14話 予期せぬ遭遇
「あ」
「あ」
やべっ、見つかった。
「ろっ、ろろろろろロザリアッ!?」
「オ、オホホホホっ…人違いではございませんこと?」
「いやロザリアだろう絶対にロザリアだろう!!」
宝石の換金方法をググって、さっそく実践しようと適当な街へ立ち寄ったのが運のツキ。
服と下着を買いたい…なんて思わなければよかった、とロザリアは後悔した。
なんと、立ち寄った街中で実の兄に出会ってしまったのだ。
ヤベーよヤベーよ! とヨシノリ・オオツカが好んでいた芸人のリアクションが脳裏を過ぎる。ちょっとミスター・デガワ、落ち着いてくださらない?
騒がしい脳内とは裏腹に、ロザリアは完全に固まっていた。
いや、だってコレ、ピンチではなくって?
兄は次期公爵として父の補佐を勤めながら、公爵家当主になるための勉強をしている身。…つまり、だ。
ここに兄がいるということは──父もいるということに他ならない。
怒り狂った父によって家を追い出されたロザリアは、今でも覚えている。
悪魔もかくやと言わんばかりの父の顔と、耳を劈くような雷の如き怒声を。
あれは今でもロザリアのトラウマだ。
我が父ながらマジむり。こわすぎですわ。
そんな苛烈な父に見つかってしまったら…?
今のロザリアは町娘の服を身につけているうえに、日頃のアウトドアのおかげで肌が日焼けしてしまっている。髪の毛も自分で適当に結ったポニーテール。
貴族の令嬢としてはありえない格好をしている。
仮にあれから時間が経って父の頭が冷えていようとも、こんな姿を見られたら瞬時に再び沸騰して、今度こそその場で切り捨てられてしまうかもしれない。
「わっ、私は…、いえ。アタシはアンタみたいなお貴族様なんて知らなくってよ! 人違いなんだから、話しかけないでくださいましっ!」
咄嗟に、精一杯庶民っぽい口調で言い逃れをし、弾かれるように走り出したロザリア。後ろから聞こえる兄の追い縋る声をどうにか振り切って、街の外を目指す。
キャンピングカーに乗り込んでしまえばコッチのもの!
手に入れた自由と自分の命を守るため、ロザリアは必死に走った──が。
「待ちなさいロザリア!! …ローズッ!!」
「ッ!」
所詮、女の足だった。
日頃から鍛錬を欠かさない男である兄から逃げられるわけがなかった。
「は、放してッ! 放してください!!」
「落ち着けローズ! 落ち着いてッ、大丈夫だから!」
「いやですっ、私はまだ死にたくありませんッ!!」
「ッ、大丈夫だ、殺さないよ!」
「嘘ですッ! あの父が、家名に泥を塗った私を許すはずがありません!!」
「大丈夫だから! 父はここにいない! 誰もオマエを殺さない!」
「…っ、ほ、本当に…?」
「本当だ。今日ここに来ているのは俺と俺の侍従だけだ」
「……」
父がいない。なら、まあ、大丈夫…かしら?
いつの間にか泣いていたロザリアは、スンスンと鼻を啜りながらやっと落ち着いた。しかし、掴んだ細腕が震えたままであることに、兄は思わず心を痛めた。
かつては百合の花や美の女神に例えられた麗しい妹が、今や粗末な衣服を纏い、碌な宝石すら身に付けず、死にたくないと震えながら涙を零している。
最も高貴な令嬢が、なんの手助けもなく家から追い出されたのだ。
その苦労を思って自分も泣いてしまいそうな兄は、涙を堪えて妹を宥める。
「本当に大丈夫なんだ。父はここにいない。安心して、ローズ?」
「……ぐすっ、…はい、お兄様」
久しぶりに抱きしめた妹は、相変わらず小さく細かった。
兄妹ではあるが男女でもあるため、幼い頃に抱きしめて以来ずっと触れることを控えていた妹は、あの頃より大きくなっているはずなのに、どうしようもなく小さかった。
「…ヘラード様」
「どこか落ち着ける場所を」
「はっ」
妹を休ませてやりたくて、追いついた侍従に手配を任せた兄ヘラード。
手にフィットする形のいい頭を撫でながら、今後のことを考えた。
「ローズ、走って疲れたろう。どこかで休憩しないか?
紅茶を飲みながらケーキを食べよう」
「ケーキ…!」
堅焼き煎餅をこよなく愛するヨシノリ・オオツカのキャンピングカーには、ケーキやクッキーといった甘い物のストックが皆無。車内にある甘味と言えばせいぜい葛湯か黒飴、あとは調味料として砂糖や蜂蜜があるだけ。
故に、深刻なスイーツ欠乏症に苦しんでいたロザリアは非常にチョロかった。
ヘラードに誘われるがまま店に入り、案内された席へ無防備に座って、ケーキの登場を今か今かと待ちわびる。
あまりにも警戒心が足りない妹の様子を見て、どうにかして保護しなければ…と使命感に燃えるヘラードは、とりあえず今までどうやって暮らしてきたのか話を聞くべく口を開いた。
「あー…ロザリア。食べながらでいい。教えてくれないか?」
「んむ、ごくん。…なにかしら、お兄様」
「あまり思い出したくないことかもしれないが…」
「平気ですわ。だからハッキリおっしゃって」
「…家を追い出されてから今まで、その、どうやって生活していたんだ?」
箱入りの貴族令嬢が家を追い出されるなど、遠まわしな死刑宣告と同義だ。
だからこそヘラードも母も、もう二度とロザリアに会えないのだと涙を流したし、翌日に多少頭の冷えた父がロザリアの捜索隊を組んだときは喜びもした。
そして、数日捜索を続けても依然として行方不明である報告を受けたとき、とうとう母は心労に耐え切れず倒れてしまったし、ヘラードもしばらく食欲を失い勉強にも身が入らなかった。
しかし物は考えようだ。行方知れずで死体すら見つからないならば、言い換えれば生きている可能性があるということ。
無理矢理だが、どうにか立ち直ったヘラードはしかし、ロザリアがどうやって生き延びているのかを全く想像できなかった。
どこかの親切な貴族に保護された? そんな都合のいいことがあるか。
そもそも、どれほど耳をすませようと、どこぞの貴族が女性を保護したという類の噂は一向に聞こえてこない。
情報が命である貴族社会は些細な出来事にも敏感だから、もしロザリアが貴族の誰かに保護されたなら即座に噂が出回るはずなのに。
では冒険者にでも拾われたのか? それもちょっと無理があるだろう。
シュネー公爵家は、貴族の邸宅が立ち並ぶ場所の中で最も王城に近い土地にあるというのに。
貴族か騎士か、選ばれた大商家でもなければ近寄ることすら許されないこの区域で、どうやって冒険者がロザリアを拾うというのか。
…まさか、ならず者に攫われて娼館に売り飛ばされたか!?
そう思って侍従に王都中の娼館を調べさせたが、シルバーブロンドにパープルアイズという希少な色彩を持つ娘の情報は一切出てこなかったため、この考えは杞憂に終わった。
だが「これで安心♪」とはならない。むしろ謎が深まってしまった。
追い出された貴族令嬢というか弱い存在が、どうやって生き延びるというのか?
いくつかの宝石くらい持って逃げたと思うが、それをどうやって換金するのか。
換金したとして、馬車や宿の手配は? 衣服や食事の調達は?
本来なら、そんなものは侍従の仕事だ。貴族の子息令嬢のすることじゃない。
だからこそヘラードですら出来ないことを、果たしてロザリアに出来るのか?
しかし、どうだ。
ロザリアを頭の天辺から足のつま先まで眺めたヘラルドは、首をかしげる。
今日やっと見つけた妹は、粗末な服装に日焼けした肌ではあるものの、やつれているでもなく、薄汚れているでもなく、むしろ清潔感があり、髪も艶やかでほのかにイイ香りすら漂っている。
ロザリア的には一生懸命に庶民を装っているつもりだが、ぶっちゃけ庶民コスプレをした令嬢にしか見えないとヘラードは思う。
いやマジでコイツ今どんな生活してんの???
その謎に迫るべく我々はアマゾンの奥地…ではなくロザリアの案内で街の外へ向かった。
しかしそこで、さらに謎が深まるなど誰が想像しよう。
「ご覧の通り、頼もしいゴーレムが居りますの!
これを使って生活しておりますわ!」
「?????」
いつも評価してくださって、ありがとうございます!




