誰がために放つ矢か④
さあ、どう出てくるかしら。
そう考えたとき、ブルードはアスルトの宣言に盛大に溜息をこぼした。
「そうでしたか。これはとんだ早とちりをいたしました。皆様には謝罪いたします。アーリアは私に息子であるアスルト殿下の安全を確保してほしい、王族ではないのだから庇護してほしいと、そう仰ったのです。私はその望みを叶えようとしたまで」
なるほど、切り替えが早い。よく舌が回るわね。
「アーリア、近衛騎士様が君の子だそうだ。よかったじゃないか、いらぬ混乱を招かずに済むだろう」
ブルードは笑顔を張り付けて言葉にするけれど、その思念は〈羞恥〉と〈憤怒〉に満ちている。
アーリアさんは指先を震わせ口元を押さえながらヒ、ヒー、と喉を鳴らして喘ぎ、バークレイ医師がその様子に気付いて彼女に駆け寄った。
「落ち着くのですアーリア。ゆっくり吸って、ゆっくり吐き出して」
激しい混乱は彼女の体に異変を起こし、考えることを許さないようだ。
ディルは沈痛な面持ちでそれを見ていたけれど、口を挟むことはない。
そのとき、私はぶわりと赤薔薇の紅茶の香りを聴いた。
それはシャグ茸の入った甘い香り。第一王妃様が飲んだ毒。
〈怨嗟〉と〈忠誠〉が纏わり付くように匂い立つけれど、間違いない。
ここでその香りがするとしたら――。
瞬間、アーリアさんが震える手で懐からなにかを取り出し、ゆらりと踏み出したのが見えた。
その瞳は暗く、言いようのない黒い感情に満ちている。
見据えているのは――ブルード?
「ッ! ディル! 彼女を止めてッ! 毒よ!」
咄嗟に言うと、まるで風が吹いたように彼の気配が動いた。
「放しなさい! こいつ、こいつさえ……!」
ディルが掴んだアーリアさんの手にはチカリと光るなにか。
それが細い針のついた筒だと気付いてゾッとする。
私を眠らせるときに使われた道具だろう。
けれど、中身は――。
王の後ろの騎士は剣の柄に手を掛けていたが、ディルが首を振る。
ブルードに向けて獣のように牙を剥くアーリアさんはそれでもディルを振り払おうと暴れていた。
「お前のせいで第一王妃様が死に、私はッ……! あの子を護るのは私よ、私なのッ!」
「……な、に? 第一王妃様が?」
ブルードの双眸が見開かれ、貴族たちにも急激に動揺が広がっていく。
聞いていた王が小さく肩を震わせ、唇を噛んだのがわかる。
「落ち着いて、母さん」
ディルが彼女を押さえながら言ったけれど、アーリアさんは空いている左手でディルの頬を打った。
パン、と乾いた音が響き、すぐに虚空に消えていく。
「放しなさい! 違う、違う、違う! 貴方は私の子ではない、私は――だとしたら、だとしたら、そんな……!」
アーリアさんの感情の振れ幅が大きい。
溢れる〈憤怒〉はすぐに〈混乱〉へと転じ、〈愛情〉と〈嫌悪〉が激しく渦巻いて混ざり合う。
「ゆっくり呼吸してくれ。大丈夫だから」
再び呼吸が乱れ始めた彼女の背を、ディルが空いている手で優しく擦る。
赤くなった頬を気にすることもなく、彼の手は慈愛に満ちていた。
「おい。どういうことだ、第一王妃様がなんだと――」
そんなアーリアさんに詰め寄ろうとするブルードの前、彼女の右手を掴んで押さえたままディルが体を入れ替えて睨み付ける。
近寄ることを許さない雰囲気にブルードは忌々しげに足を止めた。
「その件について皆に報告がある。父上、真相を明らかにしましょう。彼女がすべてを聴いてくれた。俺は答えを持っています」
アスルトはそう言うと椅子に座り直し、疑心暗鬼に満ちた視線を送り合う貴族たちを順番に見据え、最後に私を見て頷く。
「彼女は俺とディルが雇った『失せ者捜しの聴香師』、リィゼリア。思念の香りを聴くことでバークレイが抱える罪を明らかにし、我が母上に死を運んだ者を見つけてくれた。ブルード、お前が使役する懐刀を捜し出したのも彼女だ。わかるな?」
「……」
ブルードが〈焦り〉を滲ませ、僅かに硝煙の香りが聴こえる。
この期に及んでまだ鉱石戦争を思っているなんて。
いいえ、あの爆発もブルードが願う革命の一部だったのかもしれないわね。
やがて皆が押し黙ると王が静かに語った。
「私の妃、王家の血を継ぐ第一王妃が先日毒殺された。混乱を避けるためひた隠しにしてきたが、どうやら息子のほうが一枚上手だったようだ。私の側近たちは真相を掴めておらぬ。聞かせてもらおう、聴香師」
私はアーリアさんを押さえたままのディルに頷き、ドレスを摘まんでアスルトと王に向かって礼をする。
「かしこまりました、陛下。それでは皆さま、しばらくお付き合いいただきますわ」
よろしくお願いします!




