15話 妹の無事と兄の悩み
「なんっ……だ、これは…」
「ゴーレムですわ!」
冒険者ギルドでキャンピングカーをゴーレムとして登録できたことで、誰憚ることなくゴーレムだと言い張ることが出来るようになったロザリアは、人に聞かれたらそりゃあもうナイスな笑顔で答えるのだ。ゴーレムですわ! と。
「これが……ゴーレムだと……?」
「ええ、これはゴーレムですわ、お兄様」
これは、ゴーレムですか? はい、これはゴーレムです。
語学授業のお手本のような受け答えに、しかしヘラードは全く納得できていない様子。当たり前だ、こんなゴーレムなど存在しないのだから。
ゴーレムそのものは、もちろんこの国のいたるところにある。
古くからある魔法だし、魔力が続く限り力尽きることのない自動の人形という便利なシロモノだから、国内で色んな仕事に従事させている。
そのことをヘラードはもちろん知っているし、なんなら次期公爵という立場上、様々なゴーレムを目にしたことさえある。だからこそ彼は断言した。
「こっ、こんなゴーレムがあるか!!」
「目の前にございますでしょう?」
こてん、と小首をかしげるロザリアに、首をかしげたいのは俺だ! と喚きたいのをぐっと我慢したヘラードは、コホンと咳払いひとつ。どうにか平静を装って話を続けた。
「仮にコレがゴーレムだとして、どうやって手にいれたんだ?
それにこの材質…どう見ても土や石じゃないだろう」
ゴーレムの語源は遥か昔にこの大陸を支配していたエッダ族の言葉で、意味は土人形だとされている。
事実、今もゴーレムと言えば土で出来ているのが一般的だし、頑強さを求めるときは石が材質として使われる。
削りだした木材で拵えた人形をゴーレム化させることもあるが、極稀なこと。
しかし目の前の「コレ」はどうか。
眩い純白は、明らかに土でも石でも木でもない。
触れれば金属のように冷たく、驚くほどツルリと滑らかだ。
形状も異常としか言いようがない。
ゴーレムすなわち土人形。人形というからには、人の形をしている。
頭部があって胴があって、そこから手足が生えている。
それがゴーレムというもの。幼児でも知っている一般常識だ。
しかしロザリアがゴーレムだと主張するコレは、本来のゴーレムの条件に何ひとつ合致しない。型破りというレベルじゃねえ。
箱の形をした巨体に、透き通るガラス窓が何箇所もはめ込まれ、見たこともない真っ黒な車輪らしき物が前後に配置されており、輝く純白の未知なる外殻には、不思議な文字列と紋章らしき絵が描かれている。
しかもロザリアが言うには、馬車のように乗り込めるようになっているらしい。
ゴーレムに??? 乗り込む???
意味が分からない。ゴーレムの手や肩に乗る、ならばまだ理解できる。
ゴーレムの精密な操縦が必要なとき、魔法使い達がそうしているのを見たことがあるから。
だが、馬車のように乗り込むとはどういうことか。
侍従と一緒に、宇宙を背負ったネコチャンと化したヘラードの様子に、ロザリアは百聞は一見にしかず! と言ってキャンピングカーのドアを開けたのだった。
◆◇◆◇◆◇
「──ハッ、夢!?」
「残念ながら夢ではございません、ヘラード様」
気がつけばそこは、ヘラードが宿泊していた高級宿の一室だった。
街で偶然ロザリアと再会したかと思えば逃げられ、追いついたと思えば今度は彼女が使役しているらしき奇抜なゴーレムを見せられた挙句、ゴーレムの中に住んで旅をしているというとんでもない話をされ……。
そんな夢を見た気がしたのだが、侍従が言うにはどうやら現実の出来事だったらしい。マジかよ。
「まぁ、夢より奇妙な話ではございましたが……」
ロザリアに見せられ、そして語られた話は、乳母の子供で幼馴染同然ゆえに割とズバズバ物申す侍従が言葉を濁すほど、突拍子もないことだった。
ロザリアが言うには。
家を出て、途方に暮れていたら突如ゴーレム(?)が現れて。
何故かゴーレムの使役方法が頭の中で閃いて。
試してみると本当に使役できてしまったらしい。
それ以来ゴーレムを住居兼馬車として、あちこち移動しつつ暮らしていた、と。
現実的か否かは別として、確かにそれなら説明が付く。
犬小屋の如き狭さではあったものの、内部には必要な物が全て揃っており、そのうえ馬より速く疾走するのだ。
ロザリアが家を出たすぐ次の日の朝から捜索を始めたにも関わらず、依然として行方が掴めなかったことも、衣服こそ粗末であるが肌も髪も艶やかで健康的であることも、あのゴーレムの存在ですべてが繋がる。
「だが納得できるか?」
「納得する他ございません、ヘラード様。
どこぞの貴族に保護されたわけでも、冒険者に拾われたわけでも、ましてや人攫いに売り飛ばされたわけでもないにも関わらず、追放された御令嬢が今の今まで安全に生き抜いた理由として、あのゴーレムのような存在でもない限り説明が付かないのですから…」
「それは、まぁ、そうなのだが……」
貴族の令嬢とはか弱いものだ。
それは、戦闘力がないとか、病弱だという意味ではなく、家に守られ侍従に世話をされなければ生きていけない「生活力の無さ」を指して言われる言葉。
そういった意味で「か弱い」御令嬢が、家を追い出されてもなお健康を損なわずに生きてゆくためには、例のゴーレムくらい突拍子もない存在がなければ無理というもの。
ヘラードとて分かっている。
頭ではわかっているが、今まで培ってきた常識が邪魔をする。
あんなゴーレムありえないだろ常識的に考えて!! …と。
「もう一度聞くが、夢じゃないんだな?」
「夢ではございません、ヘラード様」
「うぐぅ……」
妹が生きていて嬉しい。
それも怪我なく健康的だったから尚更だ。
この嬉しいニュースを、あれ以来体調を崩してしまった母に伝えたい。
「だが、どう話せばいいんだ!?
ありのまま伝えたら、母様がまた寝込んでしまうぞ!!」
こんな奇天烈な話、デリケートな母には言えない。
ましてやロザリアを追放した父になど、もっての他だ。
「今しばらくは、秘匿しておく他ないかと…」
「だよなぁ…」
ヘラードと侍従は、意図せず抱えてしまった秘密を思い、2人揃って溜め息を吐いた。
誤字脱字などがあったら、どうか教えてやってくださいm(_ _)mペコ
 




