28話 雨天の出会い
しとしと、ぽつぽつ。
防水のタープを雨が打つ。
音楽と思えば雨もまた乙なものだ。
ぼんやりとそんなことを考えつつ、ロザリアはしっとり冷たい空気の中で、暖かい紅茶を啜りながら静かに耳を傾けている。
ヨシノリ・オオツカは、雨の日になるとキャンピングカーの屋根から防水のタープを引き出して、暖かい飲み物や焚火を供に、雨音や湿った空気を楽しんでいた。
それを興味本位で真似して以来ロザリアもすっかりハマったらしく、こうして雨が降るたび車を停めるようになっていた。
以前なら雨の日なんて憂鬱なばかりで、日差しを遮られるせいで肌寒く、湿気は髪型を崩しドレスを重くするだけだった。
でも、彼の人生のおかげで楽しみ方を知った今は曇天すらも愛おしい。
「……あら?」
雨音にまじって、バシャバシャと足音が聞こえる。
魔物かと思って一瞬身構えたロザリアだが、すぐにその正体が判明した。
「あっ何かある!」
「何だアレ!?」
「でも屋根がある!」
「人もいる!」
雨に濡れながら現れたのは、2人の少年だった。安物だが冒険者のような装備を身に着けた彼らは、話を聞けば1ヵ月前にギルドで登録したばかりの新米冒険者らしい。
「お邪魔しちゃってスンマセン! 助かります!」
「しかもこんな美人なお姉さんとご一緒できるなんて…イテッ」
「バッカおまえ! スンマセン本当にもうコイツは…」
「うふふ、よくってよ」
しっかり者とお調子者のコンビは、取り出した布で髪をぬぐいながら、きょろきょろとせわしなく視線を巡らせる。どうしたのかとロザリアが問えば…
「あのぉ、コレって何ですか? 屋根あるし…小屋?」
「小屋なんじゃないのか、多分」
「あぁ、こちらは私のゴーレムですわ!」
「ゴーレムぅ!?」
「これが!?」
「ええ、特殊なゴーレムですの。きちんと私の魔力で動きますのよ」
キャンピングカーはギルドでも登録されているため、嘘ではない。
ロザリアの自信に満ち溢れた堂々とした言葉に、少年達は腑に落ちない表情ながらも一応納得した様子でうなずく。お姉さんがそう言うなら、まぁ、うん…。
しばらく談笑していると、再び聞こえる足音。今度は3人組のようだ。
「えっ何アレ!?」
「でも屋根があるぞ!」
「オレ達も入れてもらおうぜ」
珍しい女性の冒険者が1人と、男性が2人。
しっかりと金を掛けているのが分かる装備は、彼らが熟練の冒険者であることを伺わせる。
「ありがとうございますっ、助かりましたぁ~」
「いやぁ、ありがてぇ! まいっちまうよ本当」
「雨が降りそうなのは分かってたけどよぉ…」
3人曰く。空が曇りはじめて、空気も湿気を含みつつあったから雨が降るだろうと予想はできていたが、あとちょっとで依頼を達成できそうだったこともあって、帰還を遅らせることにしたらしい。よく聞く冒険者あるある話だ。
「よかったわ~、ちょうどよく小屋があって!」
「でもよぉ、こんなところに小屋なんかあったか?」
「小屋ァ? 小屋かこれ?」
「これは美人なお姉さんのゴーレムっすよ!」
「ごっ、ゴーレム!?」
「え~っこれが!?」
「特殊なゴーレムらしいですよ」
「へぇ~!」
一足先に知った知識を説明する少年達のドヤ顔が微笑ましい。
人数が増えた雨宿りはいっそう賑やかで、しかも全員冒険者ということもあり話が弾んだ。
紙コップに熱い紅茶を淹れてやり、ワイワイと話に花を咲かせていると…。
「あら、またですわね」
「え? あ、本当っすね」
「今度は誰だろう」
2度あることは3度ある。再び聞こえた足音の方へ目を凝らせば、見えてきた大小3人の人影。
「あーっ! 父ちゃん見てっ、あそこ!」
「みんな雨宿りしてる! ボクたちも入れてもらおう!」
「そうだな。すいません、いいですかっ?」
よくってよ、と迎え入れたのは男性と2人の男の子。
男性は大柄でたくましいが、どう見ても冒険者ではなさそうだ。背中の背負子は雨に濡れないよう何枚も布を重ねて守られている──ということは。
キュピン! 名探偵ロザリアの推理が冴える。
「商人の方、かしら?」
「おお、よく分かりましたね! いつも冒険者に間違われるんですが…」
「父ちゃんでっかいから」
「顔もおっかないし!」
「こらこらオマエ達っ」
母に留守番を任せて隣町まで行商へいった帰りで、日を跨ぐ前に帰ろうと急いでいると雨に降られてしまったのだと、おしゃべりな男の子達が教えてくれた。
「商品がぬれないように、ボクのマントかしてるんだよ~」
「商人は、商品だいいちだから! ボクもマントかしてるんだ」
「まぁ、素晴らしい心掛けですこと! …いい息子さんをお持ちですのね」
「あはは! ええ。自慢の息子ですよ」
大きな手でわしわしと子供の頭を撫でる男の姿に、ほんのちょっとだけロザリアの目頭が熱くなった。
自慢の子、だなんて。
ついぞ言っていただけませんでしたわ…。
苛烈で恐ろしい父ではあったが、決して嫌いではなかったし、公爵家の当主という重責を背負ってなお潰されることなく立ち続ける彼をロザリアは尊敬してさえいた。
だからこそ、言われるがままに完璧な淑女となるべく己を磨き続けてきた。
──いつか認めてもらえたら。
──いつか褒めてもらえたら。
そんな期待を胸に、努力し続けた。
でも結局、ささやかな願いは叶わないまま。
あまりに眩い親子の姿に、締め付けられた胸が少しだけ苦しい。
諦めた光景からさりげなく目をそらして、うるんだ瞳を熱い紅茶のせいにした。
◆◇◆◇◆◇
「雨宿り、ありがとうございました!」
「紅茶も! 嬉しかったわ」
「それじゃあ、いつかまた!」
「ええ、いつかまた! ごきげんよう」
晴れ渡る夕空の下。ぬかるんだままの地面を踏みしめて、少年2人は東へ。熟練の3人は西へ。商人親子は南へ。──そしてロザリアは北へ。
束の間の出会いはなかなか刺激的で楽しく、もしこれがヨシノリ・オオツカの世界だったならば連絡先を交換していただろう。
しかしこの世界ではきっともう会うことはない。依頼次第であちらこちらへ赴く冒険者達はもちろん、移動チートを持つロザリアの移動距離を考えたら、再会なんて一体どれほどの偶然や奇跡が重なる必要があることやら。
「こういう出会いを、一期一会と言うのだったかしら」
ヨシノリ・オオツカも旅の醍醐味として大事にしていた、一度きりの出会い。
それはいつしか旅の思い出の1ページとなって、心を豊かにしてくれることをロザリアは知っている。
「素敵な方々でしたわ」
今の空のように晴ればれとした顔で彼女はハンドルを握る。
目指すはエンリオ小国郡の北方──エルフが治める国フリューデン。
毎度お馴染みであるナビちゃんの指示に従いつつ、ロザリアはぐっとアクセルを踏み込んだ。
データぶっ飛び事件のショックを引きずってるのか、ちょっとスランプ気味です(´・ω・)




