者蘇生は無理だと最初にうそぶく理由です。」


「以上を踏まえ、それでも蘇生の意志があれば、明日の日没頃、この店に来て下さい。陽が沈むと同時に、クレヤちゃんの魂を天に送る儀式をします。以上。」


双子は同時に表紙を閉じた。


「「最後の質問コーナーです。何かあればどうぞ。」」


パイロは【龍】に刺された痛みを思い起こさんとするように、腹に手を当てた。


「おふたりには、後悔はありませんか?」


サンは厭わしげに目を細め、


「それにはもう答えただろ。あると言えばある、無いと言えば無い。比率が後悔に傾けばとっくに死んでる。何回も聞かれたら気が変になる。」


怒気を孕んだ声で不機嫌に言った。

ユンも真剣に怒る。


「そうだよ!パイロ君がそれ何回も聞くからサンがおかしくなって彼女の店に入り浸ってる上にずっと彼女の家に泊まってる!!」

「それ今、関係ある!?」

「無い無い。生ける屍がゴーストと付き合ってるの時点でもうサンも、サンに付き合う方もおかしいからね。」

「全然フォローしないじゃん!ココスキ!!」




……翌日。


日が傾きかけ、最初のラッパが聞こえ始めた頃、カランカランとブルー・サブミッションのドアベルが鳴る。


「もー!早くない!?」


パイロは食欲をそそるシチューの匂いと店長の呆れ声に迎えられた。


暫く待っていると、ユンがバケツを持って出て来た。

40℃程の湯の入っている。

それを椅子に置いてからナイフを差し出した。


「この中で腕を切って。浅くね。」


パイロは言われるままバケツに腕を突っ込み、一つ深呼吸をした後、息を止めて、浅く腕を切り付けた。

傷は浅い、とは言え、痛みに顔が歪む。


「ユンさんは子供の頃サンさんを蘇らせたと聞いたのですが、子供なのにこんな事を?」

「いや。私たちはそもそも"血を分けた兄弟"だから、改めて血を分ける必要は無かったし、杖でチョイチョイッで終わり。」


更にバケツを持ったサンもやって来て、パイロのバケツを覗いた。


「傷が塞がったんじゃない?もう一箇所切って。……くれぐれも深く切り過ぎないように。もう一杯作るから、血を出しすぎないで。」


2つのバケツの赤が充分な濃さになると、パイロの切り傷に包帯が巻かれた。

赤いぬるま湯の入ったバケツを持って店の裏に回ると、地面が耕され、土が盛られていた。


イスルギが"クレヤの魂を天に送る儀式"用と思しき焚き木の片付けをしている。


双子は盛られた土にバケツのぬるま湯を撒いて泥を捏ね、慣れた様子で人型の塊を作った。

それから泥まみれの手でパイロから預かっていたクレヤの遺灰の瓶を開けてサラサラと胸の辺りにまぶし、瓶は蓋ごと腹の辺りの泥に埋めた。


泥の人型ができあがると、2人はその周りを何周か歩き、ユンが頭側、サンは足側に跪いた。

両手をお互いに向かって差し出した後、ゆっくりと呼吸を合わせて、泥人形を囲うように地面に手をついた。

何度か深呼吸を繰り返し、


「「ゥゥゥォォォォォ…………」」


2人は同時に唸り始める。

息を吐き切ると、また唸る。

それ以上激しくなる事も、静かになる事も無く、それを繰り返す。

ただ次第に表情は険しくなり、だらだらと汗を流す。

土の上にぽたりぽたりと汗が滴り落ちる。


1時間ほどそうしていただろうか。


「ひゅ……!」


突然泥人形に穴が開き、息を吸ったかと思うと、同時に全身に亀裂が走る。

土の塊が、ゆっくりと上体を起こす。

乾いた土がパラパラと剥がれると、青褪めた瑞々しい肌が露出する。

クレヤの新しい肉体は新生児然とした産毛に覆われ、所々血管が赤々と透けている。


彼女は静かに瞼を上げる。同時に額の中央が縦に裂ける。

3つ目の瞼のように開いたそこには美しい青緑色の、宝石のようなものが収まっているのだった。

彼女は視界に夫の姿を捉え、ゆっくり、ゆっくり、と立ち上がる。

と、バランスを崩す。……が、パイロがすかさず彼女を抱き止めた。

クレヤは弱々しく呼吸する。


「わ、たし、臭、く……ない?」


パイロは彼女の首筋に顔を埋めて胸いっぱいに息を吸った。


「春の山の、青くて清々しい匂いがする。」


クレヤは小さな声で


「は、ず、かし、……ぃよ」


と言った。

それを見届けた双子はほぼ同時に地に伏した。


「ユンさん!!サンさん!!」



ーーーーー


「マスターのソーセージシチューは最高!!」

「他人の金で食うとまた格別ばい!!」

「このプリッとモチモチ、本当にどうなってるんだろうね!?」


パイロから受け取った代金を、大鍋いっぱいのソーセージシチューに変えた双子はガツガツとシチューを食べている。

それはイスルギ、パイロ、クレヤ、そして野次馬兼、店の裏まで大鍋を運んで来たココスキにも1杯ずつ分けられ、思い思いに食べ進めている。

マスターは店内で明日の準備だ。


店の裏で大鍋を囲んで座る6人の食卓を、陽気な街角の音楽が彩る。


クレヤはスープだけ飲むと、もう腹が膨れたのか、

パイロの肩に頭を預けた。


「あの、今更なんですけど、なぜ死者蘇生に【神器】を使わないんですか?」

「杖はサンを蘇らす以外に力を貸す気が無いみたい。使おうとすると『やだなぁ』っていう杖の気持ちが伝わってくるから使う気にもなれないんだ。まあ、でも【龍】を殴っても折れない便利な棒ではあるから頼りにしてる。」


ユンは後ろに置いた杖をトントンと優しく叩いた。


「私たちはネクロマンサーの村の出でさ。住民のほとんどがネクロマンシー関係の仕事してて、子供の頃から練習するんだよ。私たちもそう。」


ぼんやりとして眠そうなクレヤの肩をさすりながら、パイロは確信のない様子で「なるほど?」頷いた。


「えっと……だから、【ネクロマンサーの杖】があるからネクロマンシーが使えるんじゃなくて、ネクロマンサーだから【ネクロマンサーの杖】が使えるんだよ。」


サンが説明し、更にユンが続ける。


「イスルギは浮気調査探偵だから【監視者の水晶玉】が使えるし」

「クレヤちゃんが【人の心を読む神器】が使えたのは、教師として生徒達の心を開かせる力が、そもそもあったち事やね。」

「なるほど……」


今度こそパイロは納得し、クレヤは照れているようだった。


「へらへらしとるけど、あんたがクレヤちゃんに惚れたんは、『自分をわかってくれてる』ち思ったからやろ?そういうモンは危ないモンにモテるけん覚悟した方が良かばい。」


イスルギが食べ終えた皿を地面に置いた。


「私はクレヤちゃんが喋るまで、実はパイロ君が自分で殺したんやないかと疑っとったからね。他の男と浮気したち勘違いして。……こんな所までわざわざ着いて来よるレビト君も疑っとったし。」

「「そうなの!?」」


ココスキとユンの声が重なった。

咀嚼で喋れないサンも驚いた顔をしている。


「喋らんけん、怨んどるのか、好きなんか判断できんかったばい。何ならクレヤちゃんが『パイロの妻のクレヤです』ち名乗るまで結婚の話もうすら半信半疑やったしね。」

「いやいやイスルギ、浮気調査のし過ぎでおかしくなってるって……」


ココスキは苦笑いしながらイスルギを見つつ、6人の輪の真ん中の大鍋から、シチューを3口分ほどおかわりした。

パイロはふわふわと空中で動く皿やレードルを目で追った。


「いや、【神器】の話が出たけん【龍】絡みの可能性も考えとったよ!」

「その割には剣忘れて家から店に戻ったよね?」

「店にあるけん要らんち思っただけばい〜。」


イスルギはユンの皿のソーセージを奪った。


「そういえば聞きそびれてたんですけど、此処の壁の剣とか、イスルギさんの家の剣とか、何なんですか?」

「【龍】の死骸から作った剣だよ。ブルー・サブミッションのピアノの鍵盤も【龍】の死骸。聞いてくれれば良かったのに。」


パイロは隣に座っているであろうココスキをじっと見たが、


「声は聞こえるんだけどな。」


と残念がった。

見えないパイロは、勿論ゴーストに触る事もできない。

その手の人間はゴーストタウンでは珍しいので、面白がったココスキが、ちょっと重なって座っている。


「それにしてもパイロが家の補修、得意で本当に助かったよ。」

「狩猟の仕事が無い時は大工の手伝いで稼いでたんで。役に立てて良かった。」

「大工さんから誘われてるんでしょ?このまま大工になるの?」

「クレヤさんが全快するまではここで暮らすとして、その後はどうするか決めてるの?」


ココスキとサンが続けざまに尋ねた。

その問いに、関係ないユンが答える。


「そりゃ、その後も暮らすでしょ!幼馴染だって此処で暮らしに馴染んでるし。クレヤちゃんはピアノの先生だし、ここのゴーストタウンじゃあピアノが弾ければやっていける。」

「まあねぇ、でもさすがに先生はやめた方がいいんじゃない?それこそ、今度こそ痴情のもつれで刺されちゃう。」

「何!?イスルギが2人になった!?」


イスルギがユンを小突き、パイロはココスキの声がした方を見て訊ねる。


「それはまたどうして?」

「人間の生ける屍はゴーストにとって"不気味の谷の住人"だけど、その谷を超えたら『自分だけが知ってるこいつの魅力』って特別感で嵌っちゃうらしいから。」


呆れたふうに肩を竦めるココスキに、サンは初耳のような、身に覚えのありそうな、微妙な顔をした。

ユンは厭わしそうに目を細めてサンを見、イスルギはその様子を一瞥したが、無視して続けた。


「"不気味の谷"、わかる?ゴーストから見よったら、人間は『ゴーストに似た愛嬌のあるモンスター』やけど、見た目のゴーストっぽい人間は、逆に不気味ちやつ。」

「人間から見たらゴーストはみんな変わった見た目の人間なんだけどね。不思議。」


解説にサンが相槌を打った。


「それはそうと、クレヤちゃんの演奏に合う店探さないとね。」

「まあ、先生だし、どこでも大丈夫でしょ。生ける屍のピアノプレイヤー。客入りそう。」

「二つ名も考えよう。」

「気が早いよ。」

「とりあえず今住んでる所の近くで探した方が良いんじゃない?で、まあ、追々条件の良い所探してさ。」

「そうそう。で、パイロ君はクレヤちゃんのハウスキーパー兼マネージャーになったら良か!またクレヤちゃんの所に【神器】が帰って来んとも限らんし、【神器】が戻れば【龍】もまた来るかも知れん。」

「頑張ってね、パイロさん!これからだよ!本当に、"これから"だから。」

「あの剣やるばい。あの、パイロ君が【龍】切ったあれ。」

「あ、そうだ!パイロ君も楽器覚えたら?……三味線。三味線良いんじゃない?この辺で弾く人居ないし!」

「それ、先生も居ないって事じゃない?極北のネクロマンサーと極南のネクロマンサーが弾くんでしょ?どういう事なんだろうね?」

「真ん中から広がって行って真ん中から廃れて行って、端っこだけ残ったんじゃない?ねぇ、バンジョーは?結構プレイヤー居るよ!弾けたら旅人にもなれるし!旅人はどこにでも行けるけど、バンジョーの無い旅はありえないからね!」

「旅とバンジョー、ユンとサンしか言いよらん。」


クレヤの額に神器が融合してしまっている気はするのだが誰もそこには触れず、みんな無責任に、好きな事を言った。


ここは、ゴーストと、人間と、生ける屍と、たまにやって来る冒険者が入り交じる陽気な街。

ネオンで彩られた街角では、バンドが様々なラッパを吹いたり、バンジョーを弾いたりしている。


美味すぎるソーセージシチューと、曰く付きのピアノが自慢だが、オバケと時々【龍】が襲ってくる店・ブルー・サブミッションにも、明日からまた陽気なピアノが響く。







あとがき


妖怪好きの九州人の友人が「くらすぞ」って凄んでたので、ぬらりひょんみたいな感じ(他人の家に入り込んで自分の家であるかのように振る舞う)かと思ったら「ボコボコにする」って意味でした。


<a href="https://x.com/ikinukinie/status/1799024658920182053?s=46&t=KtuFWJubKPNz_4zysuY_4w">エックス君(Twitter)にユンサンイスルギのビジュアル出しときました。</a>


こういう感じの夢を見たので、文章にしたためてみました。

これくらい本当に何も起きない映画があったら良いなといつも思っています。仲間同士の諍い、すれ違い、喧嘩、主人公のピンチとか疲れるだけなので……。疲れた大人になっちまいました。

嫌味言う人とかいじめっ子が出てきた時点でもうそいつが死ぬまで映画も漫画も楽しめない私は、サメ映画ばかり観ています。


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