8話 ソロキャンって、最高じゃなくって?
「ソロキャンって、最高じゃなくって?」
木の枝に刺して焼いただけの魚をワイルドに食い千切りながら、ロザリアは呟いた。
満点の星空と、星空を映す湖という最高のロケーションの中で、パチパチと控えめに爆ぜる焚き火に当たりながら、魚の塩焼きという御馳走を堪能する彼女は、誰に聞かせるでもなく気付けばそう口にしていた。
いや、しかし。
改めて考えると、家から逃げ出したこの数日間は思っていた以上に快適に過ごすことができていた──違う、想像より「遥かに」快適に過ごせていた。
今まで全てを使用人や侍女に任せていたために、いくらチートなキャンピングカーがあるからといって、本当に自分ひとりで暮らしていけるのかと心配していたものの、ヨシノリ・オオツカの人生の夢を見たおかげで、彼の暮らしを参考にどうにか生活を営むことができている。
食事についても、豊富な種類のインスタントに助けられつつ、最近では長い独身生活で培った彼の調理の記憶を頼りに、冷蔵庫の中の食材や採取した野草を使った料理で中々バランスのいい食生活を送っていると彼女は自負している。
そのうえで、令嬢時代では考えられないほど時間を自由に使えるので、好きなときに好きなことを好きなだけ楽しみ、ストレスフリーでのびのびと暮らせるのだから、考え方によっては以前よりも快適だと言えるだろう。
「歴史に語学、経済や算術、マナーやダンス…。
淑女の嗜みとして刺繍と詩歌と絵画と楽器と…。
そのうえでお茶会やパーティといった社交をこなして…。
考えてみると私ったら、なんて多忙な日々を過ごしていたのでしょう」
これ以外にも貴族の面子というものがあるため、なにひとつ自由ではなかったと言っても過言ではない。
朝早くに目覚めてしまっても、侍女の世話がなければ着替えどころかベッドから下りることすら「はしたない」とされるため、起床の時間が来るまでじっと待つ必要があった。
侍女に手を引かれてベッドを下り、侍女に手を引かれてバスルームへ行き、侍女の手で着替え、侍女の案内で食堂へ行き、侍女に給仕されながら朝食を──。
一事が万事こんな調子なのだ。
本来ならば極めてプライベートな空間であるはずのトイレでさえ、ソレ専用の侍女を連れ込んでドレスの裾を持たせながら用を足さなければならないなんて、平民ならきっとなんの冗談かと笑ってしまうことだろう。
もし仮に、父の怒りが収まっていて、殺されることも修道院へ追いやられることもなく家に戻ることができたとして、果たしてロザリアは「ハイわかりました!」と言えるのか。
「えっ、ムリではございませんこと?」
答えは、否。
この圧倒的な自由を堪能してしまった今、もとの生活に戻るなんてマジむり。
わざわざ侍女を待たなくてもいい、マイペースに動くことが許される暮らしにすっかり慣れてしまったロザリアが公爵家に戻ったところで、きっとストレスで心身を病んでしまうに違いない。
このキャンピングカーで、侍女の手伝いもなく一人で用を足したとき、トイレという空間がこんなにも落ち着くものだと初めて知った瞬間の衝撃たるや。
「どう考えてもムリですわ…今更あんな生活に戻れっこありませんもの…」
ロザリアの静かな独白が、静寂な空気に吸い込まれて消える。
魚の塩焼き3匹を平らげて満たされたお腹をさすりながら、ロザリアは改めて決意した。
「私、絶対お家に戻りません…ッ!」
なにがなんでもこの旅を続けて、自由に生きてみせる!!
そうよその意気よロザリア!! エイ、エイ、オー!!
──最近、拳を振り上げる動作がなかなか堂に入ってきたロザリアであった。
タイトル回収!
でもまだまだ続きますよ~(*^∀^*)




