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16話 地震、雷、火事、親父

「国を出ようかしら?」


 決して思いつきの気まぐれではない。


 先日、ロザリアはとある街で兄と偶然の再会を果たした。

 しかしそのとき感じたのは、小さな喜びと大きな恐怖。


 もう会えないと思っていた兄と再会できた。それは嬉しい。

 だがそれ以上に父が怖い。地震雷火事親父とはよく言ったものだ。

 親父マジ怖い。


 あの家で生まれ育ったロザリアは知っている。

 瞬間湯沸器の如く激昂する父を。


 ひとたび地雷を踏めば瞬時にキレる父によって消えた使用人は数知れず。

 昨日までいた使用人が今日はいない、なんてシュネー公爵家ではよくあること。


 しかも父の情け容赦ない振る舞いは、家族にも及ぶのだから本当の本当に堪ったもんじゃない。

 公爵家の人間たる者は完璧で当たり前。そんな価値観のもと、どんなにささやかな失敗さえ大声で責められ鞭で打たれる兄の姿を、ロザリアは何度も見てきた。

 そんなとき、父は決まって「嫡男でなければ殺している」と言うのだ。


 ロザリアとて決して例外ではなかった。

 女の傷は価値が下がるという理由で打たれることはなかったが、失態を知られれば自室に監禁されて食事も抜かれ、早朝だろうが深夜だろうが扉越しに怒鳴られるのだ。


 幸いなことに、大変忙しい父はあまり屋敷に帰ってこない人だった。

 だが、それでも身に染み付いた恐怖というものは抜けず、父が屋敷にいる間はわずかな油断も許されない──そんな生活を17年も続けてきたロザリアが、父を恐れないわけがない。


 頭も要領もよかったロザリアは、ここ数年叱られることなく穏やかに過ごすことができていたけど、それでも怖いもんは怖いんだから仕方ない。


 ましてや、王子妃の立場という大きすぎる獲物をみすみす逃がしてしまったのだ。それも伯爵令嬢という格下相手に奪われるという最悪な形で。


 嫡男でなければ殺している──そう豪語する父に、失態を演じ価値を失ったロザリアが見つかってしまったら…?


「無理ムリ無理ムリ無理ですわぁ~! 確実に殺されてしまいますぅ~!」


 自由気侭&ストレスフリーな生活ですっかり忘れていた恐怖が甦ってしまった。

 もぅマジむり。。。リスカはしないけど、この街にはいられない。


 というか、そう言えば今頃って領内視察の時期ではなくって?

 かつてのロザリアにとっては、父が領内を視察して回る(イコール)1ヵ月ほど父が不在という天国のような時期だったが、今の彼女にとってはまさしく鬼門。領内のあちこちで、視察に歩く父に遭遇する危険性が高まるのだから。


 公爵であるシュネー家の領地は広い。そりゃもう広大だ。

 ついでに言えば、今ロザリアが訪れている街もガッツリ領内に含まれている。


「迂闊でしたわ…ッ! なんてことでしょう…。

 ここ最近の気楽な生活で頭が鈍ってしまったみたいですわね」


 うっかりうっかり☆ で殺されては堪らない。

 たとえ殺されなくとも、修道院送りも好色家の後妻も絶対に御免だ。

 早いところ、父の力の及ばぬ地へ逃げなければ…!


「最終的には国を出るとして。

 とりあえず今はシュネー家の領地だけでも出ましょう!」


 幸い、今いる街は領内でも端の方にある。

 馬車なら3日、でもキャンピングカーなら今日中に隣の領地へ辿り着ける距離。


「宝石の換金も下着類の補充も、すべて後回しですわっ。

 思いがけず兄とも再会できましたし、スイーツも食べました。

 もうこれ以上ここに留まる必要はありません。

 さぁ、ナビちゃん! 隣の領地まで案内してくださいまし!」


『目的地を選択してください。

 エンリッツ伯爵領、ゴッドルト侯爵領、フューバル伯爵領』


「ここから一番近いのはどちら!?」


『フューバル伯爵領まで、およそ300kmです』


「ではそちらで!! 今すぐ!! 案内をお願いしますわ!!」


『目的地を「フューバル伯爵領」へ設定しました。案内を開始します』


「さぁ、行きますわよッ!!」


 ブォン! とエンジンを吹かし、キャンピングカーを爆走させるロザリア。

 その形相は、未だかつてないほどに必死だった──。

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