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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ダンジョン『辺境のダンスホール』 田舎町のヒーロー

作者: 月光皇帝

いつか書いてみたいと思っていたダンジョンもの。欲望のままに書いたのですが、是非読んで欲しくて投稿しました。

ダンジョン。


それはある時突如として世界各国に現れた異世界へ繋がる扉。扉の先にあったのは迷宮と後に呼ばれるようになる異空間と、人類が遭遇した事の無い謎の生物たち。


人類は早速ダンジョンの調査に乗り出しだ。しかし、人類が持つあらゆる火器は、ダンジョン内部に生息している生物には無力であった。多くの犠牲を払って得たものは、人類の火器が効かない生物が生息している事と、ダンジョン内部にあった土や鉱石だけだった。


だが、この持ち帰った土や鉱石が人類を発展させることになった。


調査の結果、ダンジョン内部から採取できた物からは未知のエネルギーが確認できた。


発見した未知のエネルギーを研究するためにダンジョン内部へ調査へ向かい、さらに多くの犠牲を払いながら、人類はエネルギーの調査を進め、その未知のエネルギーをSFで良く用いられる『魔力』と名付けた。


魔力は無機物有機物問わず、様々なものに侵食し、侵食した相手の構造を、魔力に適合したものへと作り変えてしまう。ただの石ころですら、魔力を帯びる。そして魔力を帯びたものは人類に様々な恩恵を与えた。枯渇するエネルギー問題の解消。難病の治療。挙げればキリがないほど魔力と言うエネルギーは人類文明を飛躍的に上昇させた。


しかし、同時に人類はダンジョンに対してあまりにも無知だった。魔力と言うエネルギーに取りつかれ、ダンジョンとその内部に生息していたモンスターの調査を疎かにしてしまった。


そして、ダンジョンと言う異世界へ繋がる扉は、ある日ついにその牙を人類に向けた。


ダンジョン内部に生息していたモンスター達がダンジョンからこちらの世界へと現れる等になった。この段階ではまだ、人類はダンジョン内部の生物に対し、有効な攻撃手段を持っていなかった。故に、ダンジョンからあふれ出した生物たちは、人類文明を破壊し始めた。


大国は大量破壊兵器での殲滅を試みたが、それですら謎の生物たちを討伐することは出来なかった。


ダンジョンは人類を滅ぼすのだと、誰もが諦めた時、後に英雄と呼ばれるようになる軍人が、やけくそで一発、持っていた銃器でモンスターを殴った。するとその一撃が一匹の生物を殺した。たかが一匹、されど一匹。討伐した。軍人はその銃器を用いて必死に戦い。たった一人で檀淳から溢れ出た生物を撃退して見せた。


騒動の後、英雄は調査機関にて全身をくまなく調べられた。その結果、英雄の身体には研究中のエネルギー『魔力』が宿っていた。


物質に魔力が宿るのは研究で明らかにされていたが、人間にも魔力が宿っていた実例は初めてだった。英雄はダンジョンの調査に行ったことはない。しかし確かに魔力の確認が出来た。


研究者たちは必死に調べた。その結果判明したのはダンジョンの扉から魔力が漏れ出していると言う衝撃の事実だった。


考えてみれば当たり前ではあった。あくまでも扉。密閉されている訳ではない。魔力が漏れ出していても不思議ではない。


各国は自国民に対し魔力の有無の調査を始めた。その結果。ダンジョン近辺に住む住民は、無論、魔力を使ったエネルギーに携わった者、魔力で病の治療を受けた者など、自国民たちの体内に魔力の反応が出た。


更に研究は進み、ダンジョン内部の生物、『モンスター』と呼ばれるようになったそれらに対して、魔力を持つ人間ならば対処が可能であると判明した。


早速人類は魔力を持つ人間を集め調査団を結成。ダンジョン内部の迷宮の調査を再開した。


以前と違い、今度は人類の攻撃がモンスターに通った。攻撃方法は最も魔力の流動が確認された刃物や鈍器などの原始的な手段を用いる事になったが、これが想像を遥かに超えるほど効果的だった。


そして遂に、人類はダンジョンと言う正体不明だった存在の調査を終えた。


ダンジョンとは、内部に魔力が充満した異世界の迷宮へと続く門である事。


ダンジョン内部には、魔力を有するモンスターが生息しており、モンスターはダンジョン内部で繁殖、または発生している事。


ダンジョン内部で採取・採掘できる物質からは魔力が確認でき、様々な方法で活用できる事。


ダンジョン内部に生息するモンスターを討伐すると、一定確立で『アイテム』を落すこと。


アイテムとは、魔力を有し、使用することが出来る剣や盾。指輪などの装飾品がある物の事。


ダンジョンを多く探索することで、探索者の身体に多くの魔力が宿り、やがて『魔法』と呼ばれる超能力を使えるようになる事。


魔法には『火』『水』『雷』『風』の四属性に分類でき、それぞれの魔法に応じて様々な力を行使できるという事。


魔法は、ダンジョン内部に生息するモンスターも使用する場合がある事。


そして、ダンジョン内部のモンスターが一定数以上に達すると、ダンジョンの外。つまり人類文明へ侵攻してくるという事。


多くの調査結果を受けた各国はそれぞれ行動を開始。ある国は、ダンジョンを国で管理し、ある国はダンジョン近隣の住民にダンジョン管理を命じた。またある国ではエネルギー問題を解決する為、ダンジョン内部で入手できるアイテムを資源に国を発展させていこうとする国。


ダンジョンの扱いはその国によって様々な扱われ方をした。


無論、始めは国連などの国際機関が扱いを一定にしようと試みたのだが、ダンジョンが発生する条件は未だ不明で、無料対数的に増えて行くのだ。


その結果、国際組織では管理が難しくなり、各国が独自の管理を始めたのだ。


そして、このダンジョンに対する取り組み方が、世界の常識を変えていった。ダンジョンに潜る人間は魔力を多く有することになり、同時に巨万の富を得る事になった。逆にダンジョンに潜らない人間は相対的に魔力保有量が少なくなり、ダンジョン内部の資源を得る機会も減る。


このダンジョンに関わるかどうかで貧富の差が大きくなった。結果、多くの人がダンジョンに関わろうと必死になり、争いがおこる。国が管理していたダンジョン外部では毎日のように『我々にもダンジョンを開放せよ』と抗議デモが行われるようになり、近隣に管理を押し付けた地域は発展し、都市となり、ダンジョンを積極的に利用していた国は裕福になり、国際社会にも進出していく事になった。


そう。ダンジョンと言う存在は、人類のあり方を簡単に変えてしまったのだ。


地球という星は、たった十数年でダンジョンありきの文明へと革新していった。


そして、最もダンジョンを有効に扱えたのは日本だった。


日本政府は国営民営問わずダンジョン支援機関を設立させ、多くの国民が自由にダンジョンに入ることを許可した。代わりにダンジョン内部で入手したアイテムの一部を収めるようにシステムを作った。そして納められたアイテムを国民全員の手元に行くように配布した。これにより国民全員が一定数以上の魔力を有することになった。その結果、老若男女問わず、ダンジョンに対して興味を示し、ダンジョンへ自主的に調査・探索へ向かうようになった。そして、彼らが納めたアイテムや彼らの身体検査を経て、ダンジョンに対する調査と認識、魔力と言うものに対して世界よりも一歩先を進むようになった。


その成果の一つがアイテムの中でもさらに希少な存在。『アーティファクト』の発見だ。


アーティファクトとは、魔力を有しながら、魔力ではない特殊な力を発揮できる特別なアイテム。


例えば誰でも魔法が使えるようになる。誰でも超能力のように物に触れずに持ち上げられるようになる。まるでファンタジー世界で夢見た事が出来るようになる奇跡のアイテム。


そして『宝珠』の発見。宝珠とは飴玉サイズの小さな球体。これを飲み込むことで身体能力と保有する魔力が飛躍的に上昇する効果がある。


この二つの発見が日本と言う国の立場を大きくした。無論世界各国も乗り遅れないためについにダンジョンを大々的に宣伝、解放し探索を開始。


しかし日本の優位は変わらず、『ダンジョンを最も知る国』としての地位を国際社会に確保したのだった。


そして、ダンジョンに挑む者たちはやがて『探索者シーカー』と呼ばれるようになり、世界中で活躍していく事になる。


この物語は、それから数年後の世界。世界でダンジョンが当たり前の常識となった後の物語だ。








ーーーー








スライム。


ダンジョンのモンスターでは最も弱く、魔力さえ持って入れば木刀一つあれば誰でも倒せる最弱のモンスター。攻撃手段も体当たりくらいで危険性も少ない。


良く本とかでは軟体生物で打撃は聞かないとか、顔を覆われて窒息死させられるとか言うけれど、実際のスライムは身体を変幻自在に変えないし、触れると弾力がある。ビーズクッションみたいな奴だ。


「セイッ!!」


なのでこんな感じで全力でぶん殴れば簡単に倒せる。さて、アイテムは何かドロップするかな。残念。何もなしだ。


「今日はこんなもんかな」


ダンジョンに潜ったのが午前十時。時計を見れば既に十六時半。そろそろ退散しよう。今日のモンスター討伐数も十分だし、今日明日でモンスターが溢れだすことも無いだろう。


ダンジョンから地上に戻る。歩いて大体十五分くらいで戻って来れるのがこのダンジョンの良い所だ。


「ただいま」


「おかえり恭助坊や、今日はどうだったい?」


戻ってきて最初に出向くのは探索者組合の支部。俺が住む町で、この町にあるダンジョン『辺境のダンスホール』を管理している場所。ファンタジー世界で言えばギルドって奴だ。


「いつも通りだよ。スライムとゴブリンがちらほらいただけ。静かなもんだよ」


俺が住むのは田舎町だ。小中学校が一緒になった学校が一つだけあって、大きなデパートも無い。若者よりも年寄りの方が数の多い俗にいう過疎地域だ。そんな田舎町にあるダンジョンこそ『辺境のダンスホール』。サッカーコート一つ分の大きなフロアが一つと周囲を囲む中ホールが五つだけの一階層のみしかない本当に小さなダンジョン。


基本的にゴブリンとスライムと言う最底辺のモンスターしか出てこない為、探索者組合からも危険度は低いと判断されたダンジョンだ。


とは言っても、ダンジョンに変わりは無いので、こうして組合支部が設立され、俺と言う唯一の専属探索者シーカーがいるのだが。


「良い事さね。今日も平和だったって事だからね」


この人は子の支部唯一の職員兼支部長のおばちゃん。本名は教えてくれない。曰く、女性には秘密の一つや二つあるものだそうだ。名前くらいは教えてほしいけど。


「で? 今日の釣果はどうだったんだい?」


「釣果って・・・釣りじゃないんだから。まぁはい。これ」


「ふむふむ・・・あいよ。どうする? いつも通りこっちでうまい事捌くかい?」


「お願いするよおばちゃん」


「はいよ! んじゃ、代わりに今日の報酬って事でボーナスだよ」


そこそこ分厚い封筒を渡してくれた。金額は・・・結構あるな。


「ってことはこの前の売れたんだ」


「そういう事さ。また売れたら渡すよ」


「ありがとおばちゃん。じゃぁ今日は帰るよ。晩飯は婆ちゃんが美味しいの作ってくれるって言ってたんだ」


「なら早く帰って南武のお婆ちゃんを安心させてやりな」


おばちゃんに今日の報告と、いつものお金を受け取って帰路に就く。支部の隣に止めていたサイドカー付きのバイクのエンジンをかけて走り出す。俺の大事な交通手段だ。


住んでる家から支部までは歩いて一時間ほど。なのでバイクが無いと少々手間なのだ。それにサイドカー付きのバイクなら婆ちゃんも乗せて出かけられるからな。


何もない田舎道を走る事三十分程度。昔ながらの平屋一戸建ての我が家が見える。居間と台所の電気はついてるから婆ちゃんはご飯支度の途中かな。玄関の横にバイクを止めて、仕事道具を物置に置いてくる。服に付いた汚れを軽く叩き落として玄関を開けた。


「ただいまー」


「おかえり恭ちゃん。ご飯はまだ出来てないからもう少し待っててねぇ」


「ゆっくりでいいよ婆ちゃん」


俺の唯一の家族、祖母の南武みゆき。幼い頃に両親を交通事故で無くした俺、『南部恭介なんぶきょうすけ』を一人で育ててくれた大切な家族だ。


高齢だけどそこそこ元気で、毎日近所の友達と散歩したり趣味の畑を耕したりしている。


今は年金と俺の稼ぎがあるから毎日のんびり過ごしてるけど、少し前までは近所のスーパーで俺の学費を稼いでくれていた。


だからお婆ちゃんには足を向けて寝れないほど、大事な人だ。


「お風呂沸いてるから入っておいで。当然一番風呂だよ」


「ありがとう婆ちゃん。ならお風呂貰うよ」










ーーーー










「ごちそうさまでした」


「お粗末様でした。美味しかったかい?」


「うん。流石婆ちゃん。今日も最高に美味しかった」


「喜んでもらえるのが婆は一番うれしいよ」


「片付けは俺がやるよ。婆ちゃんはテレビでも見てて」


「あらそうか? ならそうさせてもらおうかね」


食器を纏めて台所へ。油汚れはペーパーでふき取ってから水に浸してっと。


『ではここで本日の探索者シーカーを紹介しましょう! 『死神の胡蝶広場』での探索を見事に成功させた話題の探索者シーカー! 結城里奈さんです!!』


『皆さんこんにちわ。結城里奈です』


『結城さんは『死神の胡蝶広場』を初めて第七層まで探索した今話題の探索者シーカーです! 探索者シーカーの皆様の間では、話題に上がらない日は無いほどの有名人なんですよ!』


『そんなこと無いですよ。それに私だけの成果じゃないです。一緒に探索した仲間たちのおかげです』


「最近のシーカーさんは別嬪さんが多いんだねぇ」


テレビはどうやら探索者シーカー特集を放送しているらしい。聴こえてくるのは最近出現したダンジョンの話や珍しいアーティファクトの話。あと名前も出てきた有名な探索者シーカー、結城里奈さんのコメントだ。


現在、探索者シーカーは無くてはならない存在だ。ダンジョンに潜り、モンスターを討伐するだけでなく、生活のエネルギーに欠かせない魔力を帯びた物質を持ち帰る重大な仕事もある。


そんな中でも面がよい人や、副業として探索者シーカーをやっている人もいる。知ってる限りだとモデルで探索者とか、アイドル兼探索者とか、そういう人が結構いる。


するとテレビが取り上げてくれるので本業でも仕事が増えて、なんてことになるとの事。


今テレビに映ってる結城里奈さんは探索者シーカー専門業と聞いたことがあるが、面がいいのと、話に出てきた危険度の高いダンジョン『死神の胡蝶広場』の探索を成功させたことで有名人になったのだ。


「こんな別嬪さんが恭ちゃんのお嫁さんに来てくれたら婆は嬉しいねぇ」


「婆ちゃんそれは流石に無理だよ。向こうの人は都会で大きなダンジョン探索者。俺はこの町専属の小さな探索者。まず出会えないさ」


「そうかい? でも恭ちゃんはこの町のヒーローだよ? この娘だって恭ちゃんの事を知ったらきっと夢中になっちゃうよ。婆はそう思うね」


「あはは・・・ありがと婆ちゃん」


まぁ婆ちゃんの言う通り、俺はこの町ではちょっとした有名人である。この町唯一の探索者シーカーであり、専属。基本的にこの町のダンジョン『辺境のダンスホール』以外には潜ってないから町の人からすれば定期的に魔力の宿ったものを持ち帰ってくれるありがたい人的なポジションだ。


まぁ俺の仕事は基本的にモンスターの討伐であって、持ち帰るのはついでなんだけど。


ダンジョン内部にモンスターが増えすぎるとダンジョンを飛び出して、モンスターが外に出てくる。そのせいで昔この町は壊滅する危険があった。たかが最弱のスライムとゴブリンと侮ることなかれ。高齢化が進んだこの町では十分な脅威だ。


んでもって当時中学生だった俺がこの町で最も魔力保有量が高かったので、バット片手にスライムとゴブリン退治に乗り出した。まぁ最弱のモンスターだったので戦闘経験の無かった俺でも簡単に倒せたのは本当に良かった。


その後は色々あったんがだ、結局町に他の探索者シーカーは来てくれなかったので、そのまま俺が学生兼探索者となってモンスター討伐をすることになったのだ。


周りからは止められたけど、育ってきた大事な町だ。守りたいと思ったし、その力があるのもわかった。だから必死に説得して、成績もキープしながらダンジョンに潜って、また説得して、ようやく町の人と支部長のおばちゃんから許可を貰ったんだ。


まぁこの辺の話はまた今度する機会かあったらでいいだろう。


そういう訳で、この町で俺は有名人な訳だ。まぁ、田舎町のここから出たダンジョンにはもっとすごい探索者がわらわらといるんだろう。丁度テレビに移ってる彼らの様な人たちが。


『そういえば結城さんも最近ついにアーティファクトを手に入れたとお聞きしました。そのお話をお聞きしてもいいですか?』


『構いませんよ。と言っても恥ずかしい話、実は知人経由で譲ってくれる方がいたのでその方から買い取った物なんですよ』


『えー!!? アーティファクトを譲ってくれる方がいたんですか!? 信じられないですねぇ! 私が手に入れたら絶対に使ってしまいそうですよ』


『私も驚いたんですよ。最初は詐欺なのかなって思ったんですけど、実物を見せて貰って、あ、これは本物だって理解したらすぐに手続きを済ませていたんです』


探索者シーカーなら誰しもアーティファクトを持っていたいものですからね! 今日も御持ちだったりしますか? もし良ければお見せいただくことは可能でしょうか?』


『いいですよ。『クリスタルクロス』』


『おぉ! 私生でアーティファクト見たの初めてですよ!!』


「はぇーあーてぃふぁくとってのは凄いねぇ。どこからともなく急に出てくるんだねぇ」


「そういうものだからね」


アーティファクト。かなり希少性が高いアイテムの中でも最高峰のアイテム。所持しているだけで様々な力に目覚め、探索者シーカーの助けになる。故にアーティファクトを所有する探索者シーカーは一流の探索者シーカーと呼ばれるほど実力も高い。


仮に市場に流れるとなったら、誰もが欲しがる超貴重品。最低でもマンションが一つ買えるほどの金額が動くらしい。


『槍になるアーティファクトなんですね。いやぁーしかし綺麗な槍ですね』


『ハイ。とても気に入っているんです。欲を言えば探索中に自分で見つけたかったことくらいでしょうか』


『いえいえ! アーティファクトは天の授け物とまで言われるんです。どのような形であれ結城さんが手に入れたのなら、それは結城さんが持つべきだったアーティファクトだったという事ですよ!』


『ありがとうございます』


「婆ちゃん。洗い物終わったよ。お茶でも入れる?」


「あら、それじゃぁ貰っちゃおうかね。濃いお茶を頼むよ」


洗い物が終わったのでお茶の用意をしながらふと思う。そういえばこの前支部のおばちゃんに渡したアーティファクトも確か槍だったな。もしかしてあの時の槍が結城さんの手に渡ったんだったりして。なんてな。


「お待たせ婆ちゃん」


「ありがとう恭ちゃん。美味しいねぇ」


俺も座布団に座ってテレビを見る。丁度CMになっちゃったか。残念。


「そういえば恭ちゃんも持ってたよねあーあーあー・・・あーてふぁくと?」


「アーティファクトだな。うん。持ってるし使ってるよ」


実は俺も相性のいいアーティファクトを入手している。田舎町のダンジョンとはいえダンジョンに変わりはない。毎日潜っていれば相性のいいアーティファクトの一つや二つ、入手できるさ。まぁそれも運だけどな。


「じゃぁあの別嬪さんと同じだねぇ。これは頑張ればお嫁さんになってくれるかもしれないよ?」


「婆ちゃん。流石にそれだけなら条件に当てはまる人そこそこいると思うよ?」


「そうかい? 婆は恭ちゃんのお嫁さんが見たいんだけどねぇ」


「俺に嫁さんかぁ・・・この町で一緒に住んでくれる人なら嬉しいな」


と言うかそれが求める最低条件だ。俺はこの町が無くなるまでこの町のダンジョン『辺境のダンスホール』専属探索者シーカーをやめるつもりは無い。


大事な故郷だ。もし恋人、あるいは嫁さんになってくれる人なら、俺と同じようにこの町を大切にしてほしい。


収入はそこそこあるので専業主婦だろうが何だろうがさせてやれるから自分で言うのもなんだけど、俺自身悪くない物件だとは思う。


しいて欠点を上げるとすれば専属探索者シーカーなので有事の際はダンジョンに篭りっきりになる事くらいか。


でもついこの前まとめて片づけたからあと二か月くらいは落ち着いているだろう。


「あ! 忘れるところだった! 婆ちゃん風呂! 風呂入ってきなよ」


「おや、忘れてたねぇ。婆もお風呂貰ってくるよ」










ーーーー








今日もダンジョン探索日和。まぁ天気はダンジョンに一切関係ないんだけど。仕事道具を持って支部に顔を出す。基本的にダンジョンに入る前には組合支部に顔を出して、どれくらい潜るかを報告してからと言うのがルールだ。


理由としては管理している組合側がダンジョン内部の探索者シーカーの把握のためだ。報告よりも戻ってくるのが遅くなった場合、支部は他の探索者シーカーに捜査依頼を出す。


探索者という仕事は命懸けだ。何がきっかけで死んでしまうか誰にも分からない。例えばダンジョン内部のがけから落ちて事故死。あるいはモンスターによって殺される。危険と隣り合わせなのが常識だ。


その為支部はその探索者シーカーの生存確認を重要視する。どのように死んだか、あるいは戻れなくなったかを的確に記録し、同じような死者を出さないために対策を講ずるのだ。


それはこの小さな町の小さな支部でも変わらない。


「おはようおばちゃん」


「おはよう恭介坊や。今日も一日ダンジョンかい?」


「そのつもり。ついでに鉱物とか土くらいは持ち帰ってくるよ」


「助かるよ。丁度市役所から納品してほしいってお願いが昨日来たんだよ」


「わかった。なら少し多めに持ち帰るよ」


「ならこれを使いな。アイテムポーチだ」


アイテムポーチ。魔力が宿ったことで作り出された魔法の道具だ。魔力のエネルギーでポーチの容量を増やし、重量を感じさせないようになっており、巾着袋程度のこのポーチでも、見た目の十倍以上の道具を入れる事が出来る。


魔力って本当にファンタジー。まぁ世界中がファンタジーな現代においては当たり前の道具なんだけどさ。


「ありがとう。行ってきます」


「無事に帰ってくるんだよ」


支部を出て少し歩けば仕事場のダンジョン『辺境のダンスホール』に到着だ。町と支部が作ってくれた入り口前の扉、玄関口みたいなのがあるので、扉を開き、地下に続く階段を下りれば今度こそ入り口。


洞窟のように大きい先に進めばもはやここは異世界。洞窟なのに明るい理由は魔力の力だからだろうだ。まぁ詳しくなくても困らないので気にしない。


仕事道具の大きなカバンを降ろし。中に入れていた仕事道具を取り出していく。今日は鉱物持ち帰りもお願いされているから折り畳み式のツルハシとスコップ。あとは俺の相棒。


アーティファクト『アズリィエル』を両手足に装着する。これこそ俺が一番自慢できる仕事道具。手足を包む装具であり、魔法属性『雷』を宿している。


今更だけど、魔法について話そう。魔法とは、魔力を用いて使う超能力。人によって使える魔法が異なりそれぞれ『火』『水』『雷』『風』の四属性がある。テレビでやってたが、最近『土』なる属性を発見したってニュースになってたけど、とりあえずあるのは基本四属性。


んで探索者シーカーは平均して一つか二つの属性の魔法を使える。三つ以上使えれば重宝されるくらいの感じでいい。


んでもって俺が使える属性は雷だけ。それも外部に出力するんじゃなくて内部に出力する系が得意だ。


要するに自己強化能力ってこと。んでアーティファクトの話に戻すけど、このアーティファクト『アズリィエル』は雷の力を飛躍的に高める力を持ったアーティファクト。これを付けているだけで特異な自己強化は勿論。攻撃の為に使う魔法もすさまじい一撃を放てるようになる。


正に俺の為にあるアーティファクトと言っても過言じゃない位相性がいい。


しかも手脚を覆う装具だからこのままぶん殴ったり蹴ったりできる。壊れても俺が魔力を注げばすぐに修復される優れもの。


おかげで武器で不自由したことはない。それにここのモンスターには基本的に物理攻撃が通る。弓とか投槍とか遠距離攻撃手段も雷の魔法で解決するから、アズリィエル様様という訳だ。


「今日もよろしく『アズリィエル』」


俺の声を認識し、雷の模様を輝かせて起動するアズリィエル。


アーティファクトは待機状態と起動状態があり、待機状態だと指輪やネックレスなど、小さくなるのが一般的で、この状態だと特に力を持たないただのアイテムだ。しかし起動することで本来の姿に戻り、装備者に強大な力を与えてくれる。


アズリィエルはそんなアーティファクトの中では変わっていて、待機状態起動状態ともに形が変わらないアーティファクトだ。最初こそ持ち歩きに不便を感じていたが、長く使っていると特に気にしなくなる。何なら普段からつけていても良いのだが、ずっとつけているとアズリィエルが不機嫌になるかの如く能力を制限してくるので仕事の時だけ装備するようになった。


機関に調査に出せば詳しい事がわかるんだろうが、帰ってこない可能性も考えたら、手元に置いておくのが一番いい。それに最低限此奴が俺の頼れる相棒であるとわかっていればそれでいい。


それに、不機嫌になって能力を制限すると言うのも、何か生きている気がしてより相棒感があって好きだ。一人でダンジョンにいるよりも勇気が貰えている。


「今日はモンスター討伐と鉱物採掘だ。頑張るぞー」


特に返事をしてくれるわけではないけれど、こうして一緒に探索しているので、愛着は人一倍あるつもりだ。


「早速ゴブリン発見」


採掘場所を探してまずは中ホールを回っていけばゴブリンの一団と遭遇した。数は三。


ゴブリン。


スライムの次に弱いモンスター。知能が低く基本的に乱暴者。しかし群れで行動するので基本的には三匹以上での目撃情報が多い。また弱くはあるが、こん棒や棒の先に石を巻き付けて殴ってくるなど、危険性は高い。当たり所が悪ければ即死だからな。


今回は三匹だけの小さな一団だ。手持ちの武器もこん棒だけ。見つけたからには討伐しないと安心して採掘出来ないからサクっと討伐してしまおう。


「行くぜ『アズリィエル』! 『雷命』!!」


雷命。これが俺の最も得意とする魔法。自己強化魔法だ。原理はあれだ。雷は電気だから体内の電気信号を・・・まぁ色々やって身体能力を強化する魔法って事だ。全力で走ればこのダンジョンんのフロア全周するのに3分も掛からない位だ。それだけ便利なんだぜ?


それをアズリィエルでさらに強化してモンスターを瞬殺する。それが俺の戦闘スタイル。


始めに一匹、懐に飛び込んでボディブローからのアッパーで頭を吹き飛ばす。


横にずれて続けて二匹目。若干離れているので助走をつけて首を蹴り飛ばす。足から伝わる骨が折れた感覚で倒せたことを確認したので残りは一匹。


「駆けろアズリィエル!! 『雷撃』!!」


雷撃。これは攻撃魔法。手を抱き合わせて前に突き出し、その手からその名の如く雷撃を放つ魔法。ただの雷撃と侮ることなかれ。アズリィエルで強化されたクソ強い雷撃だ。ゴブリン程度には耐えられないさ。


頭へ狙い撃った雷撃はゴブリンの頭に直撃し、全身を焼く。プスプスと焦げた匂いを漂わせながらゴブリンは倒れる。


掃討完了だ。さて、何か落すかな。


ダンジョン内部でモンスターを倒すと、だいたい一二分でモンスターはダンジョンの中に消えていく。魔力で分解されてダンジョンの一部になると言うのが研究から判明している。んでダンジョンに戻らなかった魔力の一部がアイテムになるって言うのがモンスターからアイテムを入手できる理由だ。


やがてゴブリンの死体が魔力に分解され、ダンジョンへ還っていく。


「お、ラッキー」


今回は運がよかった。三匹からアイテムが残った。全部『宝珠』だな。ありがたく貰っておこう。借りたアイテムポーチに詰め込んでっと。このフロアの安全は確保できたから、モンスターがまた沸く前に採掘してしまおう。


折り畳み式のピッケルを組み立て、それっぽい壁を削る。これは経験則。多分この辺削れば鉱石が取れそうだなって場所が分かるようになったんだよ。


長い事トライ&エラーを繰り返して身に着けた大切な技術だ。気分は熟練の炭鉱夫ってか?


カッコンカッコンツルハシを振るい、良さげな鉱石を拾ってはアイテムポーチに詰め込む。ある程度採掘したら場所を移してまた振るう。モンスターがいれば討伐してまたツルハシ。


今日はそんな一日だ。








ーーーー








「ただいま」


「おかえり恭介坊や。ちょっと遅かったね」


「いやーなかなか採掘がはかどって」


珍しく宝石の様な鉱物も取れたからついついはしゃいでしまい気が付けば予定していた帰還予定時間を少し過ぎていたのだ。


「はい。頼まれてた鉱石。たっぷりあるからしばらく持つと思うよ」


「助かるよ。明日私の方から役所に渡しとくよ」


「それからこっちはいつものモンスターから取れたアイテム。宝珠六つ。今日は意外と多かったよ」


「あらま、昨日も五つ取れたのに今日は六つもあるのかい。どうせなら一個くらい使ったらどうだい?」


「生憎もう食べ過ぎて俺からしたらただの飴玉だよ」


「そう言うと思ったよ。いつも通り売り払っちゃうけどいいね?」


「うん。お願い。それとこっちはおばちゃんにプレゼント」


手渡したのは採掘中に取れたルビーに似た鉱石。原石のままだから不格好だけど。


「確かおばちゃんそろそろ誕生日だったろ? 加工とかは出来ないからおばちゃんの好きに使ったって」


「あらあらまぁまぁ。恭介坊やってば出来る子になっちゃって。おばちゃん嬉しいよ。ありがとう」


「いつもお世話になってるからね」


実際おばちゃんがこの支部の担当で良かったと思う事はたくさんある。迷惑もその分かけたと思うけど。それだけに、おばちゃんにはこうしてダンジョンで見つけたアイテムをプレゼントしている。これからもよろしくって意味もかねて。


「ホントにいい子だね恭介坊やは。おばちゃんがあとニ十歳若かったら婿にしてあげてたよ」


「横は嫁になるじゃないのね」


「はっ! おばちゃんの方が年上さね。婿入りしてもらうとも」


「はははっ。カカア天下になりそうだな」


「言ったねこのこの~」


他愛ない会話をしながら、今日のダンジョンの様子を報告していく。全フロア正常。特に問題なし。入手出来たアイテムもいつも通り。


「そうだ恭介坊や! ちょっとおばちゃんが紹介する子に会ってみないかい?」


「急だな!?」


「いやー思い出したんだよ。バスと列車を乗り継いだ町の方に今も独り身のさみしい子がいてね。仕事第一で彼氏のかの字も無い子なんだけど、恭介坊やならきっと相性がいいと思ってね!」


おばちゃんの交友関係は広い。それも滅茶苦茶広い。それこそ結婚願望がある若者はおばちゃんに相談すればいい感じの相手を紹介してもらえるほど広い。町でもちょっとした有名人だ。あだ名は『恋愛おばちゃん』。そのまんまだな。


「気持ちはありがたいけど、ダンジョンもあるから難しいかな。乗り継ぎって事は小旅行くらいになるだろ? 俺としてはその期間ダンジョンから離れるのはちょっと怖いなって」


「ふっ、そこは安心しな。おばちゃんの伝手で知り合いの探索者シーカーを一人呼び寄せるよ。おばちゃんに借りがあるからね。断れないはずさ」


流石おばちゃん。探索者シーカーにも伝手があったか。うーん・・・それなら、会うだけなら会ってみてもいいのか?でも仕事第一の人ならそう言うの興味ないんじゃ?


「その子実は組合職員でね。その町で受付嬢をやってるのさ。おばちゃんとしては仕事以外にぜひ興味を持たせたいのさね」


「それなら俺よりもいい出会い位たくさんありそうだけど?」


「無いから恭介坊やに話を振ったのさ。おばちゃんネットワークは広いからね。そういう話には鋭いのさ」


「うーん・・・」


「ま、友達を増やすつもりであっておいでよ! ダンジョンに青春を持っていかれた者同士気が合うはずだよ」


「青春云々は余計なお世話だよ! でもまぁ、そういう事なら会うだけあってみようかな」


「ヨッシャ! なら早速連絡しておくよ! ついに坊やの嫁さんを紹介出来る時が来たね!!」


「俺まだ19なんだけど?」


「世の中には婚約なんて言葉があるのさ! それに19歳なら結婚出来るんだから! ほら! そういう事なら明日は早めに上がって服屋でいい服買いに行くよ!!」


返答間違えたか? そう思う位におばちゃんのテンションは高かった。


帰って婆ちゃんにその話をすると、婆ちゃんも嬉しそうに喜んでくれた。折角の機会だし、人の優しさに甘えさせてもらおう。








ーーーー








そんな話が合って一週間。朝支部に行くと見慣れない車が一台止まっていた。おばちゃん新車を買ったって話は聞いてないし、お客さんか?


取りあえずバイクを止めて支部へと入る。そこには男性がいた。


「来たね恭介坊や! こいつがおばちゃんの伝手で呼び寄せた坊やの留守を預かる探索者シーカーさ!!」


半藤孝之はんどうたかゆきだ」


「あ、始めまして。南武恭介です」


握手をすればごつごつした手の平。屈強な腕。装備も俺の普段着の上からつけた安物とは比べるのもおかしなくらいしっかりした一品だとわかる。


「聞いてた通り本当にガキなんだな」


「舐めんじゃないよ孝之坊や、恭介坊やはうちの支部を一人で七年間支えてきた熟練の探索者シーカーさ!」


「七ねっ!!? おま小僧! お前何歳から潜ってんだ?!」


「中学一年の頃からですね。高校は通信制の高校なんで日中帯はほとんどダンジョン籠りです」


うちの町には高校が無い。隣町にはあるのだが、そうなると交通費やら民宿やらでお金がかかる。


だったら通信制の高校に入ったほうがいいと思ったのだ。それに最近の通信制の学校も捨てたもんじゃない。ちゃんと社会に出るために必要な授業や教材は揃っていた。


しいて言うなら家にネット回線を引くのに少し費用が掛かったくらいか。


「マジかよ・・・悪かったな小僧。ガキなんて言ってよ。七年も潜ってるなら立派な探索者シーカーだ」


「気にしてないですよ。スライムとゴブリンしか出ない片田舎のダンジョンですし」


「いいや、七年間ずっと帰ってきてるなら危険度は関係ない。お前は立派だよ」


「ど・・・どうも」


ちょっと照れるな。こうして町の人以外に褒められるのは初めてかもしれない。


「おばさんから話は聞いてる。留守の間は俺が巡回しといてやるから安心して出かけてこい」


「そういう事さ。あの子にはこの後連絡しておくから今日は帰って明日の準備をしてきな」


「じゃぁお言葉に甘えて。よろしくお願いします」


「おう! 任せな!」


と、いう訳でとんぼ返りになったが家に帰宅し明日の準備をしよう。二日に一本の隣り町へのバスだ。乗り遅れたら大変だ。








ーーーー










俺は田舎者だと思ってる。隣町にある大きなショッピングモールだけで一日時間を潰せるし、その辺歩くだけでも楽しいと思う人間だ。


何が言いたいかと言うと、人の多さに驚いている。人に酔いそうだって思う位に人が多い。


バスと列車を乗り継いで到着した都市には、右も左も人・人・人。信号は多いし車も多い。バスの数もたくさんあるからどれがどこに行くのかまるで見当がつかない。


しかも誰もかれもがおしゃれな服を着てる。スーツ姿のサラリーマンなんてもしかしたら初めて見るかもしれない。町の役所の人も皆私服だったし。


何よりも建物が全体的に高い。隣町のショッピングモールなんて目じゃないほどデカイ。なんだこれ。デカすぎる。


中学時代の修学旅行で言った街だってこんなにデカくなかった。もう規模がデカすぎて処理能力が足りないよ。


えっと、着いたらまず止まる宿・・・なんだっけ? なんとかホテルにチェックインして荷物を置いて、おばちゃんが選んでくれた服に着替えてとりあえずこの町の探索者組合支部に行けばいいんだっけ。


これちゃんと目的地にたどり着けるかな? 不安になってきた。


と、思っていたのだが、駅員の人が困っていた俺に手を貸してくれてタクシーを手配してくれた。


おかげで無事に今夜の宿に到着。そこでもホテルの従業員さんが優しく色々教えてくれたので無事にチェックイン。ついでに組合支部の場所も教えて貰ってなんと貸し出し用の携帯まで貸してくれた。しかも地図がこの携帯にはついてる。


使い方も丁寧に教えてくれたのでバッチリだ。しかもこの携帯。バスの時間と乗る場所降りる場所まで教えてくれる。すげぇな都市。うちの田舎は固定電話で充分なのに一人一台携帯を持ってるとか発展してる。


そんな田舎者丸出しの感想を抱きながら、ようやく目的地の探索者組合支部に到着した。


デカイ。うちの支部の何倍だろうか? とにかくデカイ。入り口前の看板にはいろんな店が入っているのと書いている。武器屋防具屋道具店。規模がデカすぎてもうお腹いっぱいだ。


とりあえず入ろう。おばちゃんは相手に話はしておいたから向こうから話掛けてくると言っていたし。


ちなみに写真は見せてくれなかった。声かけられてびっくりさせてやるとおばちゃんがニコニコしていた。なので俺は相手が誰かも知らない。


まぁおばちゃんの紹介だし何とかなるだろう。因みに相手には俺の写真を見せたとの事。やっぱり俺にも見せてくれるべきでは?


支部に入ればこれまた別世界だった。外が都会ならば、ここは異世界。ここにいる人たちは皆立派な装備や武器を担いでいる。


井の中の蛙大海を知らずとはよく言うが正に今の俺は蛙みたいなもんだ。眼に見えるすべてが新鮮で大きく見える。


「おい。出入り口で止まるな。危ないぞ」


「あ、すみません・・・」


「気を付けろ」


立ち止まってしまって、後ろの人に迷惑をかけてしまった。一旦切り替えよう。とりあえず2階に喫茶店があるらしいからそこに行こう。行けば向こうが気づくと言ってたしとりあえず待とう。それしか出来ないし。


二階の喫茶店もこれまた広い。家を改築して作った喫茶店ではなく、最初から喫茶店として作ったから広いし大きい。人の数も多いからこれまた都会の大きさに圧倒される。


「いらっしゃいませ。おひとり様ですか?」


「あ、はい。一人です」


「カウンターとテーブル席、どちらにしますか?」


「じゃぁ・・・テーブルで」


「かしこまりました。こちらへどうぞ」


店員さんに案内して貰ったテーブル席は対面式のテーブル席。一応人と会うしテーブルの方がいいと思ったんだけど、良かったかな?


「メニューは此方のタブレットからお願いします。何かありましたら及び下さい。ではごゆっくり」


借りた携帯よりも画面が大きいタブレットの使い方を手探りで確認していく。さっき借りた携帯と似てるからなんとなくわかる。ほえぇ、メニューが多い。しかも写真付きだ。見てどんなメニューなのかわかるってすごい。


・・・そういえばお腹減ったな。昼飯まだ食べてなかったし。折角来たんだ。食べてみたいもの全部食べていこう。お金はあるし俺は自慢じゃないが大食漢だ。行ける!








ーーーー








「ごちそうさまでした」


すげぇ美味かった。メニュー端から端まで注文したら店員さんが来て『間違えてませんか?』って聞きに来てくれたからゆっくり順番にお願いしますってお願いしたら驚いていた。食べられると思ってなかったんだろうな。


ふ、毎週の楽しみが近所で喫茶店してる夫婦のお店で爆食する事の俺に死角はない。無論ちゃんとお金は払ってるよ? と言うかオジサン達から『いっぱい食べてくれるから作り甲斐があるよ』って言われて通ってるんだ。胃袋には自信がある。


とりあえず食後のコーヒーを一杯。ブラックは口に合わないのでカフェオレにした。まだ味覚がガキなのかブラックコーヒーは合わないんだよな。


「おいアレ!!」


「マジでか!!」


「サイン貰えないかな!?」


急に他の人たちが騒ぎ出して、下の階を見始めた。なんだろう?


気になったので俺もちょっと席を立ち、野次馬に混ざるように下の階をのぞき込む。あ、この前テレビに出てた人だ。名前なんだっけか・・・あぁそうだ。結城里穂さんだ。


丁度仕事終わりなのか若干装備は汚れていたがそれでも綺麗だと思う。テレビに出るくらいだからやっぱり生で見ても美人さんなんだな。


彼女の後ろには仲間の人らしき人達もいる。皆装備が凄い。歴戦の探索者シーカーって感じだ。


会話は聞こえないが何か凄いことを成し遂げたらしい。下の階の人が盛り上がってる。うーん流石都会。こういう時のノリがすごくいいんだな。


階段を下りて突撃してる人もちらほら見える。有名人だしやっぱり話したいんだろうな。


まぁこうやって有名人に会えただけでも自慢話になる。帰ったら婆ちゃんに話してやろう。


とりあえず満足したので席に戻る。そういえばデザート食べてなかったな。注文しよ。








ーーーー








・・・・・・


・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・


これはあれだろうか? バックレたという奴だろうか?


支部に入ったのは昼頃。現在は夜八時を少し過ぎた。喫茶店の営業時間は九時までなのでまだ余裕はあるが、ここまで会話したのは料理を運んでくれた店員さんだけ。


よく食べるんですねなんて楽しそうに話しかけてくれたくらいで、他の人から声を掛けられることも無かった。


いやまぁ・・・うん。有名人に会えたし美味しいものも腹いっぱい食べた。これだけで割と満足だし、おばちゃんには相手と気が合わなかったと言えば納得もしてもらえるだろう。


おばちゃんが相手に連絡した場合は、まぁ相手が上手い事交わしてくれることを願おう。


よし、そうと決まれば会計して晩飯でも食べに行こう。折角来たんだ。食べたこと無いものを食べて帰ろう。


「・・・はぁ、いい加減帰ってると思ったらまだいたんですね」


「???」


会計を済ませる準備をしていたら突然声を掛けられた。店員さんに呆れられたかと思ったら全然違う人だった。昼に町で見た私服姿の女性と同じような服で、こちらを呆れた顔で見ている。


綺麗な銀髪だ。スタイルも良い。もしかしてこの人か?


「あ、もしかしておばちゃんが言ってた人ですか?」


「そうですよ。全くあの人は・・・あなたもあなたです。八時間も放置されて何も思わなかったんですか?」


「いや、忙しいんだなとしか」


「・・・変な人ですね。ほら、行きますよ」


「??? 行くってどこへ?」


「晩御飯ですよ。どうせ食べてないでしょう? このまま返すのは良い気がしないので晩御飯位付き合いますよ」


「あ、どうも。その前に会計だけ」


「私が出します。どうせそこまで稼いでる訳でもなさそうですし」


「あ・・・あはは・・・」


気が強い人だ。まぁ美人さんだから自己防衛の意味合いもあるんだろう。気が強いのは。


「すみません。お会計お願いします」


「はい。あらめぐみさん。いらしてたんですか?」


「知り合いに人の案内を頼まれたんですよ。そうじゃなかったら休みの日に支部に来ません」


「ですよね。あら? あらら? もしかして男性の案内ですか?」


「そういうのじゃないですよ。本当に知り合いの頼まれたんです。田舎の人だからもの知らずだって言われてたので」


「そういう事にしておきます。その方実は厨房でちょっとした有名人になってたんですよ」


「そういうのは良いです。とりあえずお会計お願いします」


「では、お会計22万5470円です」


「はいは・・・はい!!? 二十二万!!?」


「えぇ、その方ウチのメニュー全部制覇してくれたんですよ。大食漢ですね」


「ちょ・・・ま・・・っ!!? 今そんなに持ち歩いてないですよ!! あなたもどうしてこう何も考えずに食べるんですか!? 本当に!! どうするんですか!!? 大金ですよ!?」


「これで足ります?」


「ハ?」


「確認しますね・・・はい。二十三万円お預かりしますね。こちらおつりです」


「どうも。メニュー美味しかったです。作ってくれた人に伝えてください。機会があったらまた来ます」


「ありがとうございました。ほら、めぐみさん。案内するんでしょ?」


「・・・言っときますけど、次行くお店で全部食べるなんて言ったら、放置して帰りますからね」


「了解です」


なんか、第一印象は最悪って感じだ。いや、うん。どうしようか。


とりあえず前を歩くめぐみさん? に着いていく。


特に会話の無いまま歩き続け、やって来たのは・・・飲食店で、いいんだろうか。


「いらっしゃいませ」


「二人なんだけど。出来れば窓から離れた席がいいわ」


「かしこまりました。こちらへどうぞ」


とりあえず案内されるがままに店に入ってテーブルへ。要望通り窓側ではなく内側の席に案内された。ソファー側に彼女が座ったので俺は椅子へ座る。


「何度も来てるから案内は大丈夫よ。とりあえず生一つ。貴方は?」


「じゃぁウーロン茶を」


「はい。少々お待ちください」


店員さんが注文を受けて席を離れる。どうしよう。こういう時俺から話しかけるべきだろうな。何を話せばいいだろうか。


「はぁ・・・」


「ちょ・・・ため息はしないで欲しいなって思うんですよね俺。あ、南武恭介です。初めまして」


「田舎者って感じですねホントに。加々美めぐみです。加々美って呼んでいいですよ。下の名前で読んだら帰るので」


「あ、了解です。加々美さん。改めてですけど、今日は時間作ってくれてありがとうございます」


「ハァ・・・」


ちょっとため息やめてー!!? 反応に困るー!!


「良いですか南武。普通八時間も放置されたら無視されたと思うのが普通です。何のんびりメニュー制覇なんてしてるんですかアナタは」


あ、お説教タイムです? とか言ったら絶対に怒られるので口には出さない。


「いやぁ、あのこのご飯が美味しくてつい」


「・・・まぁ良いです。放置していた私も多少は悪いです。田舎の感覚を甘く見ていた私の落ち度ですから」


言葉的に多分一度顔は見に来てくれたんだな。けど、嫌だったからそのまま帰ったと。でもまさかと思って来てみればまだ俺がいて仕方なく声をかけてくれたと。そういう事ですね。


「とりあえず一品御馳走します。どうせこういうお店田舎にはないでしょう?」


「そうですね。なんというか、キラキラしてるなって感じです」


「でしょうね。タブレットの使い方はわかりますか? 一品選んだら私に下さい」


渡されたタブレットを受け取ってメニューを見る。ハンバーグばっかりだ。あれか?ハンバーグレストランって所だろうか。確かに初めてだ。


どれもうまそうだ。お、しかも量まで選べるのか。凄いな。お、これにしよう。シンプルイズベスト。


「選んだのでどうぞ」


「・・・ウチの喫茶店のメニュー制覇して置いて400gハンバーグにご飯セットって、まだ食べるんですか?」


「これでも体力勝負の探索者シーカーなので。まだまだ食えますよ」


「みたいですね。南武。アナタの探索者歴を調べさせてもらいましたけど、13歳から今までずっと『辺境のダンスホール』だけを探索していたで間違いないですね?」


ポチポチと注文を追えたであろう加々美さんはタブレットを戻しながら聞いてきた。そういえばおばちゃんが言ってたな。加々美さんは組合支部の職員だから探索者情報は調べられるのか。


「そうです。まぁスライムとゴブリンしか出ない田舎のダンジョンですからね。気を抜かなければ余裕ですし」


三四か月に一度のアレが無い限りだけど。それ以外は基本的に探索者組合からは『危険度のかなり低いダンジョン』と言われている陳腐な場所だ。


「武器は何を使ってるんですか? 剣? それとも槍ですか?」


「手脚に着ける装具で殴る蹴るですね。あと雷の魔法が使えるので自己強化と電撃でびりびりと」


「まぁスライムとゴブリン程度ならそれでも問題ないでしょう。毎月どの程度稼げてるんですか?」


「んー・・・答えないと駄目です?」


「・・・別に答えたくないならいいです、なんとなく察しました」


多分違うんだけどな。俺の収入源あんまり公表するのは良くないからおばちゃん経由でうまい事やってもらってるし。そう考えるとやっぱりおばちゃんには頭が上がらないな。


「七年間一生懸命貯めたお金を支部の喫茶店で散財するのはどうかと思います。田舎とはいえお金は大事です。管理はしっかりしなさい」


「あ、はい。気を付けます」


「・・・なんで初対面のアナタを説教してるんでしょうね私」


それは俺に聞かれても困ります加々美さん。


「それはそれとしてアナタも少しは言い返さないんですか? さっきから私田舎者だの程度だのそこそこ貶してるんですけど?」


「それは多分自己防衛の為なんだと思ってるので気にしてないです」


「ハイ?」


「いやほら、加々美さん美人なので近寄ってくる人多そうだから、防衛の為に強い口調が身に着いたんだと思ってたので」


「本当に変な人ですね。まぁ良いです。実際言い寄ってくる有象無象は多いのでこうでも言わないと変な勘違いをされても困りますから」


「なんか。大変なんですね美人さんって」


「人によるんじゃないですか? 言い寄られて良い気になる女もいますし。私は鬱陶しくて困ってますが」


おばちゃん。この短時間でわかったけど、加々美さん友達欲しいとかそういうの無い感じの人だよ。寧ろ自分で全部完結してる感じの人だよ。他人が余計なこと言わない方がいい感じだ。


発言は気を付けよう。


「ハァ・・・男とは言え年下相手に気を張ってるのも馬鹿らしく感じてきました。とりあえず食べたら解散です。あの人には適当に言っておくのでアナタも上手く話しておいてください」


「わかりました。なんていうか、すいませんね」


「アナタが悪い訳ではないでしょう。あの人は強引な部分があるので断れなかったのでしょう? 私も少々恩があるので断れなかった訳ですし」


「そんな感じです。おばちゃんって好きな事とか面白い事に関して行動早いですからね」


「そうなんですよ。あの人そういう行動は早いんです。普段はのんびりしてるのに、そういう時だけ真面目な時と同じくらい動きが早いんですから」


「俺・・・じゃなくて、僕はのんびりしてるおばちゃんしか知らないから仕事で真面目なおばちゃんがあんまり想像できないですね」


「あんな人ですけど、真面目な時ほど頼りになる人もなかなかいませんよ。うちの支部であの人のお世話になってないのはあの人が田舎に引っ込んでから入った人くらいです」


「へー・・・おばちゃんって撃ちに来る前はこっちの支部にいたんですね」


「ただの職員からの成り上がりで支部長にまでなった人です。今はのんびりしてるんでしょうけど、凄い人ですからね。アナタも敬意は持っておくことです」


「実は今も足向けて寝れない位にお世話になってます」


「でしょうね・・・電話? ちょっと待ってくださいね。誰ですかこんな時間に・・・」


誰かから電話が来たらしい。でもおばちゃんのおかげでいい感じに会話が出来た。おばちゃんありがとう。


「え? いま目の前にいますけど・・・わかりました! わかりましたから大声で叫ばないでください・・・南部。あの人からアナタに電話です」


「え? おばちゃんから?」


何だろう。とりあえず電話を受け取る。


「もしもしおばちゃん? 俺だけど」


『大変だよ恭介坊や!! ハザードが起きた!!!』


「っ!!? 嘘だろ!!? まだ二か月くらいしかたってないぞ!!?」


『孝之坊やも酷い怪我して帰ってきた!! 悪いけど今すぐ帰ってきておくれ!! アーティファクトは持っていってるだろう!! 急いでおくれ!!』


「わかった!! 直ぐ帰る!! ごめん加々美さん!! ここのお会計お願い!!お金は置いてくから!! ごめん!!」


携帯を置いてすぐに店を出る。加々美さんが何か言ってるけどごめん。余裕ない。


携帯でホテルの名前はわかるから・・・でも遠いなここ!! こういう時はタクシーって言ってた!!










ーーーー








なんなんですかあの人。


突然声を荒げたと思ったら私を無視して飛び出すし、お金は・・・まぁ一万円は置いていきすぎですけど。ほんとになんなんですか。


まるで私が振られたみたいな光景じゃないですか。ちょっとムカつきますね。


とりあえず元支部長に話を聞かせて貰わないと納得できません。


「もしもし支部長。一体何なんですか?」


『加々美ちゃんかい。恭介坊やはもう動いたかい?』


「動きましたよ。何の説明も無く飛び出していきました。これ私が納得できる説明出来るんですよね?」


『・・・本当にそっちに話は言ってないんだね。まぁいいさ。諦めてるよ』


「だから何ですかそれ?」


『簡単にいえばダンジョン内部のモンスター大量発生さね』


「はぁ・・・まぁそれなら他の探索者シーカーにでも頼んで片づければいいでしょう? どうせゴブリンとスライムだけなんでしょうし」


『そうさね。ゴブリンとスライムだけさ。ただし、毎回新種で下手なモンスターよりも凶悪で最悪のね』


「・・・どういうことですか?」


最底辺のゴブリンとスライムの新種? 凶悪で最低? どういうことですか?


『どこで止められてるのか知らないけど、毎度しっかり報告してたのに報告書が書き換えられてるのさ。どうせ本部の金食い虫どもだろうけどね。調べても無駄だよ。この問題はもう七年前からずっとさ」


「七年前からずっとって・・・待ってくださいそれって・・・!!?」


『流石に気付いたね。恭介坊やは『辺境のダンスホール』専属の探索者シーカー。この七年間ずっと一人で町を守ってきた本物のヒーローって奴さ』


「・・・信じられません」


『信じて貰おうなんてもう思ってないさ。けどこの町は坊や無しじゃもう生存できない。そしておそらく坊やがいなければ・・・




『辺境のダンスホール』は周辺の都市を飲み込むほどの災厄を振りまくだろうね』








ーーーー








ホテルに戻り『アズリィエル』を装備して飛び出す。受付さんに適当に渡したお金で多分足りるはず。残ってるものは処分していいって話もしたから大丈夫。


「頼む『アズリィエル』!! ぶっ飛ばすぞ!! 雷命!!」


街中でアーティファクトを使用するのは問題云々あった気がするけど状況は時間との勝負だ。気にしてられない。


それに留守をお願いした半藤さんが怪我して戻って来たなら今回のハザードも危険なものだ。


辺境のダンスホール。


それはスライムとゴブリンしか出ない危険度が最も低いダンジョン。


世間的にはそうだ。


ただし。ある周期が来ると『辺境のダンスホール』はモンスターであふれる。


おばちゃんと俺はそれを『災厄のダンジョンハザード』って呼んでる。


災厄のダンジョンハザード。それはダンジョン内部の異常事態。倒しても倒しても無限に沸き続けるモンスターの大群。スライムとゴブリンだけと侮ることなかれ。


クッションの様なスライムは形を持たず、ファンタジーのように相手の気管にへばりつき人を殺す。


低能だったはずのゴブリンは高い知恵と狡猾な知識を得て、仲間たちを統率し、ダンジョンの外へ出るための準備をする。


それが大量発生する。毎回姿形、保有する魔力量すら変えて、まるで人類を殺すためだけに生まれたように。


大体周期は三~四か月に一度。一か月前にも起きたからまだ余裕があると思っていたのに、今回すぐに起きた。


判断ミスだ。宝珠の落ち方が増えていたんだからもっと警戒すべきだった。せめて昨日見回りをしていれば気づけたかもしれない。


きっと俺も浮かれていたんだ。人も来てくれたし、大丈夫と油断していた。


悔しい。でも後悔しても何も解決しない。


だから急いで町に戻る。手遅れになる前に少しでも早く。


人混みが邪魔くさい。どうすれば・・・上か。落ちたら終わりだけど落ちなけれないい。突っ切る。


建物の間を三角飛びで駆け上がり、人混みがいない場所に出る。家に置いてきたアズリィエルの残証を感じ取り、町の方向をおおよそ確認する。最短距離で突っ切る。


「『アズリィエル』!! 頼む力を貸してくれ!!」


稲妻が強く輝いている。これが例えただの魔力による反応だとしても、アズリィエルは答えてくれた。『全力で行け』と。


「『雷命閃光』!!!」


雷となって、俺は飛ぶ。


建物を通り過ぎて、線路を超えて、森の中を走る。


しかし焦らず、冷静に、判断を誤って激突すれば死ぬのは俺だ。


そして俺が死ねば町の皆が死ぬ。


だから焦るな。けれど急げ。


駆け抜ける。


駆け抜ける。


駆け抜ける。






・・・・


・・・・


・・・・


・・・


・・・


・・


・・










「おばちゃん!!」


「坊や!!」


「すぐに潜る!! いつもの用意お願い!! あとで取りに戻る!!」


「その前にこれ飲みな!! 体力が戻るよ!!」


電話して四時間。坊やは戻ってきた。用意していた回復薬を投げ渡す。坊やは一気飲みして空いた瓶を投げ渡す。


「ありがとうおばちゃん! 行ってくる!!」


「頼んだよ!!」


支部の扉をたたき壊す勢いで飛び出していく。アタシも急いで色々準備しないとね。役所に連絡は入れた。


孝之坊やは救急車を呼んで既に病院に運ばれている。ありったけの治療薬で傷は塞いだから大丈夫だとは思うけど、あれでも一流の探索者シーカーだ。それがあんなひどい怪我して帰って来たとなれば今回はかなり危険かもしれない。


「悔しいねぇ・・・」


金の亡者どもは報告書の良い所だけを信じてダンジョンに人をよこし、欲しい物が手に入らなかったからとアタシの報告書を握りつぶした。


毎回ハザードが起きる度にしっかり報告書は上げている。けれど何も変わらない。今回孝之坊やを呼べたのはプライベートの時間を貰ったから。


あぁそう考えたら向こうの支部に対して謝罪文も送らないとだね。ウチで他所の探索者シーカーを怪我させたとなれば怒るだろうからね。


これがきっかけでここの危険性が再確認してもらえればうれしいけど、そううまく行くわけがないね。どうせまた上で握りつぶされる。


クズどもはここの危険性を無視して、騙されたとここを目の敵にしている。


何度も言っただろう。ここは普通じゃないとね。たかが一週間来た程度で『宝珠』や『アーティファクト』がポンポン手に入る場所じゃじゃないんだよ。


ここは、あの子が、南武恭介って坊やがたった一人で守り続けた人類の防波堤なんだよ。


ただのアイテム目当てで来る連中が高級品を簡単に手に入れられる場所じゃない。


頑張って、頑張って、傷ついて、それでも必死に戦った奴にだけ、このダンジョンは報酬として宝をくれる。


ダンジョンは生きている。アタシはずっとその話をし続けてきた。そして、無視され続けてきた。


けど、アタシの言葉を誰も信じない。


ダンジョンは異世界への扉。人類進化の為のエネルギー供給所。モンスターは人類が進化するための障害。誰もがそう考える。


そして地位と名誉、富を求めて探索者シーカー達は挑み続ける。


違う。


ダンジョンは人類への侵略者だ。


モンスターは侵略の為の尖兵。


ずっとそうだと言い続けて、成り上がってその危険性を訴え続けた。


結果がこれさね。辺境の田舎町に飛ばされ、最底辺のゴブリンとスライムしか出ないダンジョンの管理・報告。


もうやる気も何も無くしたさね。けど、この町に来て、アタシの考えが本当だって立証された。


最弱と呼ぶのは人類が勝手に決めた事だった。


これほど恐ろしいモンスターはいない。小さな子犬程度のスライムが、大勢殺した。ゴブリンが、殺した人間をまるで巣に持ちかえるように引きずってダンジョンに帰っていった。


たった五匹のスライムとゴブリンに、この小さな田舎町は滅ぼされ掛けたんだ。


あの子が、恭介坊やがあの時勇気を出して戦って無ければ。


逃げろと言ったのに、無理だと言ったのに。


『俺この町が好きだから!! 俺が育った大切な場所だから!!!』


そういってあの子はバット片手に一人でダンジョンに潜ったんだ。中学生になりたての子供がだよ?


どれだけ怖かっただろう。どれだけ死を覚悟しただろう。田舎で戦えるような大人何ていない。誰も皆そういう戦い方なんて知らない古い人間だ。だから、誰も後を追えなかった。


けれどあの子が入ってから、ゴブリンもスライムも出てこなくなった。


二日経って安堵した。


三日経ってようやく坊やの安否に気が向いて。


四日経って知り合いは坊やが死んだことを確信した。


五日経ってようやく町の大人がダンジョンに近づいた。戦ってる音が聞こえて恐怖で戻ってきた。


六日経って、音が静かになって。


七日経過して、見たこと無い装備を付けた坊やが、ボロボロで帰ってきた。


『もう大丈夫!! 俺が全部やっつけた!!』


何て業をこの子に背負わせたんだろう。なんでアタシは死ぬ覚悟でダンジョンに挑まなかったんだろう。


坊やの唯一の家族が泣き叫んで喜んだ。町の皆が坊やの事をヒーローだと言って持ち上げた。


それは本来。アタシたち大人が、探索者が担うべき責任だったはずだ。


幼い子供が背負うべき責任じゃない。なのに・・・誰もがそこから目を逸らした。


燻っていた思いに火をつけてもう一度何度も何度も再調査の嘆願と、探索者の配属を願い出た。もちろん。坊やが持ち帰ったアイテムの事も隠さず全てだ。


この際富目的でも構わない。坊やが背負った責任を背負う為なら、泥だって飲んでやるつもりで本部と国に話をした。




『再三の調査の結果、辺境のダンスホール支部の報告にあった事象は見受けられない。支部長である彼女も空想に捕らわれているため錯乱して報告してしまった可能性がある』




この瞬間。アタシは大人げなく泣いた。嘘じゃない本当だ。


だってあの子は一週間の間戦い続けたんだ。


この町を守ってくれたんだ。


なのに・・・アタシはその責任を背負う事も、軽くすることも出来なかった。


それなのに・・・




『大丈夫!! 俺がまた全部やっつけるから!! 泣かないで!!』




だから誓った。アタシはもう誰も頼らない。もう生きていると話もしない。


けれど、けれどこの子の為に出来る事を。


この子が少しでも、長生きできるように。残りの人生を捧げると誓った。


知ってるダンジョンの常識。探索者の常識。全て教え込んだ。あの子が学生のまま戦うなら、それが出来るように、支援した。町長に頭も下げた。


町の人たちにも何度も頭を下げた。


ただあの子が毎日元気に生活できるように、サポートしてあげて欲しい。


あの子が守った物がどれだけ素晴らしいか、忘れないで欲しい。


そして、何があっても、あの子を恨まないで上げてほしい。


その為に生じる問題は、全てアタシが責任を取る。


あの子の為に出来るすべてを、あの子の為にしてあげると。


あの子がただやりたいように、大好きな町を守れるように。


それが、アタシの命の使い方さね。








ーーーー








「『アズリィエル』!! 雷撃!!」


数が多い!! 幸い雷は効果があるから一掃は出来る。けど数が多い! オラッ邪魔だっ!!


足元に縋りついていたスライムを雷撃と共に蹴り飛ばして突撃する。


雷撃を纏わせた拳でデカイゴブリンを殴り飛ばし、再集結しだしたゴブリンたちをもう一度雷撃で焼き尽くす。


「だぁぁぁ!!! 畜生!! 疲れた!! ご飯食べたい!! 帰って寝たい!! もっと都会で遊びたかった!! それも全部お前らのせいだからなぁ!!!この野郎!!!」


疲れを吹き飛ばすように叫んで、ぶん殴る。


真っ黒なスライムが俺の顔目掛けて飛んでくるから、雷撃で消し飛ばす。流石アズリィエル!


全力出せば貫けないモンスターはいない!!


「ちっ・・・数が多いな相変わらず!!」


倒してお倒してもきりがない。いつもの事だ。ヤバいふらふらしてきた!! 水分補給!!


「オォォルラアアアアアア!!!」


近くにいたゴブリンの腕を引きちぎる。吹き出る血を口いっぱいに飲み込んでのどを潤す。その腕も雷撃で火を通して食いちぎる。


「『アズリィエル』!! 雷命自撃!! ガァァァァァアアアア!!!?!!??!」


毒素を含んでいた場合、俺は死ぬ。だから体内で毒素だけを焼く。すげぇ痛いけど死ぬよりマシ!! アズリィエル様マジ感謝!


「アアアアアアア・・・ゲンキデタゼオイ・・・!!!」


喉はガラガラ、けど身体は元気。ゴブリンどもは一歩下がった。怯えたな。俺におびえたな?


それはつまり戦意喪失ってことっだな? 丁度良かった。体力回復の為に肉と水分が欲しかったんだ。


「ゼンインブッコロシテヤラァ!! ハラワタクイチギッテクッテヤラァ!!」


生きる事に死力を尽くした人類の恐ろしさその魂に刻んでやるよ!!


日本人の食に対する執着心みせたらぁ!!!










ーーーー










「アァーオバチャンイッカイモドッタ」


「あんた喉ガラガラじゃないかい!! また食ったね!!?」


「イキテルカラセーフ」


「全く!! ほらおいで!! 治療薬と回復薬を飲ませてやるよ!!」


ひとまず全フロアで掃討が完了したから支部に戻ってきた。全身血まみれだけど全部返り血だから俺は傷ついてない。自傷したことについては応急処置なのでセーフ。


「ゆっくりのみな。染みるよ」


「アアアアア・・・シミルゥゥゥぅぅぅ・・・」


ゆっくり飲ませてくれた治療薬で喉を潤す。あぁ、ゴブリンのまっずい血よりもずっと美味しい。五臓六腑に染み渡るねぇ。


「体拭くよ。回復薬をしみ込ませたタオルだから染みても文句言うんじゃないよ」


「いわないいわない・・・あ、のどもどってきた」


「そりゃそうさ! おばちゃん特製の治療薬さ! ダンジョンでの傷何てあっという間に治しちゃうよ!!」


汚れた体を拭いてくれるおばちゃん。回復薬の効果なのか疲れまで吹き飛んでいくぅ~


「ちょっと待ってな! 今薬湯も用意するよ! 少しでも浸かって休めな!! その間これ飲んでな!! アンタあとは任せるよ!! 全身拭いてやんな!!」


おぉ、魔力入り乳酸菌飲料。これ美味しいんだよ。あぁ~生き返るぅ~


「本当に一人で戦っているんですね」


「そうだよ~・・・っ!!?」


何でいるの加々美さん!!?


「血相変えた顔して飛び出されて気にするなって言う方が無理だと思いませんか?」


「・・・オッシャルトオリデ」


「はぁ・・・とりあえず大人しくしててください。拭きますから」


「あ、いえ、じぶんでふきます」


「いいから動かないでください。ほら」


あ・ああ・あ・あ・あ・・・・・・美人さんにお世話されてるぅ。何この高揚感。


「・・・はっ、いつきたんですか?」


「昨日です。アナタが飛び出してからもう四日経ってますよ」


もうそんなに経ってたのか。やっぱり今回は多いんだな。いやそうじゃなくて。


「おしごとは?」


「有給取って休んでます。ほら、顔拭きますよ。一旦それ飲むのやめてください」


「わぷっ」


床屋で散髪後に頭洗って貰ってる時と同じ気分。気持ちえぇなぁ。


「靴も脱いでください。腕と足拭きますから装具も外してください」


「いやさすがにあしは・・・」


「言い訳しない文句言わない。ほら黙って脱ぐ」


「うす」


年上相手には逆らえないんです俺。言われるがままにアズリィエルを外してテーブルに置く。


「火傷、酷いですね」


「い゛ぃ゛!!?」


痛い!! 流石に自傷火傷部分を拭かれるのは痛いです加々美さん!!アイタタタタタッ!!?


「暴れないでください。回復薬をしみ込ませています。治りは早くなりますから大人しくしててください」


「あだだだだだだっ!!?」


「・・・これでもかなり優しく触れてるだけなんですけどね」


しみ込んでる回復薬がバッチリ傷に浸み込んでるんですぅ!! 治っていく感覚あるけど痛いです!!


「とりあえず右腕はこれで良し。左手も吹きますから覚悟してください」


「やさしくしてね?」


「冗談を言える程度には元気そうでよかったです」


「アダァァアアア!!?!?」










ーーーー










体を拭いてもらって、薬湯につかって、用意してもらった新品の衣服に袖を通してひと眠りしたらはい。


「復活!」


「流石坊やだ!! 若いねぇ!!」


「若いで済ませて良い物じゃないと思うんですけど」


「良いんだよ! いつもの事だからね!! 恭介坊や! ご飯食べれるかい?」


「食べる!! 飯!!」


まともなご飯!! 話的に四日ぶり!!


「ちょっと待ってな!! 特製チャーハン作ってあげるよ!!」


備え付けの台所でおばちゃんが中華鍋を振るい始める。良い匂いがもうしてきた。あ、めっちゃ腹の音が鳴った・・・


「ぷっ・・・なんですか今の音、まるで小学生みたいな音ですね」


「ううう・・・お恥ずかしいです」


「まぁ、それだけ頑張ったって事です。お水飲みますか?」


「あ、じゃぁいただきます」


「ちょっと待っていてくださいね」


加々美さんが立ち上がって水を用意してくれた。あ、回復薬は混ぜ込むんですね。何から何までありがとうございます。


「ゆっくり飲むんですよ」


「はい・・・うめぇ・・・!!」


「それは良かったですね」


「所でホントになんで加々美さんがここに?」


「さっき言いませんでしたか? あんな血相変えて飛び出されたら気になって仕方ないんですよ」


「いやでも・・・有給使ってまで来ます普通?」


「なんですか? 私の有給です。どう使ってもアナタに文句を言われる筋合いはないでしょう?」


「・・・ウッス」


「なんだい恭助坊や!! 早速尻に敷かれてるね!!」


「敷いてません!! 支部長も揶揄わないでください!」


「はいはいそういう事にしとくよ!! かにチャーハンとえびチャーハンどっちがいい?」


「エビ~」


「あいよ!!」


個人的にはえびチャーハンが好きです。こう、エビッって感じが好きなんだよな。そうして出来上がったえびチャーハンが目の前に用意された。しかも大盛り!


「ゆっくり食べるんだよ!」


「ありがとうおばちゃん! いただきます!」


「召し上がれ!」


うんめぇ・・・!! 滅茶苦茶うめぇ!! ご飯パラパラ卵ふわふわ。チャーハンの元とは言えエビ感もたっぷりあってめっちゃうめぇ。


「なんていうか、無邪気に食べるんですね」


「ほふ?」


「返事しないで良いから食べてください。ほら」


「むぐ」


そういう事なら遠慮なく。そうしてしっかり噛んで食べ進めて、大盛りチャーハン完食です。美味かった。


「ごちそうさまおばちゃん。美味しかった」


「お粗末様でした。ほら、一回みゆき婆ちゃんに電話してやんな」


「そうする。電話借りるね」


家の電話番号をぴっぽっぱっと。呼び出し音が何度かなってから、電話がつながった。


『もしもし南武ですよ』


「婆ちゃん。恭介だよ」


『恭ちゃんかい。よかった。声を聞いて安心したよ』


「いつも言ってるでしょ? 俺は婆ちゃん残して死なないよ」


『それでも心配なんだよ婆ちゃんはね。でも元気そうな声で安心したよ。今日は帰ってくるのかい?』


「ごめん。まだ帰れないかな」


『そうかい。なら帰ってきたら大好きなおでん食べられるように作って待ってるよ。だからちゃんと帰ってくるんだよ』


「うん。わかったよ婆ちゃん! それじゃぁまたね! 行ってくる」


『頑張っておいで』


受話器を置いて一呼吸。休息は十分。飯も食ったしまた行くか。


「もう行くんですか?」


「休めましたからね。それにまだまだ油断できないですから」


「ほら恭介坊やのアーティファクト綺麗に拭いといたよ!! 新品同然さね!!」


おばちゃんがピカピカに磨いてくれたアズリィエル。本当に新品みたいだ。


「それからアイテムポーチだ。携帯食料と水を一週間分入れておいたから間を見つけて食べな。ゴブリンで済まそうとするんじゃないよ?」


「わかったよ。ちゃんとここのやつ食べる」


「それと煙幕も用意してある。疲れたら逃げるのに使いな。回復薬と治療薬は混ぜて瓶に詰めてある。水に溶かしてあるから危ないと思ったら一気に飲みな」


「いつもありがとうおばちゃん」


「いいってこそさ。それに今回はめぐみちゃんも手伝ってくれたから楽だったよ」


「マジか。加々美さんありがとう」


「感謝するなら無事に帰ってきてください。待ってますから」


待ってますから・・・待ってますから?


「なんですか不思議そうな顔して」


「・・・帰らないので?」


「まさか中途半端なまま私に帰れと?」


「いやその・・・有給・・・なんですよね?」


「気にするなら頑張って全部倒してきてください。終わったの確認したら帰ります。わかりましたか?」


「・・・ウッス」


「それと、めぐみでいいですよ」


「へぁ!!?」


「ほら、行くんでしょ? いってらっしゃい」


「えあ・・・・はい! 行ってきますめぐみさん! おばちゃん!!」










ーーーー










「・・・支部長」


「なんさね?」


あぁ悔しいな。聞かなくてもわかってる。


「私の顔・・・どうなってます?」


「赤いねぇ、しかも二やついてる。どうだい? いい男だろ? 南部恭介はさ」


「・・・私、一応仕事一筋の人間のつもりだったんですけど」


「皆を救うヒーローが好きな仕事一筋の女だったよねめぐみちゃん」


「・・・」


「んで、どうだい? この町のヒーロー様は?」


「・・・言わないと駄目ですか?」


「聞かなくてもわかるさね。いいねぇ若いってのは!! 青春だね!!」


「・・・!!!」


あぁもう! もう! 


思い描いてた理想の探索者像があった。年下の男の子。まだ二十歳にもなってないのに。


ボロボロになってでも戦って、誰かの為に戦うヒーロー。


仕事一筋の私の趣味。ヒーロー番組。その主人公。誰かの為に戦えて、その為に自分を平然と犠牲に出来てしまう英雄。


いつかそんな人に会って助けてあげたいと思って探索者組合に入った私が、まさに求めていた理想の人。


今までしつこく絡んでいた側だけの存在じゃなくて、中身からヒーローの男の子。


「ああああ・・・こんなことになるなら支部長の話断るべきでした・・・!!」


心臓がうるさい。戻ってきた彼がボロボロで、それがあまりにも大好きなヒーローに酷似してて、幼い私が憧れて助けたいと思った主人公みたいで。


出会ってしまった。私が求めていた理想像。


自分の大切な人と場所の為に戦える英雄で主人公ヒーロー


有象無象と違ってがっついてこないで、時折可愛い反応を見せるのがまた愛おしくなって。


私こんなに惚れっぽい女じゃないはずなのに。


彼に名前を呼ばれただけで、隠していた心が跳ね上がって。こんな顔見られたら絶対に勘違いされる。いや、勘違いではないんだけど・・・そうじゃなくて!!


「・・・転勤願いだしちゃおうかな」


「良いんじゃないか? アタシも一人手伝ってくれる子がいるなら大歓迎さ!」


あぁもう。考えて飲み込む前に口に出る・・・!!


うん。もう開き直ろう。全部彼が悪い。


多分もう彼以外の男なんて考えられない。それくらい私の理想像。知らない事の方が多いけど、これから知っていけばいい。


一目ぼれ・・・とは違うけど、彼のあり方が私の心をつかんで離さない。だから彼を私のものにする。


私は美人って彼も言ってた。なら仲良くなっていける。それにさっきまでのやり取りも悪くなかった。


それに・・・誰かの為に一生懸命になれる人だ。何かのきっかけできっと誰かが好きになる。その時が来たら、私は絶対に暴走する・・・気がする。


だったら今から彼の心に私と言う人を置いてしまえばいい。そして言うんだ。


『彼は私のです』って。


うん。そうしよう。私の心を奪った責任を取ってもらうんだ。


「支部長」


「なんだい?」


「たまってる仕事片づけたら転属願い書いてくるので一言もらえますか?」


「勿論さ! めぐみちゃん『鑑定』の能力持ちだからおばちゃんも坊やの為に出来る事も増えてありがたいさ!」


「お願いします・・・それと」


「それと?」


「帰って来た時に彼が喜ぶ出迎え方って何ですか?」


「そりゃご飯さね! 食べ盛りだからね!!」


「台所借ります」


まずは胃袋から掴もう。何が好きで何が嫌いか。何もわからないけど、それも含めて知っていこう。とりあえず。この前食べ損ねたハンバーグでも作ってあげよう。

もし面白いと思っていただけたら感想と評価してくれると嬉しいです。

と言うか私は承認欲求モンスターなので感想下さい。めっちゃ欲しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こういった話も良いですね。 [一言] そのうち分の悪い賭けは嫌いじゃないが口癖になるか、リーチもへったくれも無い角付きカブトやパイルバンカーを武器にしそうな主人公ですね。
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